午前二時

@onomam

午前二時

深夜二時、雨の駅で、男は思い出せない「誰か」を待っている。




雨の音が駅の屋根を叩き、切れかけの照明はかすかに明滅している。

彼はじっと来るはずのない電車の方向を見つめながら、記憶をたどっていた。


気に入っていた服は、なんだっただろう。

髪の色は、黒だったような、茶色だったような。

歩き方も、笑い方も、どこか曖昧だ。

雨の日、濡れていたら、一緒にさしてくれた傘。

あのときの傘の色は……青? 黄色?


ぱち、と音がして照明がふっと消えた。

暗闇の中で、さっきまで浮かんでいたはずの輪郭が、指の間からこぼれていく。

……顔が、思い出せない。


照明が戻ると、彼は無意識にホームの端を見た。

その視線の理由だけが、ぽっかり抜け落ちていた。


「あれ、もうこんな時間だ」

帰らなきゃ。


歩き出す足は、どこに向かうのか定まらない。

傘を持ってこなかったのは、ただの気まぐれだったのか。

それとも、雨の中に誰かの影を探していたのか。

彼には、もう分からない。


帰らなきゃ、と口にした言葉だけが、宙に残った。

帰る場所も、待っている人も思い出せないまま、

彼はまだ、来ないはずの電車を見ていた。

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