第11話:死竜の胆汁と絶対防御――二日酔い令嬢は肉が食べたい

昨晩、ジークが持ってきたのは、王宮の地下深くで厳重に封印されていた『死を呼ぶ竜の胆汁(ドラゴン・バイイル)』だった。 「一滴で街が滅ぶ」と言われる逸品を完食した俺は、今、人生(影生)最大の危機に直面していた。


(……うっぷ。……お、お嬢、悪い。今日……俺、動けねぇ……)


「……カゲレナちゃん……私も、体が鉛のように重いわ……」


翌朝、学園の女子寮。 鏡の前で、お嬢は銀髪を振り乱しながら、ゾンビのような足取りで制服を着ていた。 同調率38%の弊害だ。俺が猛毒を「食い過ぎ」て胃もたれを起こしたせいで、その気だるさがダイレクトにお嬢の神経を焼いている。


「セレナ様、おはようございます。……おや、随分と『ワイルド』な寝癖ですな」


扉を開けて入ってきたジークは、昨晩俺に毒を捧げた「共犯者」の顔ではなく、涼しい顔をした「完璧な執事」に戻っていた。 だが、そのモノクルの奥で、俺に視線を飛ばしてくる。


(……おいカゲレナ。ドラゴン・バイイルの効果はどうだ? お前の魔力の密度、昨日の三倍はあるぞ)という顔。


(……やかましい、眼鏡……。効果がありすぎて……今、お嬢の腹の中でドラゴンが暴れてる感覚なんだよ……)という顔。


お嬢は、いつもなら優雅に紅茶を飲むはずが、今はトーストを「ガブッ」と野生の肉食獣のような勢いで食いちぎっている。


「…ジーク、お肉。もっと赤いお肉が食べたいわ」


「……承知いたしました…カゲレナ、お前。少しはお嬢様の口調を制御しろ。これでは公爵令嬢ではなく『銀髪の狂犬』そのものだぞ」


そして、顎に手を当ててジークは訊問した。



「魅了はどうするつもりだ?」


ジークの問いはもっともだった。第一王子の碧眼は、並の魔導師では正気を保てないほどの精神干渉を放つ。だが、俺はお嬢の足元で、ヘドロのような影の吐息を漏らしながら答える。


(……ケッ、心配すんなメガネ。……それがさぁ、持ってるんだよね、お嬢)


【固有スキル:影の揺り籠(シャドウ・クレイドル)】 効果: 影の中にいる間、あらゆる状態異常(魅了・毒・睡眠等)を無効化し、生命力を微増させる。


俺がニチャア……と闇の中で笑う(物理的に影が歪む)と、ジークは一瞬だけモノクルの奥で目を丸くし、すぐにフンと鼻を鳴らした。


「……ほう。影の中にいる限り、精神すらも外界から隔離されるというわけか。なるほど、私の『精神強化剤』も必要なかったというわけですな」


(……精神強化剤? お前、またなんかヤバいもん持ってきてたのかよ)


「……いいでしょう。では、王子の『魅了』を鼻で笑いながら、学園のパワーバランスを書き換えて差し上げなさい」


ジークは完璧な礼をして部屋を出ていったが、その背中は「くそっ、またしても私の出番(毒)が一つ減ってしまった…!」と悔しさに震えていた。

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