第10話:秘密のティータイム:絶望の「なるほど」

「ということは、あれですか。セレナ様。……あなたの影には、明確な意思があると?」


ジークを部屋に招き、俺たちはすべてを話すことにした。


「カゲレナちゃんが言うには、そうなんですって。あ、私の影だから、カゲレナ」


「カゲレナ……?なるほど」


ジークがモノクルを上げる。 その瞬間、ジークの影が一度大きく波打った。ジークはそれを見て、本日二度目の「なるほど」を呟く。


(カゲレナ……。いや、悪くないけどよ。俺、元奴隷商人の影だぜ? そんな可愛い名前、調子狂うだろ)


「……えっ!? カゲレナちゃん、元奴隷商人の影だったの?」


「……ほう」


ジークの目が、カミソリのような鋭さで俺を射抜いた。 (おいお嬢! 余計なこと言うな!)


「……なるほど、なるほど。すべて繋がったぞ、カゲレナ。俺はとんだピエロだったわけだ」


ジークは食後のコーヒーを啜りながら、自嘲気味に吐き捨てた。 白手袋に包まれた指先が、微かに震えている。それは恐怖ではなく、信じてきた「自分の超人的な耐性」が、足元の影にデトックスされていたという事実への戦慄だった。


「つまり、俺が『この猛毒すら私の魔力は無害化する!』とドヤ顔を晒していた裏で……。お前がその9割を『メシ』として美味しく頂いていた、というのだな?」


お嬢が申し訳なさそうに、俺の言葉を翻訳する。


「……うん。運命共同体だから、ジークさんが自滅したら困るってカゲレナちゃんが言ってるわ」


ジークはコーヒーカップを持ったまま、石像のように固まった。 もし今、俺がヘソを曲げて濾過をやめれば、ジークの胃袋に残った「本物の猛毒」が彼の臓器を一瞬で焼き尽くす。 最強の魔導師は、いつの間にか影の怪物の「生かさず殺さずのゆりかご」の中にいたのだ。


「……なるほど。下衆の理屈だな。だが、今はその卑しさが……悪くない」


ジークの瞳から「執事」の光が消え、冷酷な「魔導師」の熱が宿る。


「……あの王子(カイル)、天命鑑定(ギャンブラーズ・チェック)は4だった。スキルは判明したがレベルまでは鑑定できなかった。俺(Lv.52)よりも上だ。正面から戦えば、お嬢様を奪われる」


(……Lv.52(ジークは執事スキルや毒耐性スキルを伸ばしていた)超えかよ。笑えねーな。だがよ、おっさん。正面から戦って勝てねー相手を、後ろから引きずり込むのが『影』の仕事だろ?)


「……カゲレナちゃんが、『それこそが影の仕事だ』って言ってるわ」


ジークはフンと鼻を鳴らし、モノクルを冷たく光らせた。


「いいだろう。……今夜はさらに『濃い』毒を用意してやる。死ぬなよ、カゲレナ。明日までに少しでもお前のレベルを上げておけ。お嬢様を守るための……軍資金(毒薬)だ」


(……言ってくれるじゃねーか。最高のご馳走を期待してるぜ、おっさん。胃もたれするぐらい濃いのを頼むわ)

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