猫じゃらしを食べる女

Yoki.

ねこじゃらいしをたべるおんな

 猫じゃらしを食べる女を知っている。

 いや、厳密には食べるわけではないか。

 まあ、とにかく猫じゃらしが大好きな女。

 それが、幼馴染に居る。


 端正な顔立ちの美少女、と言っても、どの程度か分かりにくいだろう。

 ツインテールが似合う女。よし、これが一番分かりやすい。


 んで、こう言う話だったら、俺が猛烈な恋情アタックを受けて、選ばれてハッピーエンドとなるのだが、現実はやはり甘くない。

 

 俺には、その女ともう一人幼馴染がいる。


 無気力そうで、けれどそれなりに面が良くて、ほのぼのとしているような男。

 残念なことに、仲が良かったんだよな。ソイツら。


 ま、その男が居ても、俺は別にその女とどうこうできていたわけではないと思うし、そもそも恋なんてしていない。

 断じて、いや、強がりではないぞ。


 と、まあそれくらいにしよう。

 その女は言っての通り、無類の猫好きである。

 またその彼氏、もとい幼馴染の男のことも大好きだ。


 だから、彼女は人間にも成れるし、猫にも成れる。


 あぁ、何を言っているかって?

 うん。まあ、言葉じゃわからんよな。

 でもそれを説明した意味が、今の状況にはあるんだ。


 クリスマスイブに、幼馴染カップルに、猫カフェに連れて行かれる。

 当然、俺は独り身だ。

 大学生をいい年と言うのかは不明だが、大げさに独身貴族すら考えている。

 なにせ、俺はモテないからな。

 だから幼馴染カップルのイチャイチャを潰しに来た。


 そう言ってしまえば聞こえはいいが、俺も実は猫が好きなんだ。

 ツインテールの幼馴染なんて見飽きたモノよりいいだろ?

 なんてな、はは。


 ……ああ、すまん。その話について聞きたいんだよな。

 違うんだよ。この話って、別に後日談でもなくてさ。

 現在進行形なんだよ。


 ほら、だって目の前にはソイツらが雪の中、相合傘で、なんか、もう。

 うん。まあ、悲しくなんてないさ。そういう季節だからな。

 

 あ、でも目の前のカップルが店に入ったぜ。

 もう俺はストーカーの気分だからな。アイツら、俺の存在忘れている気がするぜ。

 でもいいんだ。それでも、俺は猫が好きだからな。


 オープンの札のかかった扉を開けると、目の前には受付嬢が立っていた。

 若い、薄化粧をしている女で、クリスマス仕様かサンタ帽を被っている。


 俺の前に、一組のカップルが居た。まあ、幼馴染なんだけど。


「カップルさん。お素敵ですね。これ、猫じゃらしです。どうぞ楽しんでください」


 猫じゃらしが二本渡されたのが見えた。


 そこで、俺がまず思ったのが、一本で足りるだろう、ということ。

 それともう一つが、次に待つボッチな俺が気まずいということ。


 変に距離が開いたせいで、というか、多分どの道こうなっていたんだろうけど。

 彼らは二人分だけの料金を払って、席に座って行った。


 おい、お前らが誘ったんだろ!


 そんな叫びも届かないで、彼らは猫じゃらしを持ち、カフェの猫と戯れ始める。


「すごーい。猫だ。でも、私の猫の方が可愛いよ」

「僕の猫の方が可愛いさ」


 そんな感じな会話。あーあ、それで結局。

 一番かわいい猫は、お前だよ。みたいな感じで、猫じゃらしを持って……。

 あー、んで、猫カフェでその女を猫じゃらしで操ると。


 シュールだな。やっぱり、いつ思っても。


 と、上の空のことを考えたら、受付嬢との気まずい時間も苦ではなかった。

 ちょうど、一匹の猫が出迎えてくれる。

 嬉しい。


「わー、猫ちゃんだー」


 あとははしゃぐ。それだけでいい。

 

 しばらく、いや、何十分以上もそうしていた。


 クリスマスイブに一人で猫と無邪気に戯れている男子大学生。

 そんな肩書さえ意識しなければ、そこは確かに天国だった。


 まあ、隣でイチャイチャしている彼らにとっても、ここは天国なのだろうけど。


 でも、俺はどんな猫も平等に愛せる。

 彼ら……じゃない。その男と違って。


 彼らがわざわざクリスマスイブに猫カフェに来た理由は、もちろんデート。

 ではあるのだが、選んだ場所には、それなりに”特別な意味”が込められている。


 考えてみよう。

 彼らは無類の猫好きである。

 そして、互いに家に猫を飼っている飼い主であり、

 また、彼ら自身も飼い主とペットの関係でもある。


 うむ。言葉にすると、まるでウミガメのスープ問題だ。


「お待たせしました。カフェラテと、チュールです」


 片手に猫じゃらし、片手にカフェラテを持ち、一口飲んで、一息つく。

 

 しかし、隣の幸福そうな鳴き声に耐え切れず、俺は彼らの方を向いた。

 恐らく、誰だってその光景を見ると、少しぎょっとするだろう。

 別に、恐ろしいものではない。

 ただ、それはちょっと異常なことであり、凄く羨ましく感じるだけのことである。


「にゃー!」

「ほれほれ、猫じゃらしだぞー」


 男は猫じゃらしを振って、女はそれを手で捕まえようとしている。

 まあ、つまりバカップルがそこには居た。


 周りはその姿に困惑しているようで、彼ら以外にもカップルは居たが、半ドン引き、半羨望のような、異様な空気。

 もっとも俺は、その光景を悔しいことに見慣れてしまっているため、羨望しかない。

 あ、でも共感性羞恥も……いや、駄目だ。羨ましいが勝っちまう。


「ほれー、猫じゃらしだぞー」

 

 俺も、カフェラテを置いて、足元の猫に振ってみる。

 目線だけ動くが、もう疲れたのか、猫はあくびをして、すぐに寝てしまった。

 気付けば、四方を猫に囲まれている。みんな寝ていた。


 それを見て、俺はちょっと悪戯を考える。


 俺の傍で、猫はよく寝る。

 猫がリラックスしやすい体質であるらしい。


 であれば、あの猫。もとい、幼馴染。

 まあ、そいつに猫じゃらしを向けてみよう。

 そうしたら、どうなるかな。

 

 席を立ち、猫を踏まない様に、大股で彼らに近づく。

 男の隣にお邪魔した。


「ようバカップル。さんざん幼馴染を無視しやがって」

 

 そして男の足元に居る猫、のふりをしている女へ、猫じゃらしを向ける。


「いいだろ。クリスマスくらいカップルでいても」


 負けずと、男も猫じゃらしを向ける。


「ここに誘ったのお前だろ」

「確かに。でも、お前だって猫好きだからいいじゃんか」


 互いに猫じゃらしを大げさに振ってみる。

 彼女に向って、冗談めいたことを言う。


「彼氏に飽きてきたんじゃないの」

「飼い主の顔を忘れるわけないよねー」


 男は満面の笑みで、顔を彼女に近づける。

 彼女は二つの猫じゃらしを、じっと見つめていた。

 けれど、まあ、最初から結果なんて分かっていたのだけど。


「にゃあー!」


 彼女は、思い切り彼の胸元へ飛び込んだ。


「うわ、よしよし。いい子だぞー」

「ちぇー」


 悔しがったふりをして、いや、実際悔しいんだけど、まあ本気ではない。

 ポケットから、チュールを取り出し、彼女へ向ける。


「なぁ、お前ってチュール食べるの?」

「いや」

「あ、人間語」

「お前に対してはいつまでも人間だが?」


 さっきまで猫耳だったはずのツインテールを認識する。

 猫の変身が解けてしまっていたようだ。


「僕に対しては?」

「にゃー!」


 瞬時に振り向いて、ツインテールが靡く。

 また、猫耳に変身した。


「ひでぇなぁ」


 腹の底から、少し笑う。

 馬鹿だなぁ。

 けれどもその馬鹿さに、ちょっとだけでも触れられたことが嬉しかった。

 

 元居た机に戻り、窓の外を眺める。

 雪が降っていて、カップルが道を歩いていた。

 

 店内に視線を移す。

 クリスマスの装飾が施されていて、やはり、ボッチはどこにもいない。

 

 そんな中、一匹の猫がやってきて、俺の傍に佇む。

 最初に、俺を出迎えてくれた猫だった。チュールの袋を開ける。


「お前はチュール無しでも、俺の傍に来てくれるのか?」


 猫はチュールに夢中で、俺には目もくれないようだった。

 チュールの匂いで、寝ていた猫が起き上ってくる。


 ハーレムだな。

 

 冗談みたいに、また、笑ってみる。

 

 そして、相変わらずな彼らをもう一度見て、

 チュールも、猫じゃらしもいらない。

 ただ抱き着いて、離れていない彼らを見て、


 ……なんだか、


「ニャー」


 その時、猫が一匹鳴いた。

 チュールを食べきってしまったようで、俺の体に、頭をすり合わせている。


 耳を倒して、膝を飛び越えて、ふみふみしている。


 笑みが零れた。おかしさじゃない。

 心が無条件に充満する、感情の名前は分からない。

 

 暖かい。満たされている。それだけだった。

 店員を探す。その時、たまたま目が合った。


「すみません。チュールあと四本くらい追加でお願いします」


 あのサンタ帽を被った受付嬢は、目を細めて、頷いてくれた。

 その感情に名前が付いた。

 

 俺は、そんな気がした。


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