サンタが街にやってくる

かわかみC107西1ホールな20b

サンタが街にやってくる

「北の防衛線が破られたらしいな」

「クリスマスのバッドプレゼントじゃねえか」


 冬になり辺りにはからっ風が吹いている。遮るものもなく、優斗とチームメンバーは身体を震わせながら夜食を口に放り込んでいた。今日は十二月二十四日。本当ならばクリスマスイブで浮かれ騒いでいたのかもしれなかった。


 ここは元都内の廃墟ビルの一角だ。優斗のチームは夜警の勤務で街をパトロールしているのである。交代で取る休憩の時間、チームメンバーは悪いニュースをネタに雑談を始めたのだ。


「クリスマスはいつもそうだ。良いニュースなんて流れやしない」

「そうだな。〝サンタ〟が街やってきたのもクリスマスの夜だった」

「まあそれもあるけどな……」


 20ⅩⅩ年地球。十二月二十四日のクリスマスの日、世界は突如、真っ赤に染め上げられた。


 始まりは真っ赤な肉だった。最初の感染者は赤く皮膚がずる向けたまま研究室から脱走し、そして人に齧りついたという。


 ウイルスの感染はそこから広まり、瞬く間に世界へと広がったのだった。


 肉に噛まれた人間は同様に同じ〝赤い肉〟に変化してしまう。例外はない。多くの感染した人間が射殺され、一時焼却炉を使えなくなったほどだった。


 クリスマスイブに生まれたその赤い肉を誰が〝サンタ〟と呼び始めたのかはわからない。しかし、いつからか、赤い肉たちが襲撃してくることを〝サンタが街にやってくる〟と表現するようになったのである。


 悪趣味な話だが、昔からサンタを題材にしたホラー映画なんかはたくさんあったから、皆冗談を言うように〝サンタ〟という呼称を使い続けているのだった。


 〝サンタ〟が現れてから優斗はクリスマスを嫌いになった。おそらく、同じような人間はたくさんいるだろう。しかし、赤い肉の件だけで嫌いになったわけではない。


 それはクリスマスの夜のことだった。まだ赤い肉の脱走事件が世に出ていない時間帯だった。


 優斗の父はクリスマスプレゼントに、と約束したゲームを買ってこなかったことで優斗と喧嘩していた。


『パイレーツが欲しいって言っただろ! どうして買ってきてくれなかったんだよ!』

『ごめんなあ。父さんどれかわからなくて……』

『海賊が書かれてるやつっていったじゃん!!』


 優斗は駄々を捏ねた。父さんは約束を破る人間じゃないのに。どうしてよりによってクリスマスの日は頼りないんだよ。もどかしさに釣られて、優斗は普段より強めに父に当たった。それでも父子家庭の父は優斗に甘かった。


『このチラシ持って行けばいいだろ!』

『丸付けておいてくれ……。しかし、小さい広告だなあ』

『いーから買ってきて!』

『じゃあ、待ってろよ。ちゃんとラッピングして帰ってくるから』


 そうして父は帰ってこなかった。


 ***


 ──クッソ。油断した。


 優斗はビルの三階を走っている。


 群れた〝サンタ〟にメンバーともども襲われたのである。休憩中の出来事だった。集団で襲われたチームは柄にもなくパニックになり散り散りになった。


 優斗は辛くも逃れたが、他のメンバーはわからない。どこか腰を落ち着けて無線を飛ばすしかないだろう。


 優斗が走る後ろからは一匹の赤い肉が追いかけてきていた。


「クッソー」


 何か武器になるものはないだろうか。そこらに落ちているコンクリート片や金属の金具を拾い集めながら優斗は行き止まりに辿り着いてしまう。


 振りかえった。〝サンタ〟は近づいている。逃げ場は今来た道だけだ。ここでどうにかするしかない。


 銃の弾を確認する。


 噛む隙を与えてはいけない、そう思いながら優斗は突進して肉を突き飛ばした。飛んでいく水っぽい身体。赤い肉は壁にぶつかって右腕をすっ飛ばした。優斗はその肉に向かってコンクリート片を投げつける。あおられた身体に弾丸を何発も打ち込んだ。


 〝サンタ〟は歩みを止めることを知らない。痛みを感じないと言われている。固い塊にもひるまずに、身体の一部を失いながらもゆっくりと優斗に近づいて来る。


 じりじりと距離を詰められて優斗の額には滝のように汗が流れていた。遠くから石を投げるだけで倒せないのなら、近距離で殺す。これ以上、〝サンタ〟を作り上げるのは憎らしかった。


 赤い肉が迫った。


 迫りくる赤い肉を引きつけて、優斗は弾丸を打ち込んだ。最後の弾丸だった。


 赤い肉は身体を仰け反らせた。弾は当たった。しかし、肉はなおも動き続けていた。


「ゆうと」


 赤い肉がむき出しになった手が優斗に差し出された。


「ゆうと」


 赤い肉は確かに、優斗の名前を呼んだ。


「ゆうと、プレゼントだ」


 肉が差し出したのは真っ赤に濡れた箱だった。それは、数年前に流行ったゲームのソフトパッケージで、優斗が数年前に父に強請ったゲームである。箱には海賊が描かれているものだった。


「父さん、ゲームさがし、さがさが、しに、かえってかえかええる、かえ、おくれ、すま、かった」


 優斗の銃弾を受けた〝サンタ〟が崩れ落ち、二度と動かなかった。


『ちゃんとラッピングして、帰ってくるから』


 あの日の父の最後の言葉が蘇る。


 ──約束破る人間じゃ、ないだろ……。


 時刻は深夜の零時を回っていた。


 クリスマスの夜の出来事だった。

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