あの日と同じベンチで

@Ss_bo_ys

2人が交差して。

「ふざけんなよお前!!酒くらい買ってこいよ!!」1軒の民家から聞こえる声。というか、怒号。俺は足を止めなかった。面倒事には関わるな。人生を棒に振るな。それが母親の口癖だった。


「お、優。おはよ。昨日勉強した?」クラスメイトからそう声をかけられる。

「おはよー、めっちゃしたよ。笑」笑って返す。

嘘でも本当でも、どうでもよかった。

母親はもう海外にいる。父親は映画の仕事で、家に帰らない。「誰とも仲良くするな」という教えだけが、置き去りにされたままだ。


人は一人じゃ生きていけない。

分かっている。

でも、それを証明する相手が居なかった。


授業中、シャーペンの走る音の中に、異様な音が混じった。

紙を引っかくような一定のリズム。

「松村さん。音が。」松村春樹。頭がいいはずのこの高校で、唯一のヤンキーだった。

そいつの取り巻きが言い放つ。「芸術なのになーー?笑」たちまち松村が教室から出ていく。取り巻きも 「は?お前帰んの!?」と。うるさい。バカバカしい。先生も走って追いかける。そのうちにクラスメイトが 好きなだけ愚痴を言いまくる。気持ち悪い。本人の前で言えばいいのに。「なあ、優。松村って、1年の時先生の首絞めたのってまじなんかな?」

俺は答えなかった。

あの日の光景を、思い出していたからだ。


「ねえ触んないで!やめて!!」外に響く女子生徒の声。「スカートが短い!」それと共に響く生活指導の声。 松村が 「セクハラですかーー?」と。 「生活指導です。今行くから待ってなさい。」と怒りを含めたような声。

「なんですか、さっきの言い分は。」「なんですか も何も思ったことを言っただけですけど」生活指導は 松村の上から下を舐めまわすように見て 「素行の悪い生徒か。親御さんに言ってあげましょうか?あ、でも母親は家出て行ったんだっけ??笑」

その瞬間、空気が変わった。

松村の手が、教師の首を掴んだ。

「や、やめてください、!」松村は 無言で睨み続ける。その間もビクビクと震える生活指導。「はーー、だる。もういいわ。」松村が階段を降りてくる。

それと同時に鳥のフンが俺の手に落ちてくる。「うっわ、最悪。」そう言いながら手を洗いにいく。洗っている時、隣に松村が来てしまった。早く離れよう。と思っていたら 急に蛇口を逆にし水を浴びる松村が。「は、?」俺はびっくりして 思わず口に出してしまった。松村は まるで犬のように頭をぶんぶん。と振る。「は、?ちょ、水飛んでる、」

それが、最初だった。


放課後夕ご飯の買い出し後 あいつが公園に座ってた。 遭遇してしまった。関わらないように早く帰ろう。そう思っていたら 声をかけられた。 「あ、水川じゃん!!」しまった、最悪だ。「松村、だっけ。」「ん、」急に俺の水を持っている手を指さす。「なに、」「水。ちょうだい。」

顔は傷だらけだった。

あえて理由は聞かなかった。

早くくれ と言わんばかりに口を開けている。水を飲ませると松村は、少しむせた。

「ごほっ、お前水飲ませんの下手すぎ。」「文句言うな。」「じゃ、ありがと」それだけ言って去っていった。

そこから俺たちは一緒にいるようになった。


それから3ヶ月後、松村は突然居なくなった。停学処分。万引きを庇ったらしい。


家に行くと、門に「売物件」の札が下がっていた。


二階の窓から入った部屋は空っぽだった。まるで最初から何も無かったかのように。

机の上に、一通の手紙。


「水川へ」

下手な字だった。


____恋愛対象として、お前が好きだ。

____言えなかった。

____だから逃げた。


読み終えた頃、涙が落ちていた。

俺だってあいつが好きだった。


でも、もう遅かった。


大学1年の春。映像研究部の上映会で、人と肩がぶつかった。

「あ、すいません、」そう言って目線を合わせると それは 俺が大好きで掴みたくても掴めなかった松村が立ってた。「…水川、?」「松村、!」思わず抱きついてしまった。「あ、ごめん、!!」そう言って離れると 今度は松村から抱き寄せられた。「いや、離れないで。今、時間ある、?」本当は映像研究部を見に来たけど、松村に会えたことが嬉しくてそんな事なんてどうでもよくなっていた。「ある、めっちゃある。」「何それ笑」


二人で公園に行った。

あの日と同じベンチ。


「手紙、読んだ。」「…俺も好きだよ。」

言葉はそれだけで充分と言っていいほど足りた。


朝、目を覚ますと松村が台所にいた。

「おはよ」「おはよ、」

「今日さ、公園行こうよ。笑」

頷いた。そのまま公園に。

ベンチに座って 少し無言の間を置いて 松村は言った。


「結婚しよう。」「…、俺も言おうとしてた。」


法律の話はしなかった。できるかどうかも考えなかった。

風が吹いて木の葉が揺れた。


立ち上がる時 松村は俺の手を離さなかった。

朝日が昇ったばかりの公園に、俺たちの影だけが静かに伸びていた。

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