第3話 召喚の儀とは?
僕が五歳になる少し前の暑い夏の日。いつものように勉強部屋で、家庭教師のフェリコ先生からの授業を受けていた。
「リュカ様。今日は召喚の儀についてご説明します。大事な話なので、最後までちゃんと聞いていて下さいね?」
「しょうかんの…ぎ?」
「はい。召喚の儀とは、この国の人間だけが行える特別な儀式のことです。魔力を持つ五歳の子どもは、教会で儀式を行い、自分と波長の合う者を“異世界”から召喚します。そして、その存在と契約を結ぶのです。リュカ様も魔力を持っていますので、5歳になった時に行う事になります」
「それは、みんながするの?」
「いいえ。魔力を持った人だけです。つまり、魔力持ちである貴族は全員が行いますが、平民はごく一部だけですね。しかも、失敗することもあります」
「しっぱい?」
「はい。貴族の方で失敗した方がいるとは聞いた事はありませんが、平民の中には、何も出てこないことが、稀にあるのです。理由はまだ分かっていません。魔力の質か、相性なのか、学者たちも研究中なんですよ」
「ふ~ん」
当時の僕には少し難しくて、僕はこくりと頷きながら曖昧に返事を返すけど、半分も理解できていなかった。そんな僕の気持ちが伝わったのか、フェリコ先生は小さく笑って言葉を変える。
「我が国の人間だけが行えるのかなどを含めて、召喚の儀そのものが謎に包まれているので、言葉だけでは難しいですね。では、私のパートナーをお見せしましょう。――来なさい、アルバ」
フェリコ先生が床に手をかざすと、淡い光の魔法陣が浮かび上がり、その光はぐるぐると集まって、やがて形を成していく。そうして、一羽の真っ白な梟になった。
「わああっ!すごいすごい!!」
思わず椅子を蹴り上げるように立ち上がるけれど、梟は僕なんて眼中にないみたいに、音もなく静かに羽ばたいてフェリコ先生の肩に止まった。
「この子が私のパートナー、アルバです」
先生がその頭を撫でると、アルバは目を細めながら身を擦り寄せ、幸せそうに鳴いた。その姿だけで、お互いを信頼し合っているというのが、手に取るように分かった。それを見たからこそ、貴族だからとかの理屈とかではなく、自分だけのパートナーが欲しいと心から思った。
「いいなぁ……ぼくも、アルバみたいなパートナーできる!?」
「もちろんです。リュカ様のところにも、きっと素敵な子が来てくれますよ。それと、この部分を見て貰えますか?」
フェリコ先生は微笑みながら言うと、アルバの胸を指さした。するとそこには、小さな紋章が刻まれていた。
「これは契約紋といいます。召喚主と召喚獣を繋ぐ印であり、互いの絆の象徴です。そして、一目で召喚獣と他のものを分ける目印にもなっているんですよ」
「へぇぇ……!でも、どうやってよんで、けいやくするの!?」
よく分からない話しよりも、召喚獣を呼ぶ方法を教えて欲しくて、急かすように質問すれば、僕の食いつきをくすっと笑い、僕の質問に答えてくれた。
「教会の魔法陣に魔力を流すと、召喚獣は卵の形で現れます。自分の魔力を与えて孵化させると、その子があなたのパートナーになるんですよ」
「たまごから!?かわいい!」
「ふふ、そうですね。昔は成体を召喚していたようですが、その方法では上手くいかなかったため、今はこの形が主流ですね」
どんな子が来てくれるのか想像していたから、途中からフェリコ先生の話しを聞いていなかったけれど、ふっと疑問が湧いてきた。
「ねぇ!?フェリコせんせい?かあさまやとうさまのしょうかんじゅうは?ぼく、いちどもみたことないよ?」
「お二人の召喚獣は狐と鷹ですが、屋敷の庭で過ごして、屋内にはあまり入りませんからね。私のアルバも普段は家で寝ていていますが、たまに外に出かけたりと自由に過ごしていますよ。なので、今度リュカ様も、お庭で探してみるといいかもしれないですね」
庭に放し飼いされている数多くの動物達を思い浮かべながらも、それと一緒に何故か浮かんだ名前を口にする。
「にいさまは?」
その一言で、先生の笑顔が、ほんの一瞬だけ固まった。
「オルフェ様は…少し特殊ですね…。召喚したのは…龍なんです…」
「りゅ、りゅう!?すごい!!みたい!!」
龍なんて絵本の中でしか見た事がない。そんな龍の姿を間近で見たいと声を上げれば、フェリコ先生は僕が怖がっていないことにホッとした様子で言葉を繋げた。
「当初は庭園で過ごしていた時もありましたが、度々庭を荒らしてしまいまして…。それに、広大な広さを持つ庭ですが、さすがに此処でも無理ほど大きくなってしまったので、今は王都近くの山で暮らしているんです」
「じゃあ、ここにはいないの…?」
僕ががっかりした声を上げれば、フェリコ先生は口元に悪戯っぽさを含んだ笑みを浮かべながら、内緒話でもするように言った。
「王都の外に出かけられた際などに、リュカ様からオルフェ様に頼めば、そこが何処であろうとも直ぐにでも見せて貰えると思いますよ。それに、私も前に見た事がありますが、紅龍と青龍。とても綺麗な二体をお持ちなんですよ」
「にたい!?」
「はい。卵が二つ現れた例はそれまでありませんでしたから、当時は大騒ぎになりました。オルフェ様ご自身は静かに過ごしたい方なのですが、その件もあって知らない者がいないほどの存在になってしまわれました」
龍を従えるなんてそれだけでも凄いのに、それを兄様は2体も従えている僕の兄様は、ただ凄い人じゃなくて、とんでもなく凄い人だった。でも、フェリコ先生はそんな話をしながら、嬉しそうではなかった。
その話しを聞いて兄様が凄いのは分かったけど、それでもやっぱり怖い。でも、ほんの少しだけ憧れる気持ちもある。だから、今度、父様に頼んでみよう。自分で頼む勇気がない僕は、過保護な父様に頼る事にした。
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