点滴を外して、世界を殴りにいこう


静かなる脱走


夜の病棟は、規則正しく響くモニター音だけが支配する場所だ。


ナツミは点滴の針を自ら抜き、止血テープを乱暴に貼った。ひりつくような痛みさえ、今は自分が「生きている」ことを実感させる刺激でしかない。


「……バカなことしてる自覚はあるんだけどね」


暗い廊下の突き当たり、非常階段の陰で待っていたのは、大型のワンボックスカーと4人の仲間たちだった。


「遅い。置いていくところだったわ」


アンが運転席から顔を出し、呆れたように笑う。彼女の膝の上には、ナツミの愛用していたマイクが置かれていた。


空白を埋める爆音


向かった先は、真夜中のレンタルスタジオ。

防音扉を閉めた瞬間、病院の白い静寂は死に、漆黒の情熱が蘇る。


「リハビリなんて無しよ。今のあんたが、どこまで出せるか見せて」


リンのカウントが炸裂する。

アンのギターは以前よりも刺々しく、ユイのベースはナツミの震える足元を支えるように重厚だ。

カノンは壁際に座り、ナツミの顔色を凝視しながら、激しくペンを走らせている。彼女のノートには、病室での絶望を栄養にした新しい言葉が刻まれていた。


《失うことを恐れずに 走り出したあの日を忘れない》


「――っ!!」


ナツミが声を絞り出す。入院生活で細くなった喉が悲鳴を上げる。


けれど、目に映る仲間の姿、アンプから放たれる熱風、そして自分の命が削れる音。そのすべてが、ナツミを触発(インスパイア)していく。


目に映る「真実」


一曲を終え、ナツミはその場に膝をついた。激しい喘鳴(ぜんめい)がスタジオに響く。


「ナツミ!」ユイが駆け寄るが、ナツミはそれを手で制した。


「……はは、最高。病院のテレビで見てたどのバンドより、今の私たちの音が、一番かっこいい」


ナツミの瞳には涙が浮かんでいた。それは悲しみではなく、あまりにも眩しい《夢の欠片》を再び掴めた喜びだった。


「アン……カノン……みんな。私はまた、入院を繰り返すと思う。ステージの途中で倒れるかもしれない。でも、この『Dream of Life』を歌い切るまで、私は死んでも止まらないから」


覚悟の宣戦布告


アンがナツミの前に歩み寄り、その額に自分のギターのヘッドを軽くぶつけた。


「死なせないわよ。あんたが倒れたら、私がそのマイクを奪って歌い続けてやる。だから、あんたは安心して命を削りなさい」


カノンが書き上げたばかりのページをナツミに手渡す。そこには大きな文字でこう書かれていた。


『未完成の絶唱』


「これが私たちの、新しい武器よ」


病院に戻れば、また白い天井を見上げる日々が待っている。


けれど、彼女たちの心はもう、病室の窓の外――まだ見ぬ巨大なフェスのステージへと、激しく駆け抜けていた。

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