蘭華宮の調香妃 ~後宮一番の悪女に転生しましたが、開き直って楽しみます~
望月くらげ
第1話 転生先は最恐の悪女“沈 玲蘭”
目を開けた瞬間、あたり一面に甘ったるい香りが満たされている。匂いの元は、部屋いっぱいに焚かれた香だった。
目の前に広がるのは、煌びやかな装飾、絹の衣擦れの音、金で縁どられた柱。どれも日本に生きていた頃とは、全く違う。
目の前には膝をつき、額を床に擦りつけている少女たちがいた。誰もが肩を震わせ怯えている。
目の前で一人の少女が頭を下げ、手に持ったものを差し出した。
「
名前を呼ばれ、ぎこちなく視線を向ける。この名前で呼ばれるようになって、今日で三日目。まだまだ慣れるわけもない。
「あの……」
「……それを私に?」
おやつに持ってきてくれたらしい。
「は、はい」
少女が震えた声で言う。
きっと、叱責されると思っているに違いない。
そう、以前の玲蘭なら――。
「また、そんな粗末なものを持ってきたの?」
せいいっぱい嫌みっぽく、そして低く艶のある、冷たい声で言う。
これで大丈夫だろうかと心配になるけれど、少女の反応的にきっと大丈夫なのだろう。
「あ、あの。ですが、以前美味しいとおっしゃっていらした干し葡萄で……」
「ちょっとやめなさいよ!」
「よけいな口をきくなんて……大変申し訳ございません……!」
食い下がる少女に、後ろに控えていた少女たちが慌てて袖を引っ張る。
「あ……」
顔を上げた少女は真っ青になっていた。その手には、盆に載った美味しそうな干し葡萄があった。漂ってくる甘酸っぱい香りと鮮やかな紫色が食欲をそそり、思わず唾を飲む。
「美味しそう……」
「え……?」
「じゃ、じゃなくて……。えっと、もういいわ。置いたらさっさと下がりなさい」
「は、はい」
少女たちが慌てて下がったのを見て、葉月は近くの椅子にドカッと座った。
玲蘭のフリをするのも楽ではない。
「はぁ、疲れた……」
ため息を吐くと、机の上に置かれた干し葡萄をひとつ口に入れる。
「んん~っ、美味しい!」
口いっぱいに広がる芳醇な香りにクラクラする。それと同時に、自然と頬が緩む。
時代が違うから仕方がないのかもしれないけれど、現代に比べると甘味が少ないからこそ、素朴な甘みが美味しいと思える。
「玲蘭様、かぁ」
それは、未だに慣れない、この身体の本来の持ち主の名前だった。
人の不幸を笑うだけではなく、どうすれば人を苦しめられるかを常に考えているような人間で、同級生にいても絶対友だちにはなれないし、なりたくもない。そんな女性だ。いや、だったというべきかもしれない。
ちなみに、そんな玲蘭だけれどここ
煌びやかな人生を送っているはずの玲蘭だが、葉月の意識がこの身体に憑依したときには、すでに事切れていた。
そばに置いてあった香草は毒性が強いもので、香炉にはその香草を使った練り香が置かれていた。
慌てて香炉の蓋を閉め、廃棄したおかげで葉月がその毒に侵されることはなかったけれど、状況的にこの毒で死んだことは疑いようがなかった。
そして、どうやら事件や自殺ではなく、事故死らしい。それが身体に残された玲蘭の記憶からわかったのは、不幸中の幸いだった。
普通はこんなものを原料にするなんて危ないことはしないのだけれど、玲蘭は普通の女じゃなかった。他人に対しても、自分に対しても。他人に対して使うときは、必ず自分で試す。それが害をなすものであったとしても。
その結果、自分の命を失ったとしても、きっと玲蘭という女にとっては本望だったのだと思う。
そして、その玲蘭の中に今生きているのが、
現代の日本で普通に、生きてきた、はずだった。もちろん上手くいかないときも多少……いや、たくさんあって、から回ったり、陰口をたたかれたり、筆舌に尽くしがたいことも色々あった。
それでも、どうにかせいいっぱい前を向こうとしていた葉月はある日、事故に遭い――気づけば玲蘭として転生していた。
常識的に考えて、そんなことがあるなんて全く理解はできないし、意味がわからないけれど、実際に起きてしまっているのだからしょうがない。漫画や小説でよくある“異世界転生”みたいなものなのだろうとどうにか自分を納得させた。
今の葉月は、現代で生きていた葉月の記憶があるまま、この国で後宮の妃として生きている沈玲蘭の身体の中にいた。
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