不死者が蔓延る地獄の世界での娯楽は淫蕩に浸る事しかない。

三流木青二斎無一門

第1話

死の無い生ノスフェラトゥス』。

彼らに永遠の幸福は訪れない。

この地獄に生まれ落ちた時点で、安らぎも幸せも、彼らの掌から零れ落ちるのみ。


鋼鉄の甲冑を身に着ける不死者、『無貌むぼう』。

周囲に転がる不死者を見据えながら武器を構えた。


『げあ、げあ、げあ』


多数の不死者達が声を荒げながら接近する。

醜い化物へと変化した、様々な異形である化物。

知性は度重なる激痛と苦痛により精神が崩壊した。

身も心も人間性の無い不死者は、ただ他の不死者を襲う化物だった。

そんな彼らに対して、無貌は錆憑く大剣を構えた。


『無貌、殺さないと』


大剣から声が聞こえて来る。

彼の武器は不死者であった。

不死者は永劫に死なぬ者である。

元々は人だったのだろう、だが、死と再生を繰り返す度に肉体は変化していく。

それはある種の進化であり、死ぬ事の出来ない彼らにとっては罪咎シンと呼ばれる現象であった。


彼女、錆憑く大剣は、元々は、この地獄の中で戦い続けた不死者であった。

幾度も殺し、敵を倒し、他国の軍勢の元で、何度も殺され、その肉体を凌辱され、その末に死と再生を繰り返した結果、罪咎シンにより一筋の大剣と化した。


握り締めると、彼女の怨嗟の声が響き続ける。

その声は不死者の中でも強力な呪いと化し、敵を殺し続ける膨大な殺意を宿すのだ。


『ぐぁ、ぐあッ!!ぐぁあ!!』


不死者達が迫りくる。

その際に、無貌は大きく腕を振り上げる。

生物が進化する際、環境に応じて特殊な能力に目覚める事がある。

動物であれば、水辺に近しい生物は水中での呼吸を長時間可能、あるいは潜水する事しか出来ない様に。

荒野が広がる大地では、肉食動物が獲物を捉える為に肢が早くなるように。


不死者である錆憑く大剣は、寄生虫の様に使役者に恩恵を与える。

大剣を振り下ろすと共に、剣身から赤と黒の瘴気が漏れ出すと、鋭利な刃と化した飛翔した。

飛ぶ斬撃である、その斬撃は、使役者の殺意に応じて切傷能力を増加し、負傷した傷を遅延する効果を齎す。

即ち、頭部に斬撃を浴びれば、不死者であろうとも再生する事が出来ず、事実上の死を得る事が出来るのだ。

しかし、それでも、時が過ぎればその斬撃すらも適応する事になるだろう。

それが百年後か、千年後か、一億を過ぎるかも知れないが……それでも、不死者にとっては時間など無意味に等しい。

何れ蘇るその時まで、多くの不死者達は激痛を伴う夢の中で浸り続ける。


『殺せ、殺せッ、殺せッ!!』


錆憑く大剣から漏れ出す殺意。

周囲の不死者を殲滅した後に、無貌は疲弊を募らせたかの様に石の上に座る。

腰を落として一息吐いた後に、大剣から溢れる殺意の波を静かに受け止めた。

そして、彼女の鋭い肉体を、無貌は自らの腕の中に抱いて強く抱き締める。

冷たくザラついた大剣はそれでも鋭利であり、抱き締めた途端に刃が肉に減り込み血を流す。

それでも無貌は苦痛を漏らす事無く、錆憑く大剣を強く抱き締め続けると、次第に怨嗟の声が鎮まりだす。

錆憑く大剣は、触覚も痛覚も無く、ただ記憶の中でしか感覚を思い出す事が出来ない。

しかし、彼女の記憶の大半は戦争と、凌辱をされた記憶のみ、精神に大きな支障を受けた彼女は、苦しみを抱きながら生き永らえる他無いのだが。



『……、無貌、  あったかい』


無貌の抱擁は、体温も感触も伝わらない。

それでも、記憶の奥底にある優しい記憶が、無貌の抱擁に対して安堵を齎した。

記憶の中から、無貌の抱擁を味わう錆憑く大剣は、嘗て肉体に在った両腕を回す妄想をしながら無貌の腕の中に眠る。


『ごめんなさい、また、狂気に呑まれてしまって……貴方には何時も、苦労を掛けてしまう』


その様に、心の内で涙を流す錆憑く大剣に、無貌は何も言わない。

ただ静かに、彼女を抱き締めながら傷口から血を流す。


『ふ、ぅ……無貌、貴方は優しい、その逞しい腕の中で、抱き締められる事を幸福に思います……愛してます、無貌、私の剣士……』


ただ、錆憑く大剣は、抱き締めてくれる彼に何も出来ない。

だからこそ、こうして声で感謝と愛を伝えるのだ。


『ん、ぅ、っ……無貌、 む、ぼぉ んっ』


……記憶の中で幸せだった頃を思い出しているのだろう。

無貌は彼女の言葉をただ聞き続けていた。

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