少女たちと召喚士
@ItsukaHaruto
旅立ち
第1話 召喚
一人の天使が茫然と立ちすくんでいる。彼女が仕えていた女神は命の根源に関わる重要な神だった。その天使も長く使えるうち、いつの間にか天使長と呼ばれる程の力を持つまでに至った。
しかし彼女が仕えていた女神が突然目の前で喰われた。神喰いと呼ばれるもの、それは目の前にある神を食い散らかす異質な存在である。それが急にやってきたのだ。
それはまさに災厄みたいなものであろう。どんなに強くても災厄は等しく訪れる。万能と呼ばれる太陽神でさえ例外ではない。天使である彼女にはなす術があろうはずもなかった。
女神が失われた後、その役割を担う新たな女神が生まれた。しかしその力は小さくか弱い。今まで女神に押さえつけられていた男神がのそりと動き出し、その欲望をむき出しにし始める。
その天使は男神を興奮させるほどに美しかった。自由になった男神が天使を襲う。天使はそれに抗う力はない。そして天使は地に堕とされた。
☆
長い冬が終わるこの季節、村は農作業で忙しい。一方で春の温かさを感じて、村が明るく活気づく季節でもある。ところが、その村は今、悲鳴が響き渡り、人々は絶望を感じていた。
オークの群れがひしひしと迫ってくる。100匹以上はいるだろう。この村では防ぎきれない。母親は襲われて食べられた。父親も今食べられている。「火矢」、必死で魔法を放つ。
父親の悲鳴が耳から離れない。涙が止まらない。だけど、両親がそうしたように、私も全力で村を、守らなければ。そして父母が教えてきた子供たちを守らなければ、そう考えていたとき、頭に衝撃が走り、意識を失った。
気がつくとよだれをたらした中年の男が私の胸をまさぐっている。目は血走り、薄汚れている。嫌だ。そう思い、撥ねつけようとしたが、首が締まり力が抜けた。首輪をつけられていた。隷属の首輪だ。
気味が悪い、気持ちが悪い、そう思っても、うめき声しか出ない。私の声を聞いて男は興奮したようで、弄ってくる力が強くなった。痛い、嫌だ、気持ち悪い。
「それくらいにしておけ」
「どうせ豚のモノになるんですよ。ちょっとくらいいいじゃないですか。まんざらでもない声も上げているし」
オークを率いる男たちが言い合いをしている。豚のモノ?まんざらでもない?混乱と恥ずかしさで泣きそうになった。
「この娘は我々に逆らって、オークたちを傷つけた。オークたちとの約束により、その身をオークに与える」
村の集会所でリーダと思われる男が話し始めた。聞いている村人はみな暗い顔をしている。
「若くてもったいないが、約束は約束。体力があれば、オークの子を産んでも生きられるかもな。頑張れよ」
男が急にこちらを向いて言った。
「もったいねぇ」「先にやらせろ」「裸にして連れまわせ」
卑猥な言葉が投げかけられる。耳をふさぎたい。オークの子?何も考えたくない。
「素直に従ったお前らは、普通の奴隷にしてやる。中にはオークに貰われるやつもいるがな。まずはこいつの処刑をここで行う。相手はオークだ。オークのアレは大きいから、どんな声で啼くか見ものだな。俺たちに逆らった奴がどうなるか、お前たちもしっかり見とくんだぞ」
村人を相手に話が続いている。
「オークどもを満足させるよう、しっかり啼けよ」「ほら立て」
男が急にこちらを向いて言った。何の話をしているのだろう、考えたくない。しゃがみこんでいるところを強引に引っ張り上げられ、オークの群れに放り投げられた。
たくさんの手が体を触ってくる。舐め回してくる。伸し掛かってくる。嫌だ、嫌だ。痛い、痛い。胸が鷲掴みにされる。太ももをねっとりとした舌が這いまわっている。
『召喚されますか?Yes・No?』
突然、頭の中に文字が羅列された。
痛い。胸を強く噛まれた。顔の前に気持ちの悪いモノが押し付けられている。
これは何だろう、そう考えることもできないほど、たくさんのオークが私をおもちゃにしている。
『召喚条件: 召喚者に、身も心も捧げること。召喚者を主人とし、一心に主人に仕えること。乙女であること』
これはなんだろう?身も心も捧げる?
痛い、無理やり股が広げられる。鼻に何かが当たっている。オークのよだれが上から垂れてくる。
『Yes』
無茶な召喚条件のは分かっている。しかし、他に選択肢がない。逃げるように選択した。辺りが真っ白になり、隷属の首輪を残して、景色が変わった。
☆
カラン、カラン。俺は冒険者ギルドの扉を開けた。
「こんにちは。タイシさん」
薄茶色のツインテールを振りながら、エミリが駆け寄ってくる。
エミリはここゼクスの町の冒険者ギルドを預かっているジンの娘で13歳になる。いつも明るく誰にでも分け隔てなく接していて感じの良い娘だ。凄く美人という訳ではないが、華奢で10人並みの容姿である。とても人懐こく、気を張らずに話すことができるため、男女問わず人気がある。
ギルドを預かるジンの娘と言ってもお嬢様ではない。ゼクスの町は村が少し大きくなった程度の小さな町で、冒険者ギルドはジンとジンの妻の2人で管理している。近くにカルドーの街という大きな街があり、その支部といった扱いだ。
「今日もたくさん薬草取りましたね。運ぶの手伝いますよ」
エミリがニコニコしながら薬草を詰めた袋を持ってくれた。たくさん入っているため、エミリがふらふらしながら歩いている。
「危ないぞ。気をつけろ」
「大丈夫だもん」
俺は大きくふらついたエミリの肩を押さえた。エミリが恥ずかしさを隠すように胸を張っていった。まだ成長途中だが去年よりは膨らんできている。
「本日の薬草の引き取り代です。朝に届けてくれたポーションの引き取り代も含まれています」
エミリの母親のポーラさんが3万ゴルドを渡してくれる。
「タイシのおかげで、ゼクスの町は薬草には困らないな」
ポーラさんの後ろからジンが声をかけてきた。
「さすが薬草ハンター」「魔物を狩らずに薬草を採る召喚士」「ポンコツ」
柄の悪い冒険者たちが、背後から揶揄するような声をかけてくる。
カラン、カラン。俺は俯きながら、冒険者ギルドを出た。
そう、俺は”薬草ハンター”、”ポンコツ召喚士”などと呼ばれている。決して名誉ではない異名だ。召喚士の専門を持っている俺は、強力な魔物を召喚して、格好よく冒険者として活躍したかった。しかし、何度挑戦しても一度も魔物は召喚されてくれなかった。
そして俺は、薬草を採取して生計を立てている。その腕はこの町一番だろう。ため息をつきながら家へと向かった。
☆
「よう。ポンコツ。今日も稼いだみたいじゃないか。俺様への挨拶を忘れているんじゃないか?」
ギルドの外でヒューイがヘラヘラと笑っている。ヒューイは俺の幼馴染で剣士の専門を持つ。中級剣術のスキルを持ち、奴隷商に護衛として購入された。給金が少ないらしく、いつも俺にたかっては娼館に通っている。
「これ以上は無理だ」
そう言い、ヒューイに5千ゴルド渡す。一般的に薬草採取では1万ゴルドも稼げない。だから、ヒューイはこれをギリギリだと思っている。
「しけてんなぁ。これっぽっちかよ。それにしても、ポンコツのお前が平民だなんておかしな話だ。売れ残るほどポンコツだなんて、ずるいだろう。買われた俺様にしっかりと貢ぐんだな。明日もよろしくな」
ヒューイは俺の脛を蹴り、そしてニヤニヤしながら去っていった。
☆
家に戻り、布団に横になる。布団とはいえ、藁の上に薄い布を重ねた粗末なものだ。それでも去年よりは良くなった、生活に少しゆとりができている。たくさん薬草が取れた。草花が芽吹く春は実入りもいい。
”ポンコツ召喚士”、自分にがっかりする。その気分を変えようと俺は目を閉じた。ところが、いつもと違い、なんだか落ち着かない。揶揄されるのは、いつものことだ。もう慣れている。
だが、何か落ち着かない。だが召喚の練習をしているときの気持ちに似ている。まだ諦めきれないのか、そう思い気が滅入る。しかし、胸騒ぎは続いている。気が付くと、家から少し離れた野原に立っていた。
「召喚」
唱えてみた。今までと違い、大きな虚脱感がある。まさか成功したのだろうか。
目の前には、俺と同じくらいの年頃の少女がしゃがんでいる。ところどころ服が破け、息が荒い。人なのだろうか?魔物なのだろうか?黒い髪、長くてきれいな髪を後ろで無造作に束ねている。
白い肌、細身だが胸は豊かに主張をしている。女性らしい細い指先だ。見とれていると、その女性は静かに上を向いた。
俺を見上げ戸惑った表情を浮かべている。何か話そうとするがうまく話せないようだ。身体が震えている。俺は、来ていた上着を彼女の上にそっとかけた。
「ご主人様。助けて頂きありがとうございました」
女性が頭を下げた。
助けた?俺は何かしたのだろうか。戸惑っていると、女性が話を続けた。
「オークの群れに襲われていたところを、召喚して頂きました。私を召喚されたのは、ご主人様でしょうか?」
「確かに俺は召喚したが、人が召喚できるなんて、聞いたことがない」
「私はアリス、ポール村の教師ユギドの娘です。私も召喚されるまで、召喚されるなんて知りませんでした」
女性は不安げな顔をして答えた。
確かにどこをどう見ても人だ。それもとてもきれいな女性だ。破れかけた服からのぞく白い素肌が艶めかしく、人でないようにも見える。だが、不安げに震えているその姿は人にしか見えない。
もう辺りは暗くなってきている。女性が野原にいるのも危ない。そう思い、ひとまず俺の家に来るように声をかけた。
俺は採取した薬草の調合も行っている。ある程度のスペースを必要とするため、古いが一軒家を借りている。彼女一人分くらいは大丈夫だ。
「ご主人様のお名前を教えてください」
「タイシ、ラング村のタイシ」
帰り道に名前を尋ねた彼女に、俺は躊躇しながら答えた。ポンコツ召喚士、この名前は彼女も知っているだろうか?俺は恥ずかしくなり、俯いた。アリスが、後ろから着いてくる。
☆
この世界には、農民や商人やそして騎士や鍛冶屋などの「職業」に加えて、「専門」と呼ばれるものがある。その人が持つ適正と思ってもらえれば良い。誰でも鍛冶師にはなれるが、「鍛冶士」の専門があった方が良い武器が作れる。一流になるためには、適した専門が必要になる。
俺、タイシの職業は冒険者だ。専門は「召喚士」、これは外れではない。「調教士」の上位にあたり、魔物を召喚できる。加えてMP(魔力)やInt(賢さ)も人よりも高くなる傾向にある。しかし、俺にはこれが問題だった。
この世界では、10歳になったらそれぞれの専門を村の長老などに見てもらう。それを基に将来の職業を意識し、スキルを伸ばす。そして15歳で成人し、それぞれのスキルを基に生計を立てる。
長老が俺を「召喚士」と言ったときは、両親は喜んだ。「魔導士」や「剣術士」ほどではないが、上位の専門であり、召喚した魔物によっては一般的な冒険者より強くなることもあるからだ。
上位の専門を持つものは稀だ。両親は召喚士に期待して村の長老に教育を依頼したり、周りの人たちに自慢したりしていた。
しかし、11歳になっても、12歳になっても召喚に成功しないまま時が過ぎた。ヒューイなどの幼馴染が俺を”ポンコツ召喚士”と呼び始め、そしてそれが俺の異名になった。
俺自身は将来冒険者として成功する夢を持ち、人一倍努力した。MP、Intはもとより、HP(体力)、Str(力強さ)、Agi(素早さ)についても人一倍のステータスを持つに至った。人に隠れて調教にチャレンジもした。しかし調教も成功しなかった。
結局、俺は成人の15歳になっても、一度も魔物を召喚できなかった。俺を見る周囲の目はすでに冷めており、役立たずと蔑まれていた。最初はちやほやしてくれていた幼馴染の女の子たちも手のひらを返し、単なる剣士や専門が何もない人の方が良いと見切りをつけられた。
15歳の成人を機に独り立ちをするのがこの世界の習わしだ。ポンコツ召喚士と呼ばれる俺は、育ったラング村にいられなくり、隣町のゼクスで、冒険者をやっている
冒険者と言えば、格好よく聞こえるかもしれない。役人にも、商人にも、そして農民にもなれなかったものが就く職業だ。能力があって冒険者になるものも当然いるが、そんなものは一握りだ。有望な若者は、騎士団やギルドがスカウトする。商人が奴隷を購入し、護衛として育てることもある。
だからたいていの冒険者はあぶれ者だ。魔物をバーッとやっつける。俺もそんなことに憧れた時期もあった。だが、実際は、しがない仕事ばかりしている。そして、俺は薬草を採取することで何とか、冒険者としての暮らしを成り立たせていた。
他人には秘密にしているが、俺は『天眼』という特殊なスキルを持つ。これは人のステータスが分かるだけではなく、スキルの詳細も分かる。加えて、アイテムの良し悪しや、薬草・毒草などの詳細情報が事前知識なしに分かる。貴重なスキルだ、と俺は思っている。
スキルと言ったが、この世界には、スキルという概念もあり、3つに分類される。一つ目は誰でも訓練すれば身に付けられる一般スキル、家庭料理や生活魔法などである。二つ目は専門に関連するスキル、調教や召喚、中級以上の魔法などであり、専門がないと身に付けられない。
三つ目が、特殊スキルであり、専門とは関係がなく、また努力しても身に付けられないと言われている。例えば、飛翔や転移などのスキルなどは、生まれ持つか、もしくはスキル玉と言うアイテムを通してしか身に付けられない。
天眼もその中の一つである。この天眼のおかげで、俺はどうにか冒険者として過ごせている。薬草がすぐに判別できるため、人の10倍くらいの速さで薬草を採取できる。召喚士の特徴であるMPが多いことを活かして薬草の調合も行い、効率よく小金を稼ぐことができる。
そのため、周囲からはポンコツ召喚士に加え、薬草ハンターなどと揶揄されている。ヒューイたちにたかられながらも、暮らしには少し余裕がある。だが目立つと碌なことはないから、ぎりぎりの生活をしているふりをしている。
天眼スキルは、人に知られると、悪用される可能性がある。最悪の場合、奴隷にされ、鑑定などをひたすらやらされることになる。そのため気づかれないように、注意して行動している。何事も平和・目立たないのが一番だ、ということを、ポンコツ召喚士である俺は、その経験から身に染みて感じている。
もし、アリスを召喚したことが本当であれば、天眼と同じように、ひどく目立つだろう。最悪の場合、アリスも俺も奴隷になる。アリスはとてもきれいだから娼館が喜んで買っていくだろう。俺の方は実験台になるかもしれない。どうしたものか、そう考えながら歩いていると、家が見えてきた。
次の更新予定
少女たちと召喚士 @ItsukaHaruto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。少女たちと召喚士の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます