ゴミ拾い天使を拾う
@ItsukaHaruto
第1話 天使を拾う
「天使の羽?」
僕は白い羽を拾い思わず呟いた。辺りを見回す。落ちている羽を辿っていくと、ゴミの山に混ざって天使が落ちていた。
真っ直ぐ伸びる金色の髪、鼻から顎にかけてのラインは非常に整っている。目は閉じていて良く分からないが、まつ毛は長く目を開くときっととても綺麗なのだろう。背中にはもちろん翼がついている。だが右の翼は折れ傷ついていた。
天使?そんなものが本当にいるのか?僕たちを見捨てた神様の使いだろうか?どうしようか迷ったが、傷ついている人を放ってはおけない。僕は天使を背負い秘密基地へと連れて行った。天使の身体は軽く柔らかかった。
☆
「ハルキ、お前はスキル無しじゃな」
「このごく潰し、働かざる者食うべからずよ。出ていきなさい」
この世界では12歳で成人だ。そして成人したときにスキルを判定される。判定される場所は教会であったり集会所であったりさまざまだが、僕の場合は神父が僕にスキルが無いことを告げた。
この世界は不思議だ。スキルがあると経験がなくても剣術が使えるようになる。剣術1のスキル持ちは兵卒や門番に、剣術2では隊長や護衛に、剣術3では生まれにもよるが将軍になることもある。スキルは5段階で4で国一番となり、5は稀にしか出ないそうだ。
商売1のスキルを手にすると文字が読め簡単な計算ができるようになる。商売2では複雑な計算に加え交渉もできるようになる。料理1では料理店の下働き、料理2では料理長、高いスキルレベルを得られるほど成功しやすくなる。
将軍を目標として剣術の練習に励んでいた子が商人のスキルを、学者になりたくて勉強をしてきた子が盗賊のスキルを得ることもある。
勉強をしなくても商人になれる。努力をしなくても料理人になれる。スキルレベルが高いと努力をしなくても成功する。努力と得られるスキルには関係がない。そのためスキルが人生を支配し、努力の価値が低い世界となっている。
そして稀に12歳でスキルを得られないこともある。努力とは無関係に。スキルの無い子供の多くはゴミ山から使えそうなものを回収することで日銭を得て暮らしている。長くは生きられない暮らしだ。僕も家を追い出され、12歳からゴミ拾いの仲間となった。
☆
努力が無駄ではないことを僕は知っている。前世の記憶が努力を肯定する。貧乏な家庭で育った記憶、しがない社会人だった記憶、だけど努力することで少しはましな生活ができていた。
この世界では12歳に満たない子供は勉強しない。身体も鍛えない。得られるスキルによっては無駄な努力になるからだ。
だが僕は勉強した。そして剣を振り回して遊んだ。国の歴史や魔物の知識を得ることは小説を読むのと同じくらい楽しい。せっかく異世界に来たんだ。剣術や魔術を駆使してヒーローになることを夢見たって良いじゃないか。
ゴミ山を見た当初は落胆した。だが捨てられている魔術書が読めたことで疑問が生じた。スキルが無くても文字が読めるのだ。そもそもスキルが運だけで決まるのであれば、魔術書は何のためにあるのだろう。スキル無しではできないはずの計算も過去の記憶が可能としている。
価値のありそうなものを拾う。ゴミ山の管理人に渡す。管理人は鑑定術1を持っていることが多い。価値に従い、パンの端切れを渡してくれる。その大きさで僕は自分の判断が合っていたかを答え合わせした。
あるときゴミ山に落ちている物の名前と価値が頭に浮かんだ。戸惑って自分の手を見ると名前とスキルが見えた。
ハルキ(14歳男)剣術1、魔術1、治癒術1、学術1、鑑定術1、ゴミ拾い2
涙が溢れてきた。答え合わせをしながら気を紛らわし、ゴミ山の中で二年も生き抜いてきたのだ。そして鑑定術のスキルを得た。鑑定術1では物の名前と価値、そして自分のスキルが分かる。他の人のスキルは見ても触れても分からなかった。
剣術、魔術、治癒術、学術のスキルに気づいたとき、さらに涙が溢れた。成人するまでの努力に意味はあった。さらに二年間努力を続けてきたことに意味があった、そう思えた。
ときどき兎を狩ることができた。自分で火を起こすこともできる。肉を久しぶりに食べた時に、身体に力が漲るのを感じた。
「スキル無しが兎を持ってくるなんて。しかも火が通っているな」
「どうやって手に入れたんだ?」
「たまたま怪我している兎を見つけたんです」
善意でゴミ山の仲間に分けたら怪訝な目で見られた。管理人までも僕を疑うような目で見ている。咄嗟に偶然だと言い訳をする。
「ありがとな。温かい肉なんて久々だよ」
「お礼に罠の作り方を教えてやろうか」「俺は木の実の食べ方を教えてやる」「俺は剣の振り方だ」
「また捕まえられても、管理人や口の軽いやつには見つからないように気をつけろ」
ゴミ山には役に立たなくなったスキル持ちもいる。兵卒だったが歳を取りすぎてしまった。部隊長でも歳を取ると役に立たない。狩人として生計を立てていたが怪我をしてしまった。そういった人はどこの世にもいる。
そのような人生の黄昏を迎えた元狩人や元兵卒の人たちは、捨てられた者たちと揶揄されることもある。だけど、きっと真面目で要領が悪かっただけなのだろう。彼らは素直に感謝の言葉を口にし、僕にスキルを教えてくれたり人生訓を伝えてくれたりした。
☆
「秘密基地の完成だ」
「ハル兄、凄い~」
僕の言葉にミオンが答える。年配者の人生訓を参考に僕は自分だけの隠れ家を作った。ゴミ山の一歩向こうは魔物が住む森だ。スキルの無い人にとっては一歩が命取りだ。僕は拾った剣を片手に大きな木の上に小さな隠れ家を作った。
ミオンを拾ったのは僕が15歳になったときだ。お腹を空かしているのを見かねて、パンの端切れと水を渡したら懐かれた。拾った当初は短い髪で少年だと思ったが、身体を拭いて女の子だと分かった。
ゴミ拾いをしている少女はときどき攫われる。体つきが女性らしくなってきたり、見た目がきれいだったりすると攫われる確率は高まる。管理者が娼館に情報を流していると元部隊長が言っていた。
ミオンの髪が肩まで伸びる頃、僕はミオンを隠れ家に案内し、隠れ家を広げ秘密基地と命名した。ミオンは12歳だからその方が喜ぶ。秘密基地といっても床板と屋根板の簡素なものだ。生い茂る葉が僕たちを空飛ぶ魔物から隠す。狼などの獣型の魔物は木を登れない。木登りできる魔物は僕の剣術と魔術を恐れて近づかない。元部隊長のおかげで、僕の剣術は2に成長していた。
狩った魔物は火魔法で焼き血の匂いを消した後、半分は元部隊長たちへ渡し半分は秘密基地へ持って帰る。怪しまれないようゴミ拾いは継続し、パンの端切れはミオンへのお土産にする。水は自分で出せるから樹上の生活は思ったよりも快適だ。
ミオンに読み書きを教える。剣や魔術の扱いを教える。スキル無しでも成長できると聞き、ミオンは明るくなった。鑑定でミオンが魔術1を得たことを伝えると、自然と魔法が使えるようになった。どうやら自覚することでスキルを安定して発動できるようだ。きっと自信も関係するのかもしれない。
「ウンダケ神は信仰に応じてスキルを与えると仰っている。後天的にスキルが得られることは理に反することだ。ハルキのスキルが何かは分からないが、スキル無しが魔物を狩れることは隠した方が良い」
「儂らは告げ口なんてせん。告げ口しても得られるのはパンの端切れがちょっと。告げ口しなければ時々は温かい肉が食べられるんじゃ」
「儂が良いスキルを教えてやろう。スキルがある振りや無い振りができて便利だぞ」
捨てられた者たちが魔物の肉を持ってきた僕を気遣う。詐術のスキルを持つ元商人が僕にスキルを教えてくれる。人を騙すことはダメだ。だが騙すのではなく、自分の身を守るには必要なスキルだ。
☆
「綺麗なお姉さん。ハル兄、攫っちゃだめだよ」
「怪我しているんだ。手当をお願いできるか。僕は跡を消してくる」
応急処置をして、ミオンに天使を託す。僕は秘密基地からゴミ山の間の足跡を草木で消し、天使の羽を一つ一つ回収した。そして秘密基地とは反対方向へ天使の羽を置いていき、狩った兎と一緒に天使の羽を魔物の住む森に置いてきた。
「折れた剣が二本か。鉄屑としてはまあまあだな」
状況を確認するために管理人のところに出向いた僕にパンの端切れが手渡された。まだ大きな騒ぎになっていない。
「いつもより通りが騒がしい」「何が起きようが俺たちには関係がない」「肉が美味い」
年配者たちは経験から街の騒ぎに気付いているようだ。だが、ゴミ山には全く影響がない。
「変わったものを拾ったやつはいるか?」
「綺麗な羽を拾ったやつがいるぞ」
突然の大きな声に一瞬ヒヤリとする。管理人が羽のことを入ってきた衛兵に伝えている。
「これを拾ったのは誰だ」
「俺です」
「拾ったところへ案内しろ。上手くいけばパンをもう少しやろう」
不安そうに立ち上がった少年に衛兵が声をかけ、そしてゴミ山の方へ向かった。
「羽かぁ。衛兵が騒ぐような状況か?」
「街の方も騒がしいぜ。何が起きたのだろうな」
元部隊長たちの話を聞きながら、僕は状況を把握するために、ゴミ山の入り口で一夜を過ごした。
☆
「魔物に襲われたのは間違いないな。だが羽の量が少ない。そこからさらに逃げたか。調査範囲を広げてみよう。怪我をしているようだから遠くまでは行けまい。ウンダケ神に逆らった罪人だ。死体であっても手に入れるように」
衛兵からの報告に、豪華に装飾された神官服姿の男が思案するように首を傾げ指示を伝えている。天使なのに神への反逆者か。詐術のスキルでポーカーフェースを保ちながら、男たちの話を聞く。
「羽でパン一切れだ。手がかりが得られたら一週間分のパンをやるぜ」
「やったぜ」「一週間分だってよ。信じられないぜ」
管理人の言葉にゴミ拾いたちが大きく沸いた。スキルを得られなかった僕たちゴミ拾いにとってはウンダケ神なんて有難みを感じない。だけどなぜかみんな嬉しそうだ。ちょっとした憤りを感じながら、僕も怪しまれないようゴミ山へと歩みを向けた。
☆
「少し臭いが我慢してくれ。あんたを反逆者として探しているものがいるようだ」
天使の羽に草を被せる。根や土も付いており泥臭いままだ。これで天使の匂いを消し、羽が飛ぶのを抑える。横たわったまま目を開いた天使に、僕は静かにするように口に手を当てながら話しかけた。天使は羽が痛いのか苦しそうに目を瞬き、それから頷いた。薄い青色でぱっちりとした目をしている。予想通りとても綺麗だった。
「ハル兄 、反逆者って?」
「ウンダケ神への反逆者だそうだ。僕たちスキル無しにとっては敬う価値のない神だ。ウンダケ神への反逆者なら匿いたい。僕は羽を撒いてくるからミオンは天使の様子を見ていて」
「分かった」
反逆者という言葉に引っ掛かりを覚えたのかミオンが僕に質問するが、ミオンもスキル無しだ。ウンダケ神に感謝はないだろう。秘密基地から出た僕は、昨日羽を置いた辺りに、少しずつ新たに抜けた羽を撒いた。
☆
「森の中から先は足取りが掴めない。魔物に襲われたところまでは分かるのだが、さすがに天使が魔物に食われることは無いだろう」
「テンシ?」
「違う、ケンシだ。反逆者のスキルだ。何人かの剣士が徒党を組んで反逆している」
神官の独り言にゴミ拾いの一人が反応する。神官はごまかすが表情は隠せない。
「それにしてもゴミ拾いどもは役に立たないな。羽しか拾ってこない。今日一日探したが手がかり一つ得られなかったではないか」
「スキル無しですからね。ゴミ山以外では役に立たないんですよ」
憎らし気にゴミ拾いを睨みつける神官に、衛兵やゴミ山の管理人がおべっかを送る。
「森の探索は剣士や魔術師のスキルを持つもので無いと厳しい。翼は折れているようだし、遠くへは逃げられない。明日、冒険者ギルドへ依頼を出そう」
「翼?この羽ですか?」
「いや違う。それは連絡に使う鳥の羽だ。彼らの乗り物のことを翼と呼ぶんだ。飛ぶように捕まえづらいからな」
神官がまた失言し、管理人が空気を読まずに突っ込む。僕にとっては神官の失言よりも森の中が探索されるという話の方が気にかかった。
冒険者はゴミ山の裏の森には近づかない。誰もゴミの近くで狩りをしたくはない。だから秘密基地はバレずに済んだ。だが、探索術を持つ冒険者がいると僕たちの秘密基地はすぐに見つかってしまうだろう。
明日、ギルドが開いて依頼が受理される。依頼が出るのは昼過ぎくらいだろうか。それとも明後日か。明日の午後だとしても、探索は僕たちのいる方向と反対から始まるだろう。甘い考えはしない方が良いが、まだ天使を移動させるには怪我が酷い。
後は運だ。明日は息を潜めて明後日の朝一番で移動しよう。最悪、僕とミオンが見つからなければ良い。天使は助けたいが、危険を冒すまでの義理も愛着も無い。想いを振り切るように優先順位を付ける。
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