神さまの朝ごはん
未人(みと)
第1話
ある朝、ぼくは台所で、ひとつの卵を手に取りました。
ころんと丸くて、白くて、どこにでもある、ふつうの卵です。
けれど、器の縁で軽く叩いて、ぱかっと割ったとき――
ぼくは、ちょっと不思議なものを見ました。
殻の内側が、きらきらしていたのです。
まるで、夜空の星みたいに。
「変な卵だなあ」
そう思ったけれど、ぼくはそれ以上、気にしませんでした。
今は、朝ごはんを作る時間だったから。
卵の中身を器に落として、ぼくは、箸を持ちました。
くる。
くるくる。
かき混ぜるたびに、器の中のきらきらは、ぐるぐる回ります。
すると――
「わー!」
「きゃー!」
「空が回ってるよ!」
「落ちちゃう、落ちちゃう!」
そんな声が、どこからか聞こえた気がしました。
でも、台所にはぼくしかいません。
テレビもついていないし、
窓も閉まっています。
きっと、気のせい。
ぼくは、もう一度、くるくると箸を動かしました。
「わー!」
「助けてー!」
「星が、星がちぎれちゃう!」
声は、だんだん混ざって、遠くなって、白と黄色の中に溶けていきます。
やがて、器の中は、ひとつのやさしい色になりました。
次に、ぼくは火をつけました。
フライパンがあたたまって、そこに、器の中身を流し込みます。
じゅっ、と音がして、白い湯気が立ちのぼりました。
そのときです。
「熱いよー!」
「まぶしい!」
「世界が光ってる!」
「もう、だめだー!」
小さな声が、ぱちぱちという音にまじって、消えていきました。
ぼくは、箸でそっと混ぜます。
固まっては、ほどけ、ほどけては、また集まって、
ふわふわのかたまりになっていきます。
さっきまで、空だったもの。
海だったもの。
街だったもの。
それらはもう、どこにも見えません。
やがて、ぼくは火を止めて、それをお皿にのせました。
朝の光に照らされて、黄色いかたまりが、ふわっと湯気を立てています。
「うん、できた」
ぼくは、椅子に座って、スプーンですくい、一口、食べました。
やわらかくて、あたたかくて、少しだけ、甘い味。
そのとき、もう、どこからも声は聞こえません。
「おいしいな」
ぼくはそう言って、残りも全部、食べてしまいました。
それが、ぼくの作った――スクランブルエッグでした。
どんな宇宙が、どんな星が、どんな声が、あの中にあったのか。
ぼくは、さいごまで、知りません。
ただ、今日も朝が来て、ぼくは朝ごはんを作って、それを食べただけ。
それだけの、とても、ふつうの朝でした。
神さまの朝ごはん 未人(みと) @mitoneko13
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