検閲者の遺書 〜あなたが切り取った言葉が、あなた自身を裁く〜
ソコニ
第1話 白紙の正義:審判者たちの断片
【検閲官への指示書】
親愛なる市民検閲官へ。
あなたは今、未検閲原稿No.2026-0847を手にしています。市民検閲法第三条に基づき、以下の基準に該当する箇所を物理的に切除してください。
公序良俗に反する表現
政府への不当な批判
社会不安を煽る内容
あなた個人が不快と感じる一切の記述
切り取った部分は廃棄すること。ただし、裏面の印字にご注意を。
それでは、審査を開始してください。
【原稿本文】
1 [薄紙:破れやすい]
私の名前は明日香。十六歳。昨日、父が検閲官に連行された。
父の罪状は「過去の発言の精査不足」。十年前のSNS投稿に、現政権を批判する言葉があったらしい。でも父は覚えていない。私も覚えていない。AIだけが覚えていた。
母は泣かなかった。「仕方ないのよ」と、白い錠剤を飲んだ。政府配布の「平静保持剤」。感情を抑制する薬。私も、もうすぐ配給対象年齢になる。
怖い。でも、誰にも言えない。この「怖い」という感情そのものが、検閲対象になるから。
[ここに、あなたが切り取りたい衝動を感じたなら、それはなぜですか?]
2 [普通紙]
学校で、クラスメイトの拓海が消えた。
理由は誰も知らない。いや、知っているけれど、言わない。彼は授業中、こう呟いたのだ。
「なんで、自分で考えちゃいけないんだろう」
翌日、彼の机は撤去されていた。先生は何も言わなかった。私たちも何も聞かなかった。
放課後、拓海の机があった場所に座ってみた。窓の外、校庭で笑う子どもたち。監視カメラが三台、こちらを向いている。
私は、何も考えなかった。考えないことに成功した。だから私は、まだここにいる。
[この段落を切り取りますか? それとも、拓海はただの「不適格者」だったと信じますか?]
3 [厚紙:切るのに力が要る]
夜、母の部屋から物音がした。
覗くと、母は古いアルバムを破っていた。父が写っている写真を、一枚ずつ。
「ママ、何してるの」
母は振り向かず、静かに言った。
「お父さんは、最初からいなかった。そう書き換えるの」
翌朝、食卓に父の皿はなかった。仏壇もなかった。まるで、本当に最初からいなかったかのように。
私は、朝食を食べられなかった。喉を通らなかった。でも母は言った。
「残すのは罪よ。食べ物を粗末にする人は、次の配給が減らされるの」
だから、泣きながら、全部食べた。
[この母親を「賢明」だと思いますか? それとも「卑怯」だと思いますか? あなたの判断が、切り取る手を動かします]
4 [普通紙]
ある日、郵便受けに一通の手紙が入っていた。
差出人不明。中には、たった一行。
「お前の父親は生きている。██████████で待つ」
(前任検閲官による削除痕あり)
罠かもしれない。でも、行くしかなかった。
指定された廃ビルの地下、そこには本当に、無数の本があった。焼かれるはずだった、検閲前の書物たち。
そして、痩せ細った父がいた。
「明日香、よく来たな」
父は微笑んだ。でも、その目は笑っていなかった。
「俺はもう、お前の父親じゃない。戸籍から消された。存在しない人間だ」
「じゃあ、なんで私を呼んだの」
父は一冊の本を差し出した。ボロボロの、手書きの日記。
「これを、読め。そして、燃やせ」
[ここで感動しましたか? では、その「感動」を切り取ってください。それは政府が禁じた「危険な希望」です]
5 [薄紙:破れやすい]
日記には、私の知らない父が書かれていた。
若い頃、学生運動に参加していたこと。逮捕され、拷問を受けたこと。それでも仲間を裏切らなかったこと。
でも、私が生まれてから、父は変わった。
「娘の未来のために、過去を捨てる。それが父親の愛だと思った」
父は闘争を放棄し、従順な市民になった。過去の発言を消し、政府に忠誠を誓った。
私のために。
日記の最後のページには、こう書かれていた。
「明日香、お前が俺を恥じるなら、この日記を燃やせ。お前が俺を憎むなら、生きろ。お前が俺を愛しているなら——」
その先は、破られていた。
[あなたは、この父親を許せますか? 軽蔑しますか? その答えが、この章を切り取るか否かを決めます]
6 [厚紙:切るのに力が要る]
「続きは?」
父は首を横に振った。
「俺にも分からない。破ったのは俺だから」
「なんで」
「書けなかったんだ。『愛しているなら、どうしろ』なんて。そんな答え、俺にはない」
父は立ち上がり、本棚の奥から何かを取り出した。
古い拳銃。
「明日香。選べ」
父は銃を私に向けた。
「俺を撃つか。俺に撃たせるか」
[この展開に嫌悪を感じましたか? それとも、予想していましたか? どちらにせよ、切り取るべきは「予定調和」です]
7 [普通紙]
私は、笑った。
「バカみたい。そんな二択、意味ない」
拳銃を奪い取り、床に叩きつけた。銃は砕け、中から紙吹雪が溢れた。
偽物だった。
父は膝から崩れ落ち、泣き始めた。
「ごめん、ごめんな。お前を試したかったんだ。お前が、まだ人間かどうか」
私も泣いた。
でも、私たちの涙には違いがあった。
父は、過去を悔やんで泣いていた。
私は、未来が見えなくて泣いていた。
[この親子を救うべきですか? それとも、自業自得ですか? 切り取った数が多いほど、あなたは「審判者」に近づいています]
8 [薄紙:破れやすい]
翌朝、私は学校に行かなかった。
母に「具合が悪い」と嘘をつき、部屋に閉じこもった。そして、昨夜持ち帰った父の日記を、一ページずつ読み返した。
そして気づいた。
日記の裏側、全てのページの裏に、別の文字が透けて見えた。
逆さにして光に透かすと、こう書かれていた。
「検閲官へ。お前が切り取った言葉こそが、お前の本性だ。捨てた紙屑を拾い、繋ぎ合わせろ。そこにお前の遺書がある」
9 [厚紙:切るのに力が要る]
私は震えた。
これは、父の日記ではない。
これは、私への検閲テストだった。
父は、私が何を切り取るか、何を残すか、それを見ていたのだ。
急いで、切り取った破片を拾い集めた。
繋ぎ合わせると、そこには、こう書かれていた。
【切り取った破片の裏面に印刷されていた言葉】
購入日:2026年__月__日
購入場所:████コンビニ
購入者氏名:________________
私、________________は、以下の事実を認める。
私は、弱い人間が嫌いだ。
私は、諦めた人間を軽蔑する。
私は、自分だけは特別だと信じている。
私は、他人を裁くことで、自分の正しさを証明しようとした。
私は、切り捨てた。
私は、破壊した。
私は、もう、元には戻れない。
[あなたも、今、試されています。ここまで何ページ切り取りましたか?]
違う。私はそんなこと、思っていない——
でも、切り取ったのは私だ。
10 [普通紙]
父が部屋に入ってきた。
「読んだか」
「……うん」
父は優しく微笑んだ。
「明日香。お前は、まだ人間だ」
「え?」
「泣いたから。怒ったから。自分の醜さに気づいて、苦しんだから」
父は私の頭を撫でた。
「検閲官になるな。審判者になるな。ただの、不完全な人間でいろ」
窓の外、朝日が昇り始めていた。
私は、切り刻まれた日記の破片を握りしめた。
もう、元には戻せない。
でも、だからこそ。
私は、これから先を生きなければならない。
[この結末を、あなたは受け入れますか? それとも切り捨てますか?]
【検閲官への最終指示】
審査、お疲れ様でした。
あなたが切り取ったページの合計枚数を数えてください。
0枚: あなたは何も恐れていない。または、何も感じていない。
1-3枚: あなたには、まだ良心がある。
4-7枚: あなたは、自分を守ることに必死だ。
8枚以上: あなたは既に、審判者だ。
切り取った破片を裏返し、繋ぎ合わせてください。
そこに書かれた言葉が、あなたの本当の遺書です。
それを読む勇気がありますか?
それとも、また、切り捨てますか?
【編集部注記】
本作品は、切り取った破片の写真を#白紙の正義のハッシュタグと共にSNSへ投稿することで、あなたの「正義の傾向」を他の読者と比較できます。
全読者の平均検閲枚数は、特設サイトにて公開中。
QRコード:[████████]
あなたは、冷酷ですか? それとも、甘いですか?
―― 了 ――
検閲者の遺書 〜あなたが切り取った言葉が、あなた自身を裁く〜 ソコニ @mi33x
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