名探偵志望の友人と探偵事務所を開きました。主な業務内容はペット探しに不倫調査だったはずなのに超常現象が絡んだ事件の依頼が来るんですけど?

NEINNIEN

未発生事件

1 十月十日

「あーあ、殺人事件でも起こらねえかな」


 事務所のデスクに足をあげ、椅子のリクライニングの性能を限界まで引き出しながら、物騒な発言をしている男がいた。


 その男はこの水守探偵事務所の創設者であり、この事務所の探偵である水守みずもり祐也ゆうやだ。


 男にしては背も低く、一見すれば女性にも見えるその中性的な顔立ちが特徴的である。

 髪を肩の辺りまで伸ばしているのがより中性的に感じる理由かもしれない。目つきは鋭く、話さなければイケメンと評したのは、高校時代の共通の友人だったか。


 鹿撃ち帽にインパネスコートといった、いかにも探偵といった様子の服を着ている。同じものを何着も持っているらしく、この探偵事務所の中にいるときはもっぱらこの服装だ。


「殺人事件が起きたとしても、こんな事務所に依頼は来ないよ。ペット探しとか、浮気調査とかの依頼は来てるんだから、それで満足しようよ」

「なんで俺がそんなどうでもいい依頼に取り組まなきゃいけないんだ。俺が解決したいのは、事件なんだよ、事件。分かるか?」


 こちらに尋ねておきながら、返答は聞く気が無いと言わんばかりに水守は話を続ける。


「連続殺人事件だとか、密室殺人事件だとか、大怪盗の予告状みたいなそんな大事件を解決してえんだよ、映画だとか二時間のドラマになるような奴な。それだっていうのに、ペット探しなんてやる気出せって方がむずいっての」


 水守は吐き捨てるように言った。


 探偵。

 その職業はフィクションと現実が乖離している職業ランキングなんてものがあれば、一位を獲得するに違いない。


 探偵は、フィクションの中ではそれこそ主人公に抜擢されることも多く、作中で輝かしい活動をすることも多い。しかし現実での仕事というのはおそろしく地味だ。


 小説の中では、殺人事件が探偵事務所に迷い込む所から話が始まる……なんてこともよくあるが、殺人事件なんてたいそれた事件が探偵事務所に捜査の依頼が来ることなんてありえない。


 なぜなら殺人事件が起きたとしても、警察が全て解決してくれるからだ。

 探偵が出てくるような作品において警察なんて組織は仕事をすることの方が珍しく、探偵に情報を渡すためだけの存在となっているが、現実の警察は非常に優秀だ。

 彼等が調査の末に犯人を捕まえて、事件は一件落着であり、そこに探偵事務所なんかが介入する余地は存在していないし、そもそもそんな余地は存在してはいけない。


 その結果として現実の探偵の仕事というのは浮気調査やペット探し。そんな依頼が主な仕事になってくるわけになるが、そんな仕事に派手さなんてものがあるわけがない。

 映画や小説の中の主人公達の様に、大活躍することなんて皆無と言っていいだろう。


「夢がねえな、夢が。いつも言ってるけど、れん、お前には夢が足りねえよ」


 伊藤いとう蓮、それが僕の名前だ。

 いわゆる幼馴染である水守の奴に誘われ、そのままの流れでこの探偵事務所に助手という形で入社することになった。


 従業員二人と小さな事務所ではあるが、この田舎と呼ぶにふさわしい立地でも多少なりとも需要があるのか、なんとか経営事態は上手くいっている。


 僕としてはこれで満足なのだ、現状維持万歳。


「はいはい、もしも殺人事件の依頼が来たら全力で頑張るよ、まあもしもそんな事件が来たらだけどね」


 いつものように皮肉を込めて返事をすれば、水守は呆れたように肩を竦めた。


「おう、なら殺人事件の依頼が来たらこき使ってやるからな、覚悟しとけよ」


 そんなことありえるはずもないのに、今日もうちの探偵様は絶好調のようだ。


 そんな時だった、事務所に来訪者を告げる鈴の音が聞こえたのは。


 事務所の中に入ってきたのは、バックを肩に掛けた女子高校生。

 黒髪のボブヘアーで、背はそこまで高くない。水守と同じぐらいだろうか。その童顔も合わさってどこか小動物のようなイメージを思わせる。

 辺りをきょろきょろと見渡していており、若干挙動不審なのもそのイメージを強くしているのもそう思わせている一因だろう。


 彼女の着ている制服には見覚えがある。この近くにある千紫万紅せんしばんこう学園の指定のものだったはずだ。

 ということはこの少女は千紫万紅学園の生徒なのだろう。きょろきょろと見渡しているのは、学校をサボって探偵事務所に来ているという気後れからなのか、それとも探偵事務所が物珍しからか。おそらくその両方だろうな。


 依頼人の年齢からみて、浮気調査という線は薄そうだ。そうなると、依頼の内容はペット探しだろう。

 こんな時間に来たのは、朝ペットがいないことに気付いて、学校に行く間も惜しんで外を探し回っていたからといったところだろうか。


「おや、お嬢さん。こんな時間に我が探偵事務所にどんなようですかな?」


 いつの間にか椅子のリクライニングを通常の状態に戻した水守の奴が、頬杖をつきながらやけに芝居がかった口調で語りかける。

 何時もの特徴的なハスキーボイスから、低くくぐもるような音色に変えるというおまけつきだ。


――またやってるよ。


 水守の悪癖の一つだ。


 この芝居がかった口調は、この方が探偵らしいからと水守がよく使うものだ。

 その態度のせいで何度か依頼人から苦情が来たこともあったのだが、こいつの頭からはそんなことはもう綺麗さっぱり忘れ去られているに違いない。


「えっと、その依頼があるんですけど、ここって探偵事務所で合ってますよね」


 不安げに少女は尋ねた。


 探偵事務所なんて場所は、普通に生きていれば関わりあいになることは少ない場所だ。そのため初めてここを訪れた相手からこういった態度を取られることは珍しくない。


「ああ、もちろんだとも。この探偵事務所に依頼すれば、密室殺人事件や、未解決の殺人事件はもちろん、国が関与している極秘のプロジェクトによって起こった殺人事件であっても、その全ての真相を白日の元へと晒してみせましょう」

「本当にどんな事件でも解決できるんですか?」

「もちろん。探偵にとって嘘というのは暴くものであって、つくものではないのだからね」


 水守の練習していたであろう決め台詞に対して、少女の表情はどんどん明るくなっていっていた。


 しかし、そんな少女の表情と反比例するように、僕の中では不安が育っていた。


 先程、彼女は水守に対して、どんな事件でも解決できるのかと訊いていた。

 つまり、彼女が依頼するつもりなのは事件なのだ。ペットが行方不明になることを事件だということは殆どない。

 ペットの誘拐グループなどが近ごろ近所で活動しているなんて情報があれば別だが、そんな話は聞いていない。


 そのうえ、少女の方をよく見てみると、彼女が身に纏っている制服が随分と汚れているが分かる。

 どう考えても、今朝家を飛び出してきたという風には見えない。数日間、家には帰っていないだろうと言った感じだ。


「それで、本日はどういった、ご依頼で?」


 ただ、僕が一番気になったのは、事件と言ったことでも、服装の汚れでもない。


 それは……水守のやつが未解決の殺人事件と口にした瞬間、少女の目が見開いたように見えたことだった。


 まさかそんなことがあるわけがない、あれは見間違いだ。

 そう、自分に言い聞かせる。


「探偵さんには、殺人事件の犯人を見つけて欲しいんです」


 ただ、そんな無駄な努力は、少女の言葉によって意味をなさなくなってしまったのだった。


 口は災いの元、そんな言葉が頭の中に流れ出した気がした。


「ほお、殺人事件、それはそれは、お気の毒に。それでその殺人事件とはいったいどんな事件だったか教えていただけるかな?」


 依頼内容が殺人事件だと聞いて、分かりやすく声のトーンを一つ上げる馬鹿。


「えっと、その実はですね……」


 少女は言いにくそうに口ごもった。


 殺人事件であること以上に言いにくい事なんて、あるのだろうか?

 もしあるのだとすれば、勘弁してほしい。完全にこちらが理解出来る情報量を超えている。


「その……今回依頼する殺人事件って、まだ起きてないんです」


 思わず「は?」と聞き返してしまいそうになるのを、喉元で抑える。


 まだ起きていないというのは、どういう事だろうか。

 いや、言葉の意味自体は分かる。

 まだ殺害予告が来ただけだとか、そういった状態である事は想像できる。ただそれにしては彼女の言い方が妙に引っかかる。


 そういう状況であれば正しくは、殺害予告の犯人を見つけて欲しいだとか、殺人事件が起こるのを阻止して欲しいというものになるはずだ。

 しかし彼女の依頼内容は、殺人事件の犯人を見つけて欲しいだった。

 言葉の綾と言われてしまえば、それまでだ。それまでではあるのだが、妙に違和感がある。


「ふむ、事件が起きていない。そうなると、殺害予告でも来たということか。その送られてきた文章などは今日持ってきているかい?」

「そ、それがですね……」


 彼女は再び言葉を詰まらせた。


「もし今日持ってきていないという事であれば、また後日持って来てもらうという形でも構いませんけど」

「い、いえ。その殺害予告とかそう言うのじゃなくてですね、えっと、その……」


 彼女の様子を見る限り、ただその文章を持って来ていないという事ではなさそうだ。

 よっぽど話にくい内容なのか、もごもごと何か言っているがこっちにはさっぱり聞こえない。


 ただしばらくすると踏ん切りがついたのか、意を決したように彼女は言った。


「じ、実は私、未来から来たんです! それで今から三日後に起こる殺人事件を止めたいんです!」


 僕達の耳に届いたのは、そんな非現実的で常識的にありえない内容だった。

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