陰キャの俺に下心はいらない

江戸エド

第1話

 毎日のようにナンパをしているクラスメイトいわく『ナンパはめちゃくちゃ楽しい』らしい。

 「押しに弱い女ならその日の内にヤれるしな」

 童貞の俺にとってその話はファンタジーだが、ヤリチンの彼らには当たり前の話だ。

 「わお。すごいな。俺には絶対に無理だよ。マジリスペクト」

 その言葉に嘘はないが、俺は彼のようになりたいとは思わない。思ってもなれないだろうし。

 もちろん羨ましいと思ってる。出来る事なら彼のようになりたいとも思う。

 でも俺には無理だ。見ず知らずの女性に話しかけるなんて、やらないと殺すぞと脅されても出来る気がしないし、その気のない女性を強引にホテルに連れ込むなんて気の毒な事やらないと死ぬと言われても出来ない自信がある。

 「ナンパはさ、スポーツと一緒だから。毎日の努力の積み重ねだから。檜山ひのやま君も頑張ればできるようになるよ。一度やってみる?」

 「あーいやいいよ。俺、口下手だしノリが悪いし」

 「えーそんな事言わずに一緒にやろうよ。檜山君もヤりたいでしょ?」

 「それはまぁ、ヤりたいけど……でも無理だよ。俺には向いてないよ」

 「そんなのやってみないと分かんないじゃん。やってみたら案外あってるかもしれないよ?」

 さすがナンパ男。断られても気にせずに誘ってきやがる。

 「いやいいよ、俺、結構打たれ弱いし、引き摺るタイプだからさ」

 「まあ最初はそうかもしれないけどさ、数こなせばそのうち気にならなくなるから。ね、やろうよ。一回でいいから、ね?」

 いやマジですごいなナンパ男。2回も断られてるのに全然引く気ないじゃん。

 「いやほんと、俺には無理だから」

 「大丈夫大丈夫。俺に任せて。檜山君は居てくれるだけでいいから」

 これはもう、尊敬するレベルのしつこさだ。これは確かに押しに弱い人は断れないだろうな。

 「気持ちは嬉しいけど、マジで俺には無理だから」

 「えー行こうよ。嫌ならすぐ帰って良いからさ。だから取りあえず行こうよ。ね?」

 もうここまで来ると尊敬を通り越してストーカーのような執着心を感じる。

 「いやほんとにいいから。もう何を言われても絶対に行かないから」

 「こんなかわい子と知り合いになれるのに?ほら、こんな子とあんなことやこんなことが出来るんだよ?」

 こいつは悪魔か何かか?

 「…………」

 「じゃあ今日はナンパで知り合った子を呼んで遊んでみる?」

 やめろ!それ以上俺を誘惑するんじゃない。悪魔よ去れ!

 「どの子がいい?檜山君の好きなタイプがいたら教えてよ。誘ってみるから」

 「あーいやほんと……」

 何でこんな事になったんだか。


 ****


 カラオケルーム。ナンパ男とその仲間二人、俺。対面にチャラそうなJKが3人。

 「ごめん。帰るわ」

 ナンパ男に3千円を渡してカラオケ店を出た。ナンパ男からかかってきた電話に出る。

 「檜山ひのやま君どうしたの?何で急に帰ったの?」

 「ごめん、長谷川君。なんか急に我に返っちゃって。ほんとごめんね。せっかくセッティングしてくれたのに」

 「あーいいいよいいよ。全然気にしないで。俺が好きでやった事だから。あとこの3千円は明日返すから」

 「いやいいよ。勝手に帰った俺が悪いんだから。気にせずに使って」

 「いや返すよ。誘ったのは俺なんだから」

 ナンパ男こと長谷川君は女の扱いは酷いが男友達には思いやりがあって優しい。

 とにかく、俺はこの時に学んだ。無理なものは無理だって。

 嗚呼、泣きそう。あまりの自分の情けなさに。

 ほんと俺は……ダメだなぁ……

 長谷川君も女の子たちも気を利かせて話しかけてくれたのに……俺は気味が悪い愛想笑いで頷くのが精一杯で、全然話せなかった。たぶん、あのままあそこにいたらあまりの情けなさに泣いてたと思う。というか今泣いている。


 なーんてことがつい最近ありまして。

 俺はそれからずっと出家したお坊さんのように禁欲的な生活をしていたんですよ。

 でもそれが良くなかったんだろうな。

 「あ、あんたあの時のやつじゃん」

 塾で勉強した帰り、駅のホームで電車が来るのを待っていたら金髪ぱっちりおめめのあざとかわいいアヒル口ギャルに話しかけられた。

 「ほら、この前一緒にカラオケ行ったじゃん。気づいたら居なくなってたけど」

 「あー、あの時の……山口さん」

 「岸間きしまだけど。ていうか、あそこに山口なんて一人もいなかったんだけど」

 「こんな所でまた会うなんて奇遇ですね、岸間さん。岸間さんはあれですか。これからオールですか?」

 「何でよ。明日も学校あるのに」

 「ですよねー……それで、何で俺に声をかけたんですか?」

 一緒にいたのはカラオケ店に行くまでの10分15分で、俺は気味の悪い愛想笑いで頷いているだけで一度もまともな会話をしていなかったのに。よくそれで俺のこと覚えていたな。俺は全然覚えていないのに。

 「知った顔がいたら声かけるのは普通っしょ?」

 おお、さすがはコミュつよ陽キャギャル。

 「デリカシーが無さそう」

 「無いのはあんたでしょ。顔も名前も覚えてない上にアタシの事何も知らないのにデリカシーが無いとか、どの口が言ってんのよ」

 「すいません。嘘がつけない口でして」

 「山口なんて当てずっぽうを言った口が何を言っているのよ」

 「岸間さんはこんな時間まで何をしていたんですか?俺は塾の帰りですけど」

 「アタシはカラオケの帰り」

 「へぇー……」

 「おい何だその興味の欠片もない「へぇー」は」

 「人がこんな時間まで勉強していたのにカラオケで歌を歌って楽しんでいたんだ?へぇー、のへぇーですよ」

 「何だ羨ましいのか?」

 「羨ましくないですよ。あーバカが勉強もせずに暢気に歌ってやがると高みから下界を見下ろしている感じですよ」

 「あ?何だって?アタシのこと馬鹿にしてんのか?」

 「こんな時間まで勉強していた人間がこんな時間まで遊んでいる人を羨ましそうに見上げてたら、こんな時間まで勉強なんかやってられませんよ」 

 「羨ましいなら羨ましいって言えば?その嘘が付けない口で」

 「きぃー、公衆の面前でわざとパンチラしてる変態のくせに」

 「誰が変態だ。変態はチラ見してるお前らだろうが」

 「見えないものを見ようとするのは変態だけど、見えるものを見るのは変態じゃありませーん。ただの観賞でーす」

 「きも」

 「うぐっ……この野郎、急に刺しやがって。でも同感だ。パンツを見て興奮するやつは普通にキモい。というか不愉快ですよ。パンツを見せるやつも見るやつも」

 「何でこっち見るんだよ。見せてねえよ。お前らが勝手に見てんだろ」

 電車が来たので岸間さんに「どうぞお先に」とレディファーストをして岸間さんとは逆の方向にある座席に座る。

 「まだ話は終わってないんですけど?」

 「岸間さんと話してると、今日勉強したことが全て抜けてしまいそうで」

 「おいおい、言っていい事と悪いことがあるだろ?」

 「すいません。全ては言い過ぎでした。でも半分ぐらいは抜けてると思います。あーあ、帰ったら塾でやったとこもう一回やり直さないとな」

 「アタシと話した程度で抜けるような頭は、こんな時間まで遊んでるアタシ以下じゃない?あ、だからこんな時間まで頑張って勉強してたんだ。可哀そう」

 「言っていいことと悪いことがあるだろ!」

 「だからどの口が言ってんだって!アンタが先にアタシに失礼な事言ったんでしょ!」

 「しーっ。静かに。電車の中ですよ」

 「だからどの口が言ってんのよ。先にデカい声出したはアンタでしょ」

 「注意をするのにどっちが先とか後とか関係ない」

 「ねえ、殴っていい?殴って良いよね?」

 「岸間さん。落ち着いてください。こんな下らない事で人生を棒に振るつもりですか?」

 「アンタに言われなかったら素直に聞けるんだけどね?」

 お坊さんのように禁欲的な生活を送っていたせいだろう。女性だからという遠慮や配慮がこの時の俺には無かった。だから好き勝手に言えた。

 でも岸間さんがふいにぐいっと俺に顔を近づけた時に俺が抑え込んでいた欲情が顔を出してしまった。岸間さんに劣情を抱いてしまった。俺がキスをしようと思えばキスが出来る距離だと思ってしまった。

 

 「どしたん?」

 「え、あーいや別に……」

 「え、何でそんな急にテンション下がってんの?」

 「あー、いや、別に……」

 「え、何?別にって何?さっきと全然違うじゃん」

 「いや、別に、いつもこんな感じですけど……」

 と下を向いたら、岸間さんが俺の顔を覗き込んできたから、俺はそれを避けるように上を向いて横を向いた。

 「なに?何でこっち見ないの?」

 岸間さんから顔を背けていたら、岸間さんが席を立って俺の顔の方へ回りこもうとしたから、俺はそれから逃げるように反対側に顔を向けて、それでも岸間さんが追って来るから俺は席を立って岸間さんから離れようとしたけど、「なに?なになになに?どうしたの、急に」とちょっと心配そうな顔で俺の後を追って来るから、俺は車両の端の席の壁の方を向いて、それでも岸間さんが俺と顔を合わせようとするから、俺は更に横を向いて壁と座席の背もたれの間にある角っこに顔をうつむかせた。

 「いやマジでどしたん?」

 「いや、別に、ほんと、何でもないんで……」

 「何でもないことはないでしょ。え、アタシがなんかした?」

 「いや俺が、ちょっと、あれなんで……」

 もうあまりにも自分が情けなくて、恥ずかしくて、涙が目に滲んできて、やばいと思ったけど止まらなくて、ポロリと目から涙がこぼれてしまった。

 とっさに腕で顔を隠したけど、涙が止まらなくて。

 「マジでどしたん?」

 僕は何でもないという風に首を横に振った。

 「大丈夫、だから……」

 声が涙声で震えていた。

 「岸間さんは、悪くないから。俺が、悪いから」

 いやホント何なんだこれ?どうやったら止まるんだ?

 あーもう最悪だ。人前でこんな子供みたいに大泣きするなんて。人生最大の汚点だ。

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