音速を超えた男

@buritzs

第1話

放課後の日課は近所の公園で遊ぶこと。

当時小学生の私はサッカー・野球・鬼ごっこ。体を動かす遊びを日々楽しんでいた。


その日も玄関にランドセルを放り投げ、集合時間に遅れまいと急いで公園へ走った。


公園の入り口に着くと、友達が立っていた。が、何故か皆公園内に入ろうとしない。

先客がいたらしい。

上級生が3人ベンチ前で話し込んでいる。

そのうち2人は友達のお兄ちゃんだ。挨拶くらいはしたことがある。

もう1人は初めて見た。

あまり広くないこの学区内でも遭遇したことが無い、茶髪の長身の細身の男。


「なんだよ・・あいつらいたら遊べないじゃん」

友達の1人が不満そうな顔でつぶやくと、上級生たちはこちらを見て言った。

「おい!お前ら来いよ。こいつスゲーぞ!」


こうやって上級生に呼ばれて、良かったことはこれまであまり無い。

大抵、野球の球拾い係や自慢話を永遠聞かされて帰宅時間を迎えるからである。


小さく溜め息をつきながら鈍い足で上級生の元へ向かうと、茶髪が言った。

「俺はソニックブームを撃てるようになった。」

当時、皆がハマったTVゲームの技であり、私たちも勿論知っている。

が、初見の男の表明に感嘆の声を上げるほど、我々はバカではない。

友達のお兄ちゃん2人が腹を抱えて笑っている時点で、怪しさしかない。


男は続ける。

「あの技は本当に撃つと目には見えない。音速だからね。」

「俺は5年修行したから音速を超えて撃てるようになったんだよ。」


今であれば、5年前は発売日前だよと言えるが、当時の私たちは修行という言葉に何故か重みを感じ、信じてしまった。

「本当に?」「スゲー!」「見せてよ!」


やれやれ仕方ないといった笑みを見せて男は言った。

「身体中のパワーを使うから、集中しないといけない。15分待って!」


まぁ待てない時間でもない。笑顔で承諾し、私たちは駄菓子を食べながら男を見る。

屈伸から始まり、今は首を前後に動かしている。

タンクトップから露出している肌は基本真っ白だった。


「よし!溜まった!いくぞ!」

遂にきた。私たちは急いで駆け、男を囲んだ。

「しっ!」

男が人差し指を口唇前に置いた。

友達のお兄ちゃん達はゲームボーイに夢中だ。


腕を真横に広げ、大きく息を吸い込んだ。

「ソニッッブーン!」

思いのほか声は小さいが、顔は精悍そのものだった。

分かりやすく肩で息をしながら続ける。

「何も見えなかっただろ?」

「うん。」「ウソじゃん?」

「これが音速だよ。早すぎて見えないんだよ普通の人には。」

「じゃ、どうやって出したか見えるの?」


その後の男の説明によると、この音速を超えた技は人にあたると内臓が破裂するらしい。

とても危険なので空気中に発射し、ブーメランのように辺りを一周して戻る。

技を出した本人は鍛えているから、戻ったソニックブームをくらっても無事らしい。


男がファイティングポーズを構えたまま、

「まだ来ないから遊んでていいぞ!」

と言ったので、鬼ごっこをした。

お兄ちゃん2人は帰ったらしい。


当時は年2回運動会があり、秋の運動会のリレー選手に選ばれることが誇りだった。

まだ夏休み前とはいえ、私たちは同クラスのライバルとして、遊びの中でも速さというものを意識し、鬼ごっこ中も常に競っていた。

「くそ、速いな。」

「お前らに負けるわけねーだろ!」

砂場に寝ころびながら、充実の放課後を過ごす。


「ドビシッッ!!!」

突然、背後から声が聞こえ、男が倒れた。

「え?大丈夫!?」

私たちが駆けよると、男は腹を抱え身もだえていた。

「くっ・・・スゲー威力になって戻ってきやがった・・」


どこからどこまでが本当なのかわからず、とりあえず男を囲み声を掛けた。

「大丈夫?家どこ?先生呼ぶ?」

男は私たちの心配の声に耳を傾けなかった。


苦悶の表情が続く。

立ち上がった男は何故か右足を引きずっている。

「くそっ・・」と何度も呟きながら公園から出て行った。


その後、私たちは待ちに待ったサッカーをして帰宅した。


その日以降、その男とは会っていない。

今になって思い返しても、身の毛がよだつ思いもしなければ、元気に過ごしているか心配することもない。


それでも、音速という言葉は、あの男が初めて教えてくれたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

音速を超えた男 @buritzs

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画