あの日を買いに、市役所へ ―認知症となった妻の脳内に潜り、再び一緒に生活を始めた男―
鏡聖
第1話 ニュータウン
街は確かにそこにある。
しかしそこはもう、私の知っている街はない。
40年前、ここに家を購入した時、街は美しかった。
山を切り崩し、新しく作られたニュータウン。
ハウスメーカーが建てた近代的な家が立ち並び、新しく建てられた小学校と中学校からは活気にあふれた声が響いていた。
夕暮れ時になると、どの子も公園や友人宅で遊んでいた。
同年代の夫婦が多く、街は同じぐらいの年の子で溢れていた。
もちろんこの家にも沢山の子供が遊びに来た。
あの賑わいは、今でもまぶたに焼き付いている。
家を買ってから15年程が経った時、街の色が少しずつ燻み始めた。
子供たちは成長し、進学や就職を機に、街を出ていった。
気がつけば、街から子供の声が消えていた。
私は同じ職場に通い、同じスーパーで夕食の材料を買い、同じ時間に家路についていた。
駐車場に車を停め、ドアを開けた時、夕焼け空の下に小学校が見えた。
そこから聞こえてくる少年団の声は、あの頃よりもずっと小さく、か細くなっていた。
「家業を継ぐために実家に戻る」
この街には縁のない言葉だ。
田舎に新しく作られた街には家業を持つ家は少ない。
街の電気屋ぐらいだろうか。
「あそこの子供は勉強ができなくて大変だ」
そんなふうに言われていた家には、今でも子供の声がする。
数日前、通りを1つ挟んだ家に業者が入っていた。
整理業者のようだった。
とうの昔に近所付き合いが無くなったこの街では、他人の家のことなど知る由もない。
あの家にも、うちと同年代の子供達がいて、一緒に遊んでいた気がする。
そういえば、奥さんの姿を数年見ていない。
業者がトラックに投げ入れた袋の中に、近所のスイミングスクールの楯が見えた。
5年継続表彰の色だ。
私の家では今でも子供の写真の横に並んでいる。
ーーーあの家にも、同じように飾られていたのだろうか。
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