人間未遂

第1話人間未遂

私は人間になろうと努力した。

それは願いというより、必要だと思ったらだ。

人は笑い、泣き、怒る、私にはどうにもそれが出来なかったのだ。

だが、人間の基礎はできている。人と同じように笑い、理にかなった事があれば頷くことはできる。

場に合った言葉を返し、沈黙すべき所は黙る。

そのぐらいは身についた。

だが、それが本当に私の中から自然に出て来たものかと問われると、少し困る。

正解は選べているはずなのに、手応えだけが遅れてやってくる。

今日も一日、問題なく終わった。

それを「人間らしい」と呼ぶのかどうか、私はまだ決められずにいた。

昼休み、ある友人が話し掛けてきた。

話はとてもつまらない内容だった、返す言葉も最初から決まっていた。私は迷わず、いちばん無難な答えを選んだ。

相手は笑って、「そうだよね」と言った。

その反応を見て、私は正しかったと分かった。

話はそこで終わり、誰も困らなかった。

机の上に置いたはずの弁当のフタが床に落ちているのに気づき、拾い弁当にフタをした。

周囲は別の話題が始まっていた。

私はそこに居たはずだった。

けれど、自分が何かを交わしたという実感だけが残らない。

通り過ぎただけのような感覚が、後から静かについてきた。

周囲の声は続いた。

笑い声も、動く気配も、途切れていない。

私はそれを聞きながら、自分がどこに立っているのかを考えていた。

参加していたのか、見ていただけなのか、その境目が、どうしても分からなかった。

帰り道、特に考えることはなかった。

今日も一日、問題なく終わった。

私は人間になろうとしていたのだと思う。

それは完成を目指したというより、その形をなぞろうとしていただけだった。

息をして、食事をして、会話する。

どれも出来ている。

それでも、どこか一行だけが抜け落ちている。

人間以下。

人間途中。

いや、人間未遂だと。

今はそれ以上でもそれ以下でもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人間未遂 @jupqej-2qyfsu-Vurnaz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る