続『私の人生終業』

南風はこぶ

第1話

 もう我慢が出来ない。書く。書かせてもらう。心臓の具合は益々悪く、ゆっくり歩いているだけで鼓動が激しい。買い物に出る途中の道で、立ち止まってしまうことも度々になった。それでも、まだまだ頭に思い浮かぶものがある。

 最近、時代劇専門チャンネルで「鬼平犯科帳」の再放送を見続けている。中村吉右衛門の「鬼平」だ。何度か観ているうちに、盗賊の仲間になっている女性の存在が気になった。何故、女の身でありながら、盗賊の一味になってしまうのか、興味を持ったのである。

 女性が大変な苦労を背負わされていることは、恥ずかしながら、仕事をしている我が娘が子供を産み、その面倒を助けて初めて分かった。言い訳がましくなるが、我が娘を育てていた頃、私はマニラで自営業を営んでおり、ホームヘルパーを雇っていたので、全く子育ての大変さを経験していない。あえて言えば、日本人学校へ通い始めた頃、娘の弁当作りをしていただけである。勿論、それとても苦労と言えるものではない。

 恐らく、今の我が娘の姿を見ているせいであろう、時代劇に登場する様々な女性に目が行く。そこで、「鬼平」の舞台である江戸時代の女性が、どんな立ち場に置かれていたか調べてみた。

 私が彼女らの実情を肌身に感じるのは、私の子供の頃まで、滅茶苦茶な女性蔑視が世にはびこっていたからである。金持ちは妾を作り、女性の就職先は極めて限られ、今でも給料格差があるのだから、日本の女性蔑視の意識は根深く、世界的に日本は相当遅れているのだ。

 江戸時代、女性は男の所有物だった。その証拠が、「三行半(みくだりはん)」である。離婚できるのは、男からの離縁状がなければ出来なかったのだ。もし女が耐えきれず実家に戻ろうものなら、世の中の秩序を乱すものとして、幕府から実家も罰せられたのである。ちなみに、「三行半」は離縁状であると共に、再婚許可証でもあり、これがなければ再婚すら出来なかった。

 しかし、人間たるもの、女性もそんなに甘くない。結婚前に「三行半」を書かせておく手があった。先渡し離縁状というわけである。(これがあれば、暴力や貧しさに耐えられなくなったら、いつでも家が出られることになるが、果たしてどれだけ一般的であったかは調べられなかった)

 三行半がもらえない場合には、「縁切り寺」があった。寺の境内に駆け込むか、あるいは、女性の身につけているものを投げ込めば保護されていたらしい。しかし、逃げ込んだとしても、二、三年の厳しい尼修行が待っており、また、二回目の駆け込みは許されなかったというから、やはり女性への仕打ちは酷い時代だった。

 想像を絶する男優位の江戸時代となれば、前述のように結婚は女性にとって手枷足枷であり、三行半なしに夫に愛想を尽かして家を出た女性は、体を売るか盗賊になるしかない。想像しただけで、私の胸は締め付けられる。そんな思いをしながら画面を観ていると、「鬼平」の活躍などすっ飛んでしまう。(誤解なきように。私は中村吉右衛門の「長谷川平蔵」しか観る気がしないほど、彼のファンである)

 私は若い頃、ロシア語の通訳をしていたので未だに関心があり、ロシアの戦勝記念日に行われる軍事パレードなどをU-Tubeで観ている。私が意外に思うのは、女性兵士達が微笑みながら行進する姿だ。しかも、ただ微笑んでいるだけではなく、彼女らの顔が自信に満ちているように思える。他の国の婦人部隊は厳粛な顔をして行進しているが、軍事パレードであれば、それが我々の常識だろう。

 ロシア軍女性兵士が、なぜ微笑みながら行進するのかと考えて私が思い出すのは、独ソ戦争中、渡河の最中にドイツ軍機に急襲されると、男達は岸へ逃げ惑うのに、女性兵士の多くは川に飛び込む話である。ズボンに付いた血の汚れを洗い流すためであったという。

 当時、ロシアや白ロシアの女性達は、銃後の守りだけでなく、前線にも送られて活躍した。独ソ戦の戦史を読むと、彼女らは歩兵だけでなく、戦闘機のパイロットや狙撃手としても参戦している。ソ連国民2400万の死者の中には数多くの女性がおり、軍事パレードでの微笑みの行進は、そんな犠牲を払ってきた女性ならではの不屈の魂、自信なのであろう。

 今日は、5年前、「電通」勤務の女性が過労のために自殺した命日である。47時間の連続勤務もしていたと言われており、東大出に対する期待が過剰だったと言えば聞こえは良いが、女性としての苦しみもあったと私は推測してしまう。

 いつになったら男女差別のない国になるのか、どうしたら男どもが女の大変さを理解できるようになるのか、男も女も重さを感じない世の中になるのかと考えると、やはり、女性の戦いに希望を繋ぎたい。困難を乗り越えて戦うことによってのみ個々の自信は生まれ、社会も変わるのだと私は信じている。

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