家族 ―村民の善意により、人体から精製されたワクチンを食べた花嫁―

鏡聖

第1話 受け入れ

夏の暑い日、山間部にある村で結納が行われていた。


都会で見られるような華やかな式ではないものの、古くから伝わる形式に則ったもので、村人たちは皆、心からの祝福を新郎新婦に送っていた。


祝いの席には、質素ながらも手の込んだご馳走が並ぶ。

海の幸はないが、山の恵みをふんだんに使った料理の数々が膳を彩る。山菜の煮物や天ぷらに混じって、見慣れぬ山菜の握り寿司もある。素朴だが目を引く一品だった。


酒がまわり、笑い声が次第に大きくなってきた頃——

ひと皿の料理が、新婦の前に静かに置かれた。


それは黒とも赤ともつかない、ねっとりとした光沢を放つ物体だった。

火が通っているようにも見えるが、ところどころに生々しさが残っている。湯気は立っていない。だが冷えてもいないようだった。


「これは……何ですか?」


新婦は皿を見つめながら、戸惑いの色を浮かべた。


「肝だよ。この村じゃ、新婦がそれを食べるのがならわしでね。子孫繁栄の縁起物らしいよ。あ、生じゃないよ、さすがに。外側だけだけど、ちゃんと炙ってる。」


「……あら。美味しい」


「ああ、それは良かった。これで、あんたも村のもんだ」


そう言って、村人のひとりが笑った。だが、その笑顔にはどこか、説明のつかない重さがあった。


宴はさらに賑わいを見せた。

やがて日が傾き、空の色が深まりはじめると、誰に告げるでもなく、ひとり、またひとりと、人々は席を立ち、静かに去っていった。

挨拶もない。別れの言葉もない。ただ、自然に、そうなるべくしてそうなるように。

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