オーロラの卵【2000文字】

有梨束

ある夏の日のこと

6歳の時、夏祭りで迷子になった。

俺を迷子センターまで連れていってくれたお兄さんは、別れ際に『卵』をくれた。

「これは特別な卵だから、キミに託すね。だから泣き止んで」

そう言って、お兄さんの服と同じオーロラ色の小さい卵を渡された。

そして『時が来たら孵化するからそれまで待ってて』と言い残し、去っていった。

あれから10年、今も卵は卵のままだ。


「夏休みの宿題、終わらん…」

8月も半ば、自分の勉強机に向かっているがペンが進まない。

誰かにヘルプでもしようかと、SNSで旅行や部活に行ってなさそうな友達を探す。

スマホの先に、置いてある『卵』が視界に入った。

あの日もらった、謎の卵。

相変わらず偏光パールみたいな、オーロラ色。

あれから何回か捨てようとしたことがある。

でも、お兄さんは、『孵化するから』と言っていた。

今となっては、聞き間違いかもしれない。

それでも中身が生き物かもしれないとよぎると、捨てられなかった。

手に取ってみて、光にかざしてみる。

何も変化はない。

「やっぱ、捨てちまうかぁ」

試しに中身を確認するように、振ってみる。

今まで幾度となく、そうしてきた。

そしていつも何もない。

だから今日も何もないつもりで、振った。

──…カラカラッ。

「…え」

「亮介、あんた今日の夏祭りどうするの?」

「う、わっ!」

突然後ろから声がして、思わず大声を上げた。

卵を慌てて、手の中に収めた。

「何よ、大きい声を出して。うるさいわね〜」

「母さんっ、ノックしろよ」

「したわよ。お母さん、夏祭りの手伝いに行くから夕飯遅くなるけど、どうする?」

母さんは持ってきた洗濯物をクローゼットにしまいながら、用件を言う。

「あー、…今日だったっけ」

「そうよ。お祭りに行くなら、お小遣い渡すから屋台で夕飯済ませてきてよ」

「そういうことなら、行くかー」

「本当?ついでにお母さんたちの分も、何か買ってきてくれない?」

「それが本命か」

「じゃあ、頼んだわねぇ」

最初から俺の返事を聞く気がない母さんが、部屋を出ていく。

部屋が静かになると、手の中の卵の感触が妙に鮮明になった。

「…鳴った、のは聞き間違い、か?」

自分で言いながら固唾を呑んだ。

心臓が速くなっていく。

母さんがノックをしたのなら、その音だったかもしれない…。

手のひらをそっと開いて、もう一度卵を見た。

小学生の時に似た卵がないのかと調べて、おそらくキジの卵と同じくらいの大きさなんじゃないかとわかった、いつもの、オーロラの卵を。

ドキドキしながら、卵を振った。

音は、しなかった。


「あちぃ〜。もう少し日が落ちてから来るんだった…」

夏祭りは盛況のようで、人とすれ違う時に体が触れそうになるくらい混んでいた。

何か食べたいけど、この混雑だと並ぶのも厄介だ。

人の波が落ち着くまで、離れたところで待ってよう。

そう思って、人の群れから外れていく。

結局卵には何の変化もなく、なんとなくそのままポケットに入れて、俺は夏祭りに来ていた。

「そういや、あの時もこうやって、人混みから離れて行ったんだっけ」

流される人波についていけなくて、うっかりそこから飛び出していた。

そして、迷子になった。

「たしか、神社の方に行ったら道がわかんなくなって…」

朧げな記憶を思い出しながら、あの日と同じ道を行く。

あの時よりも大きくなった歩幅で、ズンズン進んでいく。

景色があの時と重なっていくようで、気が急いていく。

「あの時鳥居の前にいたんだ、それで俺に気づいて──」

そこで、俺は足を止めた。

鳥居の前に、人影を見つけたから。

「…お兄さん」

「やあ、随分大きくなったんだね」

その人は鷹揚に微笑むと、俺の方に近づいてきた。

あの日もこうやって俺を気にかけてくれた、その人だった。

あの日と同じオーロラのTシャツ、あの日から歳をとった様子のない風貌。

そして、変わらない優しげな声と、変わらない心配そうな笑み。

「卵、まだ持っていてくれたんだね」

お兄さんは俺の前で立ち止まると、目尻を下げた。

「…卵、返すよ」

俺はポケットから卵を出して、そわそわした気持ちのまま差し出した。

お兄さんは俺の手から卵を摘むと、俺に見せつけるように傾けた。

「『時が来る』よ」

静かに響いた声と同時に、卵にヒビが入っていくのが見えた。

互いに何も言うことなく、ただじっと見ていた。

殻がパラパラと剥がれ落ちていって、中から出てきたのは『黒い石』だった。

「…それ、なに?」

「お守りみたいなものかな。キミにあげようか?」

お兄さんはオーロラの卵を渡してくれた時のように、笑みを浮かべた。

「…ううん、もう大丈夫」

「そうだね、今のキミには必要ないね。もう守ってあげなくても、大丈夫だもんね」

「…もしかして、ずっと守ってくれてた、とか?」

「んー、どうだろう」

その時、強い風が吹いて、俺は思わず目を瞑った。

目を開けた時には、お兄さんはいなくなっていた。

「…返せて、よかった」

オーロラ色の夏の日差しが、消え始めていたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オーロラの卵【2000文字】 有梨束 @arinashi00000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画