ユキタキクリスマス詰め合わせ
宇部 松清
カクヨムコン10短編verのみ読了の方向け
お付き合い成立済みの世界線
(困ったな……)
本日はクリスマスイブ。
世間一般的に、クリスマスパーティーってやつはいつやるべきものなのだろう。クリスマスイブ? それとも本祭(25日)?
多希と付き合って初めてのクリスマス。ハロウィンが終わり、凶悪な顔をしたカボチャやガイコツ、蜘蛛の巣なんかで飾り付けられていたスーパーが、徐々にクリスマスムードになった頃、多希の方から切り出されたのである。
「クリスマスいつやる?」
と。
ただ、悲しいかな、我々サラリーマンは――というと主語がデカすぎるな、正しくは、土日祝日が休日と定められているタイプの労働者は、だ――クリスマスだからといって無条件に休みになるわけではない。もちろん、有給休暇はとれるのだが、全員がとったら大変なことになってしまう。いまは入学・進学・新社会人向けの文具製品で特に忙しい時期でもある、こんな時期に有給が取れるのは家族持ちの人くらいなものだ。それも、小さなお子さんがいるご家庭の。
けれども今回はラッキーなことに、24日が金曜日だったのだ。ということは当然25日は土曜。会社は休みだ。
ということは、だ。
明日は休みなのだ。
だとしたら、「いつやる?」なんてわかりきったこと、聞かなくても良くないか?
そんなの、24日からお泊まりに決まってるだろうが!
と、食い気味で返すと、多希はにんまりと笑って「だよなぁ」と良い、顔の前でピースサインを作った。
「まぁそう返ってくるとは思ってたんだけどさ、でもほら、リーマンって何か色々あんのかなとか思って。会社でクリスマスやるとか」
「まぁ、フリーの人達が集まって飲み会したりはしてるけど、そんな誘い蹴るに決まってるだろ」
「お、マジ? やった」
んじゃ、ちょっと張り切るかなぁ、俺。
そんなことを言って、だ。
宣言通り、それはそれは張り切ったメニューが並ぶディナーを終え、「別にケーキも焼けるけど、なんかすっげぇの食いたい」という多希のリクエストで、デパートで予約した『なんかすっげぇ』小さめのホールケーキを平らげて。
それで、現在時刻は23時半。
「そんでさぁ、いやマジで深刻なのよ、この時期のスーパーってさ。練り物が馬鹿
多希の目がバッキバキに冴えているのである。
嘘だろお前。
お前いつもはこの時間ちょっとしょぼしょぼしてるじゃねぇか。
さっきまで何をしていたとか明言は避けるけれども、こっちは結構疲労困憊ですけど?! 何なら俺の方が眠いっつーの!
で、何が『困る』のか、というと。
プレゼントを置けないのである。
多希が寝た後に枕元に置こうと思って密かにプレゼントを用意してあるのに!
いや、プレゼントは25日って話はしてんの。そういう話にはなってんの。予算を決めて、んで、それは明日一緒に買いに行くことになってんの。24日は飯とケーキを楽しんで、25日は二人で駅前行くか、って話になってんの。
でもほら、俺だって多少な? 日頃の感謝の気持ちっていうか、いやぶっちゃけ初めてのクリスマスっつぅことで何かしたかったの! ちょっとサプライズ的なものがやりたかったっていうかさ? らしくないとは思うよ? なーに浮かれてんだって話だけどさ?! だけれども、用意しちゃったんだもん!
えー、どうすっかな。
マジで誤算すぎる。
何でだ?!
何で今日に限って寝ねぇの?!
このままではこっちが先に寝落ちてしまう。さっきから珍しく多希がずーっとしゃべり続けているのが、まるで子守歌のように感じられるのである。どこそこのスーパーは穴場だっただの、今年は奮発してカニでも買うかだの、年末になると練り物が高いだのと。なぁこれって、いま話すやつか? 食卓での話題ならまだしも、ピロートークにしては色気がなさすぎると思わん?
「幸路さん、眠そうだな」
「い、いや全然俺は」
「寝ねぇの?」
「寝るけど……。多希は? いつもならもう寝てね?」
かなり重くなってきた瞼を気力で持ち上げつつ、どうにかそう返す。
「俺もまぁ、寝るけど」
「だ、だよな。じゃ、寝るか」
こうなればもう我慢比べである。
下手に反応するから多希もお喋りが止まらないのだ。で、喋れば喋るほど目が冴えてしまっているのだろう。だから俺が黙ればそのうち多希も眠くなるはずだ。ただ、俺もそのまま眠ってしまう危険性がある。スマホのアラームを、とも思ったが、それだと多希も起きてしまうかもしれない。
頑張れ佐藤幸路。
何、多希は普段なら23時には寝ているのだ。今日はたまたまだ。きっとクリスマスだからちょっとテンションが上がっているとか、そんな感じだろう。そのうち寝息が聞こえてくるはずだ。耐えろ、耐えろ――……。
「……やばっ!」
イカン! ついついうとうとしてしまった! と飛び起きる。
「え、あれ」
朝である。
思いっきり朝である。マジかよ。
スマホのスリープを解除すると、現在時刻は6時。休日の起床時間にしては早すぎる。平日は5時に起きているらしい多希の土日の起床時間は6時半。俺にしてみればそれも信じられないが、もう習慣化しているらしい。それはクリスマスでも変わらないらしく、多希はまだ寝ている。あと30分ある。大丈夫。そう思って、そぅっと布団から抜け出す。
と。
「――お?」
枕元に小さな箱がある。
「え?」
ちょっと待って。
何これ。
こんなの夜はなかった。確実になかった。
てことは。
「メリークリスマース」
隣からそんな声が聞こえてくる。見れば、寝起きの彼氏殿がいつの間に用意したのか、サンタ帽を頭に引っ掛けて、うんと悪い笑みを浮かべている。
「お前、いつの間に……、あっ、だから寝なかったのか!」
「そ。いやー、頑張ったわマジで。睡魔との戦いだったっつーの」
サプライズ成功~、とけらけら笑って「よし、幸路さん起きてんならちゃっちゃと飯作るか」と布団をめくるのを、「ちょっと待て!」と阻止する。
「え、何? 二度寝する感じ?」
きょとんとした顔で首を傾げる多希に「動くなよ、そこ」と言って、ばたばたと鞄の中に隠したプレゼントを持ってくる。
「あるから!」
「は? 何が?」
「俺だってサプライズあるし!」
「え? んなの?」
「ほら、これ」
「おお、マジじゃん。サンキュ」
布団の上にぽすんと置いたのは、こちらも小箱だ。中身はピアス。こいつは軟骨までバチバチにあいているので、その中の一つに紛れるくらいなら迷惑にならないのでは、という判断のもとのチョイスだ。
多希からのプレゼントはネクタイピンだった。シンプルなデザインで使いやすそうである。
「しかしまさか幸路さんもサプライズしようとしてたとはな」
「俺はお前の方が意外だったけど」
「そ? 俺結構イベントは燃える方よ?」
「マジか」
じゃあこれからも油断なんねぇじゃん。
そう言うと、多希は「だな」と言って笑った。
朝食は昨夜の残りのチキンやら何やら。それに白飯とみそ汁だ。
「俺らお互いサンタだったな」
「そうなるな」
そんなことを言って笑い合うクリスマスの朝である。
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