馬鹿に付ける薬(ポーション)

佐伯凪

第01話 フーリ

「ユージュさん、いつもありがとうございます。貴方の作るポーション、本当に効果が高くて。冒険者の方々に大人気なんですよ~」


「いえ、お役に立てたのなら何よりです」


 さて、今回のポーションの納品も滞りなく完了した。

 山に生える薬草や魔物の素材など、色々な素材を調合してポーションを作り、薬屋に納品するのが俺ことユージュの主な仕事である。専ら調合師と言ったところか。

 俺は空っぽになったリュックの蓋を占め、店の中を見渡す。

 薬草の香りで満たされたこの店には、色とりどりの薬品や瓶に詰められた草花が所狭しと並べられている。


「ところで、フーリちゃんはまだ冒険者にはなれていないのかしらぁ?」


 カウンターから話しかけてくるのはこの薬屋の店主。皺ひとつ無いその顔に柔らかな微笑を浮かべるおっとりした美人である。

 この店はこの美人店主が立ち上げたと聞いたことがあるが、それはもう三十年も前の話。どう見ても二十台前半にしか見えないこの美人店主は一体いくつなのだろうか。

 噂では若返りの薬を発明してこっそり使っているだとかなんとか。


「いえ、それが……。一体何回試験に落ちれば気が済むのか……」


「あらあら。フーリちゃん腕は立つけれど、少しおつむが弱いですものねぇ」


「少し、で済むならいいんですけど」


 会話に出てきたフーリとは俺の妹の名である。力が強く動体視力も運動神経もずば抜けて良く、そんじょそこらの冒険者には引けを取らない実力を持っている。が、頭がすこぶる悪い。

 どんな阿呆でも3回も受ければ合格するという冒険者試験に、幾度となく落ち続けている筋金入りの馬鹿である。


「今日も懲りずに試験受けてますよ。いい加減に合格してほしいものです」


「ふふふ、そのうち合格するわよ~」


「だといいんですが……。では、また納品の依頼があればお願いします」


「はーい、こちらこそお願いするわね~」


 にこやかに手を振る彼女に会釈を返し店を出る。

 さて、今日こそ合格していればいいのだけど。



「よく頑張ったなフーリ!」


「おめでとうフーリちゃん!」


 納品が終わって家に帰ると、父と母のそんな声が聞こえてきた。


「ただいま」


 居間に入るとそこには父さんと母さん、そして妹のフーリがニコニコとした笑顔で座っている。


「あら、おかえりなさいユージュ。さあ、早く座って、今日は記念日よ」


 母はニコニコと絵を浮かべて、テーブルの上の鳥の丸焼きを取り分ける。みずみずしい野菜に、色とりどりのフルーツ。まるで誕生日の様な晩餐だ。

 

「どうしたの母さん、そんなにうれしそうにして。今日って何の記念日?」


 困惑しながらも、促されるまま椅子に座る。


「ふふふ、今日はとーってもおめでたい日なのよ」


「あぁ、盛大にフーリをお祝いしてあげよう」


 父さんと母さんの視線の先には、照れ笑いをしているフーリの姿。


「ま、まさか、ついにフーリが……?」


「そう、そのまさかだ!」


 長かった。本当にここまで長かった。幾度となく冒険者試験に落ち続け、もうすでに二年以上は経過しただろう。そんな日々もついに終わりを迎える。

 めげずによくがんばったな、フーリ。

 俺が暖かい視線をフーリに向けると、母が拍手しながら嬉しそうな声を上げた。


「ついに、ついにフーリちゃんが100回目の冒険者試験に落ちたのよ!」


「すごいよフーリ! よく頑張った! ここまで本当に長かったな! ……へ?」


 母の声を聴いて俺も拍をした後、一泊おいて母の言葉を脳が理解した。

 落ちた……だと?

 混乱する俺を放置して、母と父がフーリをほめたたえる。


「いやぁ、本当にすごいなフーリは。冒険者試験に100回も落ちたのは、お前が初めてのことらしい」


「あらやだお父さん。10回落ちたのもフーリが初めてだったのよ」


「おおそうか! この記録が越えられることは無いだろうなぁ」


「えへへ、そんなに褒めないでよぉ」


 何を、何を言っているんだろう、この家族は……。

 フーリは頭に生えた真っ白な犬耳をピコピコと動かし、尻尾をぶんぶんと振っている。まるで大喜びしている大型犬の様だ。

 父にも母にも、そして俺にも犬耳や尻尾はない。

 まだ俺が小さいころに、両親が孤児院から引き取った狼人族の娘。それがフーリだ。

 子供を産めなくなった母が、どうしても娘が欲しいと引き取ってきたのがフーリ。我が家に来て以来、それはそれは溺愛されている。実の息子の俺よりも。

 肩にかかるあたりで切りそろえられた銀髪に、真っ白でモフモフの耳と尻尾。

 大きなアーモンド型の目はキラキラと輝き、好奇心の旺盛さが伺える。

 アホだけど元気が良くて可愛い狼人族の女の子。ぶっちゃけ両親が骨抜きの親バカになる気持ちも分かる。


「い、いやでもさ。落ちたのに褒めてたらダメじゃん……」


「何を言っている、ユージュ」


 どう考えても正論の俺の言葉に、父は真剣な声で返答する。


「フーリは何度落ちても何度落ちても、めげずに諦めずにここまでやって来たんだ。これは素晴らしいことだ。どうしてそんなに頑張っている娘をほめずにいられるものか」


「そうよ。フーリちゃんは誰にもできなかったことを成し遂げたのよ。こんなかわいい娘、ほめずにはいられないわ」


 どうやらこの娘馬鹿の両親には何を言っても無駄らしい。俺はため息をひとつついて、グラスを手に取る。すかさず母がエールを注いだ。


「まあ、みんながそれでいいならいいけどさぁ。じゃあ、おめでとうフーリ」


「ありがとうお兄ちゃん!」


「それじゃ、フーリの100回目の冒険者試験落第を記念して、カンパーイ!」


『カンパーイ!』


 父の掛け声にグラスを合わせる。

 いつか、これが合格の乾杯になればいいなぁ。

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