バレット&イエローエレファント

柴麗 犬

第1話 外れたボタン

30××年、第四次世界大戦を経て、文明は衰退の一途を辿った。

戦時中の主な武器は石と棍棒となり、世界は発掘された急時代の遺物の解析に躍起となっている。

銃だってそうだ。

荒野の東部では、自らを「フロンティア・セキュリティ」と名乗る旧アメリカ軍の治安維持組織の部隊が派遣されている。

クリスもその一員だった。

その日、クリスは支給されたSKSを背負い、久方ぶりに帰宅をした。

家、と言っても旧時代のシェルターだがなかなか帰れないクリスにとっては妻と会えるだけで何よりも安らげる空間だ。

しかし、その日は違った。

「ただいま。やっと帰れたよ」

返事がない。

「ただいま!メアリー!いないのか?」

妙な胸騒ぎを覚え、リビングに駆け込んだ。

しかし、そこにメアリーの姿はなく、変わりに争いの気配のみが残されていた。

机は倒され、メアリーの長い髪が数十本散乱している。

結婚記念で買ったマグカップはもう見る影もなく粉々だ。

クリスが呆然としていると、足元にキラキラとしたものを見つけた。

「これは...ボタン?」

それはボタンだった。しかもよく見慣れたボタンだ。

「同じだ。俺の軍服に着いているボタンとそっくりそのまま同じじゃないか!」

取り乱したクリスに冷静さを取り戻させたのは、ボタンのすぐ近くに落ちている短い銀髪だった。

メアリーは栗毛の長髪だ。

つまりこの髪は犯人のものである。

クリスはその足で基地に戻り、上官であるエルム曹長に報告に向かった。

「おや、君はクリス二等兵じゃないか。」

エルム曹長は珈琲を啜り、書類を整えた。

「君は今日は帰宅となってたはずだが...何かあったか?」

クリスは背筋を正し、家で争いがあった形跡が残っていたことを報告した。

そして、一瞬躊躇してから尋ねた。

「家には我が軍のボタンが落ちていたんです。何かご存知ですか?」

そう聞かれると一瞬真顔となり、

「君は我が軍を疑っていると?」

「いえ、そういう訳では無いです。」

張り詰めた空気の中、少し震えた声で言葉を続けた。

「ただ曹長、あなたは何故第5ボタンが外れているのですか?」

エルムは軽く手で隠し、ちらと目をやる。

ボタンは外れてなんていない。

「ボタンを見ましたね?厳格なあなたが服務を乱すことはありえません。」

「それだけで私がメアリーを拐ったと?それは些か早計じゃないかね。」

クリスは拳を握りしめる。

「私は家で争った形跡があったとしか言っていません。なぜ拐われたとご存知で?」

「状況から考察しただけだ。最近この辺では女性の失踪が相次いでいるからな。」

クリスはポケットから銀髪を取り出す。

「この銀髪は現場に残されていたものです。ちょうどあなたと同じ色ですよね?」

エルムは立ち上がると自分の頬を殴った。

「誰かいるか!!クリス二等兵が乱心だ!!」

直後部屋に兵士が流れ込み、クリスを取り押さえる。

「上官に暴行を加えるとは重大な軍規違反だ。クリス二等兵、君は本日をもって除隊とさせてもらう。」

基地から追い出されたクリスは再び入ろうとするが、門番のレオンが銃構える。

「クリス、俺も同じ部隊だったお前を撃ちたくないんだ。今日は頭を冷やせ。」

そう言われたクリスは抜け殻のようになって帰宅し、広くなってしまったベットに横たわった。

どれほど時間が経っただろうか。

じっと天井を見つめていると、

パンッ!

乾いた銃声が響き、玄関からだ。

軽く覗くと、覆面の男が1人。

軍から支給された銃は奪われた。

だが、ベッドの下には父親が残した象撃ち銃がある。

弾を急いで込めると、寝室のドアがギギギと軋み、開けられる。

覆面の男と目が合った。

クリスはマットレスをひっくり返し、盾にする。

銃から放たれる弾丸は、無慈悲にも思い出のマットレスを残骸に変えた。

「お前の軽い弾丸で汚していい安い家じゃねぇんだ」

クリスは冷徹にそう言い放ち、引き金を引いた。

反動で肩が軋む。

轟音が鳴り響き、覆面の男の胴体を砕け散る。

火薬の焦げ臭い匂い広がる部屋の中で、ゆっくりと覆面を脱がせた。

「ッ!」

覆面の男はレオンだった。

クリスが打ちひしがれていると、レオンの靴からカチカチと音が鳴っている。

爆弾だ。

直感的にそう判断し、窓から飛び出す。

直後、部屋は爆炎に満たされ、灰燼と化した。

今のクリスの目に映る炎は、爆炎だけじゃない。

確信しているのだ。

最近相次いでいる女性の誘拐を誰が引き起こしているか。

そして、なぜエルムがあそこまで平然としているか。

軍が腐っているのだ。

自分が正義だと思って与していた治安維持部隊なんてものは幻想だった。

ならばどうするか。

決まっている。

軍の闇も、エルムも、何もかもこの銃で撃ち抜いてやる。

これは、俺の復讐の物語だ。

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