虚構、或いは非現実的・実存マホー使い

麦野歩

プロローグ

もちろんこれは、妄想のお話。だから彼女は存在しない。

ひょっとしたら存在するかも、だなんて一ミリも考えてはいけない。

世界は現実で満ちている。うんざりするほど退屈な、現実。

そこから一歩踏み出せば、魔法の世界の扉が開かれる──なんてこともない。

目を覚ませば、そこには日常が転がっている。

つまらない日常。くだらない日常。取るに足らない日常。だけど、愛すべき日常。

目を覚ませば、そこに──





   ◇  ◇  ◇


そこに飛び込んできたのは、目を開けないほどのまばゆい照明の光だった。


「血圧、急速に下がっています。五十の三十、心拍数四十六、三十九……」


「麻酔剤を一時的に止めて」


「患者さん、苦しそうですね」


「呼吸、かなり乱れてます」


「十単位でエフェドリン投入しましょう」


「皮膚を切開します、ガーゼお願いします」


「先生、出血が止まりません! どうしますか?」


「このまま手術続行します。開頭始め──」


天井に薄ぼんやりと見えるのは、ハチの巣みたいな照明。僕は沢山の青い服に囲まれて。彼らは凶器みたいなハサミやのこぎりを持って。どうやら僕は、手術台に寝かされているようだ。今まさに手術中らしい。


僕には先天的な病気があった。それは、夢や空想の出来事と、現実の区別がまったくつかないという奇病だ。まだ世界で数人しか症例のない非常に珍しい病気で、僕はずっとこれに悩まされてきた。そして今、治療のためにこうして脳手術を受けているのだ。


けれどもふと思う。僕は本当に手術を受けているのだろうか? もしかしたら、ただ手術を受けている妄想をしているだけかもしれない。


──ガリガリガリ、と医師が僕の頭皮を削る音がする。


ああ、僕はますます分からなくなってきた。どこまでが現実で、どこまでが妄想か。


ニワトリが先か、タマゴが先か。


現実が先か、妄想が先か。


夢の中で見る脳。脳の中で見る夢。夢の中で見る脳の中で見る夢。


夢の中で見る脳の中で見る夢の中で見る脳の中で見る夢の中で見る脳の中で見る──

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