第3話

 触れない天使、らしい。


 ボクは、

 数時間前から、

 大聖堂の中央に立たされている。


 誰も近づかない。

 誰も触らない。

 声も、ささやき程度。


 ……正直。


 やることが、ない。


 戦況は相変わらず最悪らしいけど、

 だからといって、

 ボクにできることは本当に何もない。


 祈れない。

 指示できない。

 戦えない。


 ただ、

 立ってるだけ。


 暇だ。


 あまりにも手持ち無沙汰で、

 ボクはそっと背中のリュックに手を伸ばした。


 ゆっくり。

 変な意味を持たせないように。


 ──それだけで、

 周囲の空気が、ぴんと張る。


「……今、何かを取り出した」

「聖具か……?」


 違う。

 スマホだ。


 リュックから出した瞬間、

 ざわっと声が走った。


「光る板……」

「平らな……鏡?」


 スマホです。


 反射的に画面を見る。

 ……圏外。


 そりゃそう。


 ここ、大聖堂。

 しかも異世界。

 電波あるわけない。


 通知ゼロ。

 タイムラインも更新されない。


「……終わった」


 安息の世界、完全に断絶。


 でも、

 カメラは起動できた。


 インカメに切り替える。


 画面の中には、

 盛りに盛った自分。


 水色。

 白。

 銀。

 羽。

 


 ……うん。


 可愛い。


 その背後に、

 割れたステンドグラス。

 崩れた柱。

 差し込む赤黒い光。


 ……。


 ちょっと待って。


 これ、

 背景のセット、完成度やばくない?


(いやこれKYAWA………)

(この大聖堂……普通に撮影スタジオ超えてる……)

(天井高すぎ……光の入り方、完璧……)


 思わず、角度を変える。


 少し顎を引いて、

 目線を落として、

 背景を多めに入れる。


 その瞬間、

 ふわっと、身体が浮いた。


「……あ」


 床との距離が、

 さっきより遠い。


 慌てて姿勢を戻そうとして、

 後ろの柱に、コツンと当たる。


 痛い。


 というより、

 距離感が、合ってない。


「……?まぁいっか。」


 周囲が、

 完全に息を止めている。


 シャッター音。


 ……めっっちゃ良い。


「……何を、なさっている……?」


 小さな声が聞こえた。


 ボクは、はっとして顔を上げる。


 全員が、

 固唾をのんで見ていた。


 スマホ。

 画面。

 光。


 やばい。

 誤解が加速するやつだ。


「……世界を、写し取っている……」

「記録か……裁定か……」


 違う。

 自撮り。


 もう一枚、撮る。


 今度は少し横顔。

 羽とリュックが入るように。


 無意識に、

 さっきより高い位置から。


 シャッター音。


「……二度も……」

「やり直しではない……選別だ……!」


 違う。

 念の為枚数欲しいだけ。


 ボクは、画面を見つめた。


 圏外。

 投稿不可。

 誰にも見せられない。


 ……もったいない。


(これ、もし上げたら)

(絶対「背景どこ!?」って言われるやつ……)

(スタジオ?セット?って……リアル感しかない)


 想像して、

 ちょっとだけ笑いそうになる。


 その瞬間。


「……天使は」

 誰かが、息を呑んで言った。

「我らの姿を、

 記録しておられる……」


 違う。

 自分しか撮ってない。


 でも。


 人々の背筋が、伸びた。


 瓦礫の中の民が、

 服を正す。


 兵士が、

 剣を下ろす。


 神官が、

 涙を拭く。


 ──見られている、と思ったらしい。


 ボクは、

 スマホを胸に抱えた。


 何もしていないのに、

 空気が、変わっていく。


 逃げたい。

 でも、今は動けない。


 だって。


 この世界では、

 自撮りしてるだけで、

 意味が発生してしまう。


 画面の中の自分は、

 相変わらず映えていた。


 背景は、

 戦下の大聖堂。


 最悪で、

 最高のセット。

 ……不謹慎な気がしてきたな。



「え、えっと…、そんな気にしないでください……ボクのためにしてるので……」



 当然のように、

 祈りが返ってきた。


 ──それから、しばらくして。


 爆音が、少し遠のいて、

 大聖堂の空気が、わずかに緩んだ頃。


 ボクは、

 無意識に足元を確認して──


 ……あれ?


 床との距離が、

 またさっきより、合わない。


 目線も、

 なんだか高い。


 背が、

 高くなってる気がする。


 気のせいだと、

 思いたい。


 でも。


 さっきからずっと、

 距離感が、掴めない。

(物理的に。)

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天使界隈(マジ)〜天使”系”ファッションを極めたボクは、異世界で神の使いと勘違いされてます;; 濃紅 @a22041

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