オブプラ

猫戸針子

オブプラ ~小学生吹奏楽~

LINEに送られてきたその曲を耳にして、私は目を細め微笑んだ。

誕生日に友達が見付けてくれた、小学6年生の頃に演奏した曲。


J. Swearingen作曲

「Of Pride and Celebration」


それを懐かしく感じたのは、主旋律でも、中低音でも、低音でも、リズムパートでもない。今なら内声と呼んでいるパート。

曲の飾りとして主旋律より目立たずに動きつつ、確かに全体を支える立ち位置。


「私、2番アルトだったね」

「そうそう!〇〇ちゃん、あの頃ってパーカッションじゃなかったんだよねー」


小学生の頃の私はアルトサックスを吹いていた。卒業後はパーカッション、打楽器1本になったから、貴重な管楽器時代だ。

2番パート、内声というのは全体を把握していないとできない。それこそスコアを自然に覚えるくらい。

そんなことがなんとも……楽しかった。


私は決して音楽が得意な方ではなかった。苦手、いや嫌いだったと言っても良い。楽譜は読めないし、読む努力もしたくない。音楽の授業なんて何一つ楽しくなくて欠伸ばかりだ。


そんな私が唯一好きだったのが、学校の吹奏楽団のマーチングを見ること。演奏しながら行進し、様々に陣形を変える演奏ジャンル。

マーチングを校庭で練習すると聞きつければ、急いで一番眺めやすいブランコまで走って、目を輝かせて魅入っていた。カッコよくて憧れてて、でも自分になんて無理で。吹奏楽団に所属している友達にすら打ち明けたことがなかったけれど、演奏もフォーメーションも全てをワクワクと胸を高鳴らせながら眺めていると、時間が経つのも忘れてしまう。


私の学校は室内音楽のコンクールにも出場していて、夏はマーチングではなく体育館で椅子に座って練習していた。

飼育委員だった私は、夏休みに動物達の世話が終わると、こっそり体育館に見に行ったものだ。ウチの学校は座っててもカッコイイ!そんな認識しかなかったけれど、大編成の音楽の魅力に私は大きく惹き付けられていた。


そんなある日、こっそり覗いている所を同じクラスの団員に見つかってしまい、何をしているのかと興味津々で問われた。


「カッコイイから聴いてただけだよ」


そんなことを伝えてすぐに友達の休憩時間が終わり、演奏へと戻って行った。私はその時とても恥ずかしかったけれど、打ち明けることができた高揚感も同時にあったことを覚えている。


聴いているだけで、見ているだけで満足だった。だってあんな世界にとても入れない。できないと思い込んでいるとやろうとも思わないものだ。


だが、それはいきなり訪れた。


あれは運動会の徒競走待ちの時だ。


「先生!〇〇ちゃんが入団したいって!」


友達が私の手を掴み上げ、児童を整列させている吹奏楽団の顧問を大声で呼びかける。


「ち、ちがっ!」


何事か?!必死に否定するも、吹奏楽団の友達数人はイタズラっぽい顔でニヤニヤとし、顧問はじっと私を見る。

ほら、断られるに決まってるじゃん。恥かいただけだよ、なんて考えて友達をポカポカと叩いていると、


「おまえ、サックスな」

「へ?」

「来週から来い」


友達から歓声が上がる。顧問は淡々と整列作業に戻ってしまった。呆然とする私は、友達に一言問い掛けた。


「サックス、って…なに?」

「しらないのー?!」


子供は残酷だが、事実だ。友達は揃って素っ頓狂な声を上げ、あれこれ騒ぐと、徒競走が終わってから各楽器について雑に教えてくれた。

本当に覚えていないほど雑だった。「行ってからのお楽しみ!」という感じだったように思う。


後で知ったことだが、私の学年のサックスは全員私と同じクラスだった。それがパート決めを決定付かせたわけではなかったらしいが、その日から友達のスパルタ教育が始まったのは語るまでもない。

何しろ、五線譜に何が書いてあるか全く分からない所から始まったのだから。


「マラソン?なんで?」

「肺活量つけるためだよ」

「なんで朝?!」

「朝練もあるから」


カッコイイ演奏の裏にはこんな過酷な努力があったのか…。運動もまるでダメな私が校庭3周走るのなんて地獄でしかなかった。団員は息も乱していない。バケモンか。


流れで何となく入ってしまった吹奏楽団。しかし、できないことを責められたことは不思議となかった。あまりに無知だった私を鍛えてくれたのは団員のみんなだ。

特にサックスパート。過酷……いや、親身に粘り強く教えこんでくれたお陰で、私はいつの間にか何とかコンクール出場できるまでに急成長した。その頃にはマラソンで息を切らすこともなくなり、付加効果で足も速くなった。


ここまでで、恐らく2ヶ月ほどだっただろう。とてもじゃないが、今では考えられない。友達がいかに自分の時間を削ってくれたか、どんなに一緒に演奏したがってくれていたか。


今思い出すだに胸が熱くなる。


──2番アルトサックス。


私に与えられたその立ち位置。

主旋律を多く演奏できる1番パートになりたい、と騒いでいたこともあるが、正直なところ、私はこのポジションを気に入っていたように思う。


その後の私の音楽活動に大きな影響を与えることになったのだから。

全てを把握し音楽に溶け込む。それが本当に心地良くて、だから音楽をずっと続けていたのだから。



友達が懐かしいことを言っていた。


「あの曲って『オブプラ』だったよね」


長すぎる曲名を短縮した呼称。口に出すと、もう微かにしか思い出せない記憶と、確かに身体が覚えているくすぐったさに、やはり微笑む。


この話は私の美談でもなんでもない。だから、憧れのステージに立ったとかそんな話はしない。


ただ一つ。


良い誕生日プレゼントをくれた友達に心からの感謝を。




[完]

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