第3話 Coward! 限界点を越える
第一章 アーシィの、作戦
「あなた、ごちゃごちゃとうるさいわね!
と・に・か・く! あなたたちはこれでおしまいなの!」
「おしまいなわけないだろう! こっちは二人もいるんだ!」
「エ、エアリィ! 挑発に乗らないで、あのね、こ、こいつは本当にやばいのよ……」
尊大な態度のミーヤにエアリィは食って掛かる。
しかし、対照的にアーシィは慎重、というよりも少し怯えているようだった。
「だから何よ。ワタシがそう決めたんだからそうなのよ。ふふふ。
今日連れてきたこのコは強いわよ。
あなたたちに倒せるかしらねぇっ!」
ミーヤは自分の背後に控える巨大な無獣をチラリと見ると、腕を大きく振りかぶりエアリィたちを指差した。
そのミーヤの動きを理解できているのかはわからないが、巨大な無獣はゆっくりゆっくりと歩みを進める。
そして、無獣は魔法少女たちの姿を捉えると、獲物を見つけて嬉しいのだろうか、それとも自らの力を誇示するためか、周囲の空気がビリビリと震えるほど大きく咆哮した。
「くっ……この無獣、いつもよりも数倍大きいぞ!?
何なんだよ、あのミーヤって! 本当に親の顔が見てみたい」
エアリィはよほどミーヤの態度が気に食わなかったのだろう、ミーヤに向かって悪態をついていた。
とは言うものの、当面の敵は目の前にそびえる超巨大な無獣である。
ブツブツ文句を言いながらも、エアリィは意識をミーヤから無獣へシフトさせた。
「よっしゃ、とりあえずはコイツを方付けないとだな。よし! アーシィ、行くぞ」
「ええ、わかったわエアリィ!」
アーシィはミーヤに過去よっぽどひどいトラウマがあるのだろうか、ミーヤの登場に少々動揺していた。
しかし、エアリィに促され、気を取り直すように両手を握りしめ無獣に意識を集中、無獣の挙動を観察していた。
しかし、無獣はおろか、ミーヤも一向に動こうとしない。
アーシィはまず敵の出方を見てから戦略を練りたいと考えていたのだが、無獣からはエアリィたちに対する明らかな敵意と殺意は感じるというのに、全く手を出してくる気配がないのだ。
魔法少女たちは動かず、無獣も動かず。一種、膠着状態に陥っていた。
「どうして!? なんで無獣は攻撃してこないのよ?」
「このまま待っていても、埒が明かないな。こうなりゃこっちから打って出るか!
アーシィ、一気に行くぞ!」
無獣から一切攻撃してこないことに、焦りと違和感を覚えるアーシィ。
いつもの無獣なら、魔法少女の姿を見るや有無を言わせず攻撃をしてくるような速攻型だったのに、今回は勝手が違っていた。
しかし、そのアーシィとは対照的に、エアリィはそんな状況に業を煮やしたのか、自ら動こうとするのだった。
「俺は空から行くから、アーシィは下からやってくれ! 同時だ、これで相手も動かざるを得ないだろう」
エアリィは風を纏い、ふわりと空中に浮かび上がると、遥か上にある恐らく無獣の顔であろう部分を見据えた。
しかし、アーシィはそんな先手を打とうとするエアリィを止めようとするのだった。
「まって! なにかこの無獣不気味で嫌な予感がするわ。
……もしかしたら罠、かも……」
「罠? 上等じゃないか、罠で結構! このままお互い睨みあいを続けていても、時間と魔力の無駄だ。
あちらさんが動かないなら、こっちが何かしなきゃ先に進む道は見つからない!」
「で、でも! あっ、待って! エアリィ、エアリィィッ! 待ってぇっ!!」
行動あるのみという考えのエアリィは、アーシィの制止も聞かずに、そのまま無獣に向かって飛び去ってしまった。
確かにエアリィの言うことは一理ある。
しかし、待つべきであると言うアーシィの主張に、確固たる根拠があるというわけではないものの、この状況に違和感、嫌悪感を覚えるのは、エアリィよりも半年以上の戦闘経験から成せる、彼女なりの戦闘に対する勘というやつであろうか。
とは言え、何もしなければ先に進めない、そう考えたアーシィは自分のネガティブな勘よりも、エアリィの思い切りの良さに賭けてみようと考えるのだった。
「……何かしなきゃ、か……たしかに相手が動かないからって、こっちまで動かなかったら何時まで経っても道は見えてこないわよね」
勢いよく飛び去っていくエアリィの後ろ姿を見て、アーシィも覚悟を決めたようだ。
「エアリィ、もうあんなところにいる。あの子の良いところは、あの思い切りの良さね。
最初の頃、無獣から逃げまわってた時とは大違い。ふふふ」
アーシィがふと見上げると、エアリィは無獣の周りをクルクルとトリッキーな動きで無獣を牽制するように、飛び回っているのが見えた。
「エアリィに負けてられないわね。さあ、アル! あたしたちも行くわよ! アーシィハンマー!!」
アーシィに呼びかけられ、アルデバランは無言で彼女の後をついていく。
エアリィと初めて会った時のことを思い出し、成長した後輩のことを嬉しく思う先輩魔法少女アーシィであった。
そして、アーシィはエアリィに続けとばかりに無獣に近づいていき、自分の身長よりも長い柄に金色の装飾が施されたハンマーを呼び出した。
一方、上空を飛んでいるエアリィは、無獣に対して挑発を続けるが、無獣から何も動きがないことに少し苛立ち始めていた。
何も動きはないのだが。素早く飛び回るエアリィの動きを、無獣はその目と思われる部位で、余すことなく追っているのが不気味だ。
「うーん、こいつ、目で俺のことを追って来てはいるんだが、ほんとに何もしてこないな。
確かにアーシィの言うとおり、ちょっと不気味だけど、やっぱこっちから行くしかないようだなっ! エアリィボゥ!」
エアリィもアーシィに続き、ピンク色の装飾が施された弓を呼び出した。
「おりゃぁぁっ!」
「せーのっ!」
エアリィとアーシィの二人は、申し合わせたように息がぴったりと空と陸の両方から、ほぼ同時に無獣に攻撃を開始した。
「そりゃーー!!」
エアリィが放つ無数の矢は、全く防御もしない無獣にすべて命中した。直撃した箇所からはもくもくと煙が立ち上っている。
「えいっ! それっ! これでっ! どうっ!?」
アーシィはハンマーを軽快に振るい目にも止まらぬ速さで連続で縦横無尽に無獣に叩き入れる。
少し離れた空中から無獣を見下ろしていたスピカは、鱗が一斉に逆流するように脈動したのを捉えた。
その瞬間、瞳孔が細くなる。
「エアリィ! 攻撃ストップ!
……これ、おかしい。普通じゃない」
スピカはすっと降下してエアリィの肩にひょいと飛び乗って耳元に小さく囁きかかる。
「ん? おかしいだって?」
エアリィが連射を続ける光が、リズムよく無獣へ吸い込まれていくが、スピカに攻撃を止めるよう言われると攻撃の手を少しずつ緩めていった。
-*-*-*-*-*-
「ふふふ……それで終わりなのかしらぁ?」
ミーヤはニヤリと不敵に笑いながらつぶやく。自分の無獣が良いようにやられているのに、余裕な表情を浮かべている。
無獣は相変わらず不気味に低い唸り声を上げている。それから、ようやくいままで沈黙を守っていた無獣の動きに、変化の兆しが現れた。
それは、エアリィたちがいままでに攻撃を命中させた箇所が、不気味にドクンと大きく波打った。その直後、エアリィが放ったはずの矢の攻撃、そしてアーシィがハンマーで叩き付けた攻撃が、数倍の威力に増幅され、無獣の体の中から衝撃波としてそれぞれ彼女たちに一斉に襲いかかったのだ。
「うわぁぁぁぁ!!」
無獣からの攻撃は、エアリィの持ち前のスピードで紙一重でかわした。
しかし、後もう一歩だけ無獣に近かったり、一瞬早く攻撃の手を止めていなかったら、確実に無獣からの反撃をまともに受けてしまっていただろう。
「っぐっ……」
アーシィの肩に、反撃の第一波がかすった。
その瞬間の顔の歪みが、痛みを雄弁に物語っていた。
「これは、は、反射攻撃?」
体に受けたダメージを回復しながら、警戒を強めるアーシィ。
対策を練り直すために、じりじりと無獣との距離を取る。再び膠着状態に陥いってしまった。
そのアーシィの様子を見て、ミーヤは思わず吹き出し、次第に笑いが止まらなくなっていた。
「あーはっはっはっはっ! どうかしら? この無獣は。
貴方達がどんな風に攻撃をしても、色をつけてお返しするわよ」
「何か手を、手を考えなくちゃ。
でも、こちらから攻撃さえしなければ、あちらからは何もしないというのは救いか……」
「ふ、ふふふふぅ。アーシィ、本当にそう思ってるの?」
「なっ!?」
「アーシィ、あんた本当におめでたいわ。じゃ、次はこっちの番、いくわねぇ」
ミーヤがパチンと指を鳴らすと、無獣の大きく開けた口内と両腕が光り、三点の光を結ぶ中心点でエネルギーが集中していく。
そして無獣が咆哮すると、目も眩むような光りが溢れた。
その強烈な光に目を細めた次の瞬間、体が震えるような衝撃があった。
──何も見えなかった。
──何も動けなかった。
アーシィが無獣の咆哮を聞いた瞬間、エアリィの遥か後方で爆発が起きていたのだ。
「な、何が!? ビーム? なのか? 見えなかった……」
ビリビリと空気が地面が、そして体が痺れるほどの轟音がエアリィを襲う。
その凄まじい音にエアリィは後ろを振り返ると、ビームが着弾したであろう場所は、一帯が扇状にえぐれて、何もない焼け野原になっていた。
瞬刻遅れてビームの着弾点から衝撃波がエアリィに向かってくる。
エアリィは、襲い来る暴風と衝撃波を防ごうとするが、凄まじい力に押されて安定して滞空できず、フラフラと煽られてしまっている。
「ゴホッゴホッ……あんなの食らったら一溜まりもないな! 近くを掠めただけですごい衝撃だ!」
「あんな強力なビームを使う無獣、初めて見るわ」
アーシィは無獣が放ったビームの出鱈目な攻撃力に、ただ固唾を呑むことしか出来ず、驚きを隠せないようだった。
「どう? おもしろいでしょ! さぁ、どんどんいらっしゃい。
ワタシは優しいから、貴方達の攻撃全て受け止めてあげる。
ああ、ワタシったらなんて慈悲深いのかしら」
ミーヤは両手で自身の体を抱きしめ、恍惚とした表情を浮かべていた。
「っく! ふざけるな! なにが慈悲深いって!? やってやろうじゃないか! 全部反射するっていうなら、反射の隙を与えなければいい!」
エアリィは、それがミーヤの挑発だと解っていたが、敢えてその挑発に乗ることにした。とは言っても、焦らず心を落ち着かせて冷静に魔力を溜めていくのだった。
「はぁぁぁぁ!! エアリィ インパクトッ!!」
魔力を圧縮した重量級の矢が無獣に当たる。
「やあっ!」
直後、エアリィの魔力を帯びた鋭いキックが無獣に突き刺さる。
「エアリィ ショットガン!!」
エアリィの放つ矢が細分化され、広範囲に満遍なく無獣の体に直撃した。
その後も何度も何度も、それこそ並みの無獣であれば反撃も出来ないほどに無獣に攻撃を与え続けるが、全ての攻撃は一瞬のうちに反射されてエアリィへ襲い掛かかる。
「はぁはぁはぁ……
くそっ、やっぱり全部跳ね返されちまうっ!」
エアリィの攻撃は、エアリィの攻撃力を上回る破壊力、エアリィの攻撃速度を上回る速度で、全て反射されてしまった。
次第にそれらを回避するだけで精一杯となり、回避しながらの攻撃すら出来なくなっていった。
全力で攻撃と回避を繰り返したため、エアリィの体力と魔力は大幅に消費され、息切れをして次の攻撃を出せなくなってしまった。
このとき、一瞬攻撃の手を休めてしまったエアリィは、自分の体の上に影がかかるのを感じた。
それに気づくのが少し遅かった。
「! しまっ!! た……」
エアリィから少し離れたところで防御サポートをしていたスピカは、エアリィよりも少し早くその無獣の動きに気が付き、声にならない叫びを上げた。
無獣の全身が光り輝き、無獣の腕に光が集中していく。
──その直後
凄まじい爆発がエアリィを襲った。
しばらくして煙が晴れてくると、爆煙の中から爆発を防ぐため、腕で顔を覆った、埃まみれのエアリィが現れた。
「……ううっ……ギリギリね。エアリィ大丈夫?
私の魔法障壁の展開が間に合わなかったら、あなたやられてたわよ」
「ごほっごほっ、はぁはぁはぁ、こりゃ酷いな
……サンキュー、スピカ。たしかにこの無獣、強いな。
んーどうしようか。ふぅっと。えっと、アーシィはどうしてる?」
エアリィはどうにか息を整えると、キョロキョロと無獣の足元の辺りを探す。
どうやらアーシィへのビーム攻撃はなかったようだ。
彼女は、無獣の体をじっと見つめてなにやら思案しているようだった。
「……アーシィストライク!」
何かを思いついたのか、じっと無獣を見つめていたアーシィは、素早くクルクルとアーシィハンマーを回転させ、ハンマーでコツンと軽く無獣の体を叩いた。
いままでと同じようにハンマーの攻撃力が即座にアーシィに向かって反射され、その反射攻撃をアーシィは寸前で回避した。
その直後、無獣の体が波打つように光り、尾に光が集中していった。
「来るわよ! アル!」
「わかってる」
光った瞬間、アーシィを中心に爆発が起こる。
しかし、爆心地の煙が晴れると、そこには埃だらけではあるが、無傷のアーシィとアルデバランが、平然と立っていた。
「ごほっごほごほっ。
す、すごい埃ね。
でも……うん、何となくわかったわ。
アル、いまくらいのビームなら大丈夫だった?」
「そうだね、一度に何発も打たれたらわからないけど、僕が使える魔法障壁なら、連続で二発程度までなら防げると思うよ。
……でも、最初に無獣が撃った、あのでっかいビームとなると……
あれは僕の魔法障壁じゃとても防げないだろうね」
「なるほど、同時攻撃のあとの反射、そしてメインのビーム、単発攻撃の後は攻撃を受けた相手への小ビームか……
……ふーん……」
アーシィはこの無獣の攻略法を見つけたらしく、ニヤリと笑った。
「なんだ、蓋を開けてみたら全然たいしたことないじゃない。
アル、これならなんとかなるかも」
「こいつの攻略法を見つけたと言うんだね。
どうするんだい?」
「アル、ちょっと見てて」
アーシィは上空で眠そうにしているミーヤに向かい、息を大きく吸い込み声を張り上げた。
「ミーヤ!! そっちからの攻撃はないの!?
あたし、こいつを相手にするの飽きちゃったんだけど!!」
なんと、今度は逆にアーシィがミーヤを挑発したのだ。
これにミーヤは大あくびを途中で止め、アーシィへのあからさまな敵意を向けた。
「な! なんですってぇぇ?
飽きたぁぁ??
ふ、ふふふっ、アーシィ、あなた面白いこというわね。
やってやろうじゃない! 当然こっちからも攻撃できるわよ!」
ミーヤが無獣に向かって手を振り上げると、その合図で無獣はアーシィの方を向いた。
そして、無獣は大きく口を開け咆哮する。
大きく開けた口内に光が集中し、両腕が光る。
その三点の光は中心点に向かって光の軌跡を描いてそれぞれが結ばれ、エネルギーが集中していく。
そして、光がアーシィに向かって放たれた。
凄まじい爆発と爆風が起きた。これをまともに受けたら消し炭になってしまうだろう。
しかし、ビームが着弾した場所には既にアーシィはいなかった。アーシィがいたはずの場所に放たれたビームは、地面を削り取るだけだった。
「なるほどね。この無獣、実は大したことないわね。
攻撃パターンが読めるもの」
別の場所からゆっくりと歩いてアーシィは現れる。
「無獣からの自発的な攻撃は、あのメインビームだけ。
でも、このメインビームはエネルギーチャージが必要だから、放たれるまでに時間がかかるのよ。
さらにその間、無獣は動けないみたいだから、攻撃地点の予測がしやすい。
だから避けるのも簡単。
まあ、威力は強いから当たったらひとたまりもないだろうけどね」
アーシィはミーヤに向けて指を差し、勝ち誇ったように解説していた。
「す、すごい。アーシィ。
うーん、やっぱり戦い慣れてるな」
上空からエアリィは、アーシィの一連のやり取りを眺めて素直に感心している。
「ぐぬぬ……ふんっ!
攻撃パターンがわかったところで、そっちからの攻撃が全部反射されるんじゃ、貴方達の勝ち目はないと思わない?
このまま破壊し尽くして空間を捻りとってやればいいんだからね!」
「ふーん、そんなことさせるもんですか。
エアリィ! ちょっと降りてきて!」
アーシィは上空に浮かんでいるエアリィに声を掛ける。
するとエアリィは相槌を打って、アーシィの目の前にフワリと着地した。
「こいつの攻撃パターンは、さっきあたしが言ったとおり。
あとは反射後の小ビームだけなんだけど……」
「うん」
「小ビーム、あなた受けてくれない?」
アーシィの無茶な要求にエアリィはしばし沈黙。
アーシィが何を言っているのかわからず、目を白黒させながら強く抗議をした。
「えぇぇぇぇぇ!! な、なんだってぇぇぇ!?」
「あたしに考えがあるの。
それを確認するためにも、ね、お願い。
安心して、小ビームは連続では撃たれないはず。
一発づつなら威力の弱いビームだから、スピカの魔法障壁でも防げるわ。
現にさっきも防げたでしょ? スピカにもあたしからお願い。
ビームからエアリィを守ってあげて?」
アーシィはウィンクをしながら、スピカとエアリィを交互に見て、両手を合わせてお願いをしていた。
「そりゃ、あれくらいなら防げるけど。
……私の魔法障壁はアルの魔法障壁ほど硬くないわよ」
「スピカの魔法障壁とエアリィのスピードがあれば大丈夫。
なんとかなるわ」
アーシィのお願いに渋々納得し、コクリと頷くエアリィ、こんな無茶なお願いもアーシィを信頼しているからこそ、聞くことができた。
「そうか。
うん、わかった。俺はアーシィを信じる!
スピカ! 行くぞ!」
エアリィは再びフワリと浮かび上がると、スピカを伴い風を切って無獣の面前まで飛んで行く。
「なんだかわからないけど……覚悟しろよっ!」
「いっけぇぇ!! エアリィ! インパクトぉぉぉ!!」
エアリィの攻撃が無獣へ当たり、無獣からの反射攻撃のあと、無獣の体が脈動し、尾が光る。
「光った! 来るわよ!」
スピカはエアリィにシールド展開。
エアリィはその隙に、別の場所へ移動。
そして、無獣のビームは誰も居ない所に着弾。
すかさずアーシィは無獣へ攻撃を加える。
「アーシィ! ストライク!」
アーシィは攻撃に手応えを感じた。
そして、反射攻撃は起こらない。
アーシィの攻撃によるものか、苦しそうに無獣は大きく叫ぶ。
なんと、遂に無獣へダメージを与えることが出来たのだ。
エアリィは、ビームを防いだスピカの元へ急ぎ、心配そうにスピカの顔を見た。
「スピカ! 大丈夫か?」
「何とか、防いだわ! それより、アーシィを見て!」
二人は視点を地上に移す。
そこには、アーシィの攻撃により、ダメージを負って苦しんでいるような無獣が見える。
「攻撃が効いてる……のか?
それに反射もしてないみたいだな。
そうか、そういうことか!」
エアリィはアーシィに向かって微笑みかけると、アーシィは黙って頷いた。
「次はエアリィよ! 準備はいい? いくわよ!!
はぁぁぁぁ!」
アーシィが魔力を込めると、ハンマーが黄色く光って、モーター音を上げながらハンマーヘッドの歯車が勢い良く回りだす。
「アーシィ! ビート!」
アーシィは無獣に連撃を浴びせる。
無獣の体が脈動、反射攻撃の合図。
アーシィは無獣からの反射をかわし、次に来る小ビームに備える。
「アル! お願い!」
「まかせとけ!」
アルデバランはシールドを展開、無獣からビームが発射されたが、アルデバランのシールドにより完全に防がれた。
「エアリィ! ランサァァァァ!!」
無獣からアーシィへのビーム攻撃を見て、エアリィは素早く無獣へ攻撃を加える。
すると、ぐらぐらと無獣の体は揺れ、絞り出すような叫び声を上げている。
「やったぞ! ダメージ受けた! スピカ、いまの見たか!?」
「ええ、これなら有効な攻撃手段ね!」
こうして、どちらかが攻撃、小ビームを防いでいる間にもう一方が叩く。
その方法で無獣に少しずつではあったが、確実にダメージを与えていった。
「くっ!」
ミーヤはよほど悔しいのか、俯いて言葉も出ないようだ。
「いけるわね……とりあえずは、このまま体力を削っていきましょう!」
そのミーヤの様子を見て、アーシィは攻撃を続けようとする。が、アーシィは未だに心の中に燻っている違和感があることに気が付いていた。
しかし、現時点ではその違和感を払拭できるようなほかの方法が見つからないため、自分の心をごまかしながら無獣に攻撃を続けるしかなかった。
「くっくっ……」
相変わらずミーヤは、俯き、拳を握って肩を震わせていた。
「アーシィ! 見てみろ、あのミーヤとか言うやつ、下向いて悔しがっているぞ!
やっぱりアーシィの考えは正しかったようだ」
エアリィは俯き続け、肩を震わせているミーヤを見て、アーシィの考えた方法は有効だと確信するのだった。
ところが、である。
「くっくっくっく……あーっはっはっはっは!」
「!? な、なにがおかしいの!」
明らかにミーヤ側に不利な状況であるにもかかわらず、高笑いをしているミーヤに焦りと驚きを隠せないアーシィであった。
このミーヤの不気味な高笑いによって、拭いきれていなかった違和感が再び顔を覗かせるのだった。
「いやあ、あんたらは単純だなあって思ってね。
おかしくって笑いを堪えられなかったわ」
「ど、どういうことよ!!」
「誰がこちらからの攻撃はメインビームだけだと言った?
アーシィ、おまえが勝手に思い込んでいるだけでしょ? ふふふっ」
ミーヤは笑いが止まらず、涙目になっている目を擦りながら、饒舌に魔法少女たちをバカにしていた。
そんなミーヤをアーシィは唖然と見上げており、周囲に気を配ることができない。
彼女は明らかに集中力を欠いていた。
「!! アーシィ!! 危ないーーー!!」
エアリィは、明らかにいままでとは違う無獣の動きに気が付き、上空からアーシィのいる地上へと急降下した。
エアリィのその声に、アーシィもようやく異常事態が起きていることに気が付いた。
しかし、気付くのが遅すぎた。
いままで自発的に動かさなかった無獣の手が、アーシィを薙ぎ払ったのだ。
-*-*-*-*-*-
「あら残念。
殺せなかったか」
「かっ……かはっ……ぐっ……はぁぁぁ」
アーシィは無獣の突然の攻撃に、防御はおろか回避することもままならず、目を閉じて身を強張らせてしまっていた。
しかし──自分の体に来るであろう衝撃が一向に来ない。
アーシィは恐る恐る目を開ける。
彼女の目の前には、無獣の攻撃の直撃を受けて、アーシィを庇うように立っているエアリィがいた。
エアリィをよく見ると、腕と頭から血が流れているのが見えた。
「きっつぅぅぅ……
こりゃ、きついなぁ……
ちょ、ちょっと運動不足だったからなぁ。ぐうっ」
軽口をたたくエアリィであったが、ポタリポタリと地面に血が滴り落ちていた。
「エアリィ! あなた血が出ているじゃない!」
自分が守ったことでアーシィが無傷であったことがわかると、気が抜けたのかフラフラとよろけそのまま倒れてしまった。
「だ、大丈夫……でも、悪い……ちょっとしばらく、動けなさそう……ぐっ」
全身傷だらけのまま倒れているが、魔力によって傷が少しずつ塞がり始めていた。
それでもエアリィのダメージは相当大きいため、回復までに時間がかかりそうだった。
「ごめん、ごめんなさい!
またあなたに助けてもらっちゃった……あたしが……しっかりしていないから……」
「アーシィ……お、俺は大丈夫だから、ちょっと休んでいれば大丈夫だから……」
アーシィは倒れているエアリィの様子を上から覗き込み、ポタポタと涙をエアリィの顔に落とした。
エアリィは流れる涙を震える手でアーシィの頬を撫で拭う。
アーシィは頬に触れる震えているエアリィの手を両手で取ると、ぎゅっと力強く握りしめた。
そしてエアリィの額を軽く撫でると、すくっと立ち上がりミーヤの方を向き、鋭く怒りに満ちた目で見上げると、無獣に向かって走った。
「ミーヤ!! あたしはあなたを許さない!!」
「あら、アーシィ怒ったの?
怖いわねぇ。
元はと言えば、貴方の浅墓な考えのせいじゃない」
「! あたしのせい、だって言うの?」
ミーヤからの指摘に、アーシィは無獣を前にしてピタリと足を止めた。
「ええ、エアリィがやられたのは、どう考えてもあなたのせいよねぇ。
ああ、かわいそうなエアリィちゃん……ふふふふ」
「そうよ……あたしの責任よ……あたしがもっと、もっと強くなれれば、あたしがもっとちゃんと判断できたなら
……こんなことにはならなかったのに……」
アーシィは下を向き、悔しさのためか、両手を強く握りしめ全身をフルフルと震わせている。
「あーもう、ぐじぐじとうっざいなぁ、反省はあの世でしてね」
ミーヤは腕を組んだまま、目を無獣に向けて合図した。
その合図で無獣は了解したと言っているように、小さく咆哮する。
すると、無獣はその図体に似合わないほど素早い動きでアーシィを両手で掴んだ。
「っぐ!!」
「このまま握りつぶしちゃってぇ」
ミーヤは楽しそうに無獣へ指示をする。
「ア、アーシィ!!」
エアリィはよろよろと立ち上がりながら叫ぶ。
ダメージはだいぶ回復したといっても、まだまだ万全ではない。
エアリィは立つことがやっとの状態で、未だ浮遊することすらできなかった。
「エアリィ、慌てなくてもあなたもすぐに仲間のところに送ってあげるからね。
安心して休んでなさい。くふふふふっ」
「くくくくっ……ミーヤぁ
……ぐっあなたも……ううっ……浅墓ね……あぁっ」
無獣に握りつぶされようとしているアーシィ、相当の苦痛のはずだが気丈にもミーヤに対して笑いかける。
「なによ、この期に及んで負け惜しみ?」
『アル、アル……お願いがあるの……』
アーシィはアルデバランを自分の近くに呼んだ。
アルデバランはなんとかアーシィを助けようと苦慮しているようだ。
『アーシィ! いま助けるぞ!』
『アル、まだあたしは大丈夫、よ……ううっ。
……あ、あのね、いまから、あたしのお願い聞いてくれる?
多分、この方法しかないと思う……から……お願い……』
無獣は握り締めている拳の力をさらに込める。
当然アーシィの顔はそれに応じて苦痛に歪んでいた。
顔を苦痛に歪ませながらもアルデバランにそっと囁く。
『…………ょして』
『! な、何だって!?』
あまりの苦痛のため、無獣の手の中でぐったりしていくアーシィ……すると、全身が光に包まれてアーシィの変身が解除されてしまった。
「アーシィの変身が……と……けた??」
そして、ぐしゃりと盛大に握りつぶされるような音を出しながら、無獣の拳が完全に閉じた。
「!! やめろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
エアリィの悲痛な叫びがウィッチーズスペースに木霊する。
「あーっはっはっはっは! あー面白い。
ついにアーシィを倒したぞ!
見たかエアリィ! お前もすぐに仲間のところに送ってやる!」
対してミーヤは、無獣に握り潰されたアーシィを見て、腹を抱えて笑い転げている。
-*-*-*-*-*-
無獣の拳が閉じた瞬間、内部で何かが閃いた。
変身が解けたはずなのに、アーシィの魔力だけがしつこく残光を放っている。
次の瞬間……
──アクセプト!
──キューティメタモルトランスレーションアーシィアップ!
ウィッチーズスペースに変身呪文が響き、無獣の手の中が眩い光で満たされる。
その光が少しずつ無獣の手の中で膨れ上がる。
無獣は光の膨張に抵抗して必死で握り潰そうとするが、逆に光はどんどん膨れ上がり、遂には無獣の腕ごと弾け飛んでしまった。
──苦痛に咆哮する無獣。
無獣の手があった場所には、黄色い光に包まれたアーシィがいた。
アーシィを掴んでいた無獣の両腕は爆散してほとんど失っている。
そして光に包まれながらアーシィはゆっくりと地上に着地。
「はぁはぁはぁ……、大地の優しさで包んであげる! キューティアーシィ! おまたせっ」
「! アーシィ? 無事だったのか!!」
アーシィはエアリィに向かってウィンクをして微笑んだ。
「変身はね、こういうことにも使えるのよ! ミーヤ、無獣の腕がなくなってしまえば、もう大ビームは撃てないでしょう! この無獣はもうおしまいよ!」
両腕が吹き飛ばされ、転げまわるように呻き苦しんでいる無獣を背景にして、アーシィは勝ち誇ったようにミーヤに笑いかける。
「アーシィ、いったい何が起きたんだ?」
エアリィは少し足を引きずりながらもアーシィに駆け寄った。
この間にエアリィ自身のダメージもほとんど回復したようだ。
「アーシィ! いくらなんでも無茶だよ。
一歩間違えば死んでいたかもしれないんだよ? これは自殺行為だ!」
アルデバランは、焦燥しきった様子でアーシィに向かって声を荒げた。
「あら、成功したからいいじゃない」
「成功って、結果論だろ? いつも冷静な君がこんなことするなんて」
「あら、アル? それは違うわ。
〝冷静だから〟こそよ。
ふふふ、あのねエアリィ、説明するとね……」
アーシィは無獣に握り潰されそうな時、何が起こったかを語る。
~~~~~~~~
『ア、アル、だ、大丈夫、あぁっ!
うう、くぅっ……こ、この方法しかないと思う……から……
お願い……いま、あたし手動かせないから……』
無獣が少しずつ手に力を込めていく。
アーシィは力を込めて抵抗するも、ミシミシと全身の骨が軋む。
このままでは潰されてしまうのは時間の問題だった。
『んっ……あたしの変身を解除して。くうっ』
『! な、何だって!?』
アルデバランはアーシィの言葉を疑った。
変身解除をしたら魔法による防御が一切無くなり、生身の体では簡単に握りつぶされてしまう。
『いま、人間に戻ったらひとたまりもないよ!』
『ぐっ……こうでもしなきゃ、こいつは倒せないと思う、から
……変身解除したら、すぐにまた変身すれば……』
『そうか、君の考えが読めた。
それならば出来るかもしれない。
でも……タイミングを誤ったら、それこそ終わりだよ?
……わかってるかい?』
『だ、ああっ、んっ、はあっ、大、丈夫よ……ううっ』
アルデバランはアーシィの意図を理解し、覚悟を決めてアーシィの変身解除の準備を始めた。
『お……ね……が……い……ぐっ……
はぁはぁはぁ、は、早くっ』
アーシィは息も絶え絶え、意識も朦朧とし始めており、魔法少女の姿であっても限界に近かいというのは明白だった。
いまの状況で、アルデバランの力では無獣の手からアーシィを助ける術もなく、どちらにしてもこの方法しか選択肢は無かったのだ。
『アーシィ、いくぞ、準備は良いか?
3……
2……
1……
──リリース!』
アルデバランの言葉のあと、アーシィの体は光に包まれ変身が解除された。
そして、間髪を容れずにアーシィは再び変身呪文を唱えると、自身が潰される前に魔法少女に変身し直したのだった。
~~~~~~~~
「とまあ、変身中はどんな攻撃も受け付けないことを思い出して、防御が最強なら攻撃にも使えないかな? って思ったの。
けど、そんなことした事なかったし、ほんとに攻撃に利用できるかわからなかったから、賭けだったわ。ねっ」
アーシィはアルデバランに笑いかけた。
「ね、じゃないよ全く……こっちは冷や冷やしたよ」
「いいじゃない、アルの言うとおり、結果論だけど成功したんだし」
「す、すごい! アーシィ!!」
「さぁ、もう一がんばりよ!
エアリィ、もう動けるわよね?」
「おお、もう大丈夫だ。心配かけたな」
エアリィはふわりと浮かび上がって、腕をぶんぶんと回してダメージが回復したことをアーシィにアピールした。
「二人で止めを刺しましょう! 二人じゃないと、こいつを攻略できないと思うから」
「わかった!」
エアリィたちは止めを刺すべく立ち上がり、苦しみ続ける無獣を見上げている。まさに形勢逆転であった。
「ま、まさか! そんなことがあってたまるか!!
信じられない!」
明らかにいままでとは違い、ミーヤは狼狽している。同時に怒りも増大しているようだ。
「スピカ! ホールドいくぞ!」
「アル! こっちもホールドお願い!」
ミーヤの怒気が膨れていき、空気がひりつくほど震えた。
アーシィはその危険な揺れに覚えがある。
もう限界が近いことがわかる。うかうかしてられない。
だがエアリィは、のたうつ瀕死の無獣に視線を固定したまま。
ミーヤの気配の激変に気付いてもいない。
それが、決定的な半歩だった。
ミーヤの視界は、怒りに焼かれたように単純化する。
「犯人」も「順番」も存在しない。
いちばん近くで動いた影。それだけが次に壊すべきものとして浮かびあがる。
そして、その半歩の位置にいたのはエアリィだった。
「スピカ! ホールドいくぞ!」
「アル! こっちもホールドお願い!」
「わかったわ! ホールド! 現在の座標を承認! 無獣を固定化!」
「ホールド! 現在の座標を承認! 無獣を固定化!」
無獣の周囲に二つの光の輪ができる。
二つの輪は高速で回転し、やがて光る球体になって無獣を取り囲んだ。
そして、球体内表面から無獣に向かって、バチバチと無数のプラズマが走る。
ホールドリングに包まれた無獣は、球体内で最後の抵抗のため、暴れまわっている。
「我の呼びかけに応え、イメージを具現化せよ……シルフィヴァーゴ!」
「我の呼びかけに応え、イメージを具現化せよ……グノームタウラス!」
スピカの三本の尻尾が強い輝きを放つと、同調するようにエアリィが手にしているエアリィボゥが光に包まれ、握りは手を守るように光る円環を形成され、末弭と本弭 は枝別れし、魔力で形成されたピンク色に光る弦で繋がった。そして、全体的に風と花びらの文様が刻まれた。
アルデバランの三本の尻尾がバチバチと帯電しながら光を放つと、それに同調してアーシィが手にしているアーシィハンマーが光に包まれ、ヘッドにバーニア、柄には魔法エネルギーが流れているようなラインの文様、石突は鋭利になって二股の角が生えたように形状を変える。
「いっけぇっ!! アーシィ クェイク!!」
ヘッドに付いているバーニアからジェットを噴出させながら無獣にハンマーを叩き込んだ。
するとパキィンという音を立て、無獣の体全体に波紋が広がった。
「貴方の心に響いたかしら?」
パチンとアーシィが指を鳴らす。
「いっくぞぉっ!! 俺の! 生活を邪魔するやつは許さない!
エアリィ シューティングスター!!」
無数のピンク色の矢がそれぞれバチバチと帯電しながら無獣へ放たれる。
雨のように降り注ぐ無数の矢が、無獣の体を削るように穴を穿ち、衝撃によって無獣の体に無数の亀裂が走る。
二人の攻撃が見事に命中すると、その攻撃を反射することもできず、無獣の体は崩壊を始めるのだった。
そして、無獣を取り囲む球体が徐々に小さくなり、光の球体は一点に集中すると爆発を伴って弾け飛び、無獣は消滅した。
第二章 脅威、豹変す
「や、やったぁ……はぁはぁはぁ」
「はぁはぁはぁ……エアリィ……まだよ。
ゆ、油断しないで……」
「はぁはぁはぁ……ん?
ゆ、油断って、どういうこと……だ?」
アーシィの言葉を聞くや否や、体に衝撃を感じ、エアリィは飛ばされた。
エアリィは咄嗟に何かの攻撃を受けたものの、突然弾き飛ばされ何が起こったかわからない様子だった。
「ぐふぅっ」
「エアリィィィィ! しまった、遅かった。
もう少し早く離脱すべきだったわ」
いままで横にいたエアリィが、突如として何者かに弾き飛ばされてしまい、アーシィの視界から一瞬で消えてしまった。
焦りを感じつつ、きょろきょろと辺りを見回すと、少し離れたところに砂埃の中に倒れているエアリィの影を見つけた。
明日美はすぐに傍に駆け寄ると、倒れているエアリィを起こした。
二人の数メートル先には、ミーヤが、仁王立ちでエアリィたちを見下している。
ミーヤのエメラルドグリーンに輝く瞳は、不気味に鈍い光を放っている。
ミーヤからはいままで感じ取ることができなかった、禍々しい強力な魔力が大きく膨れ上がっていくのを感じる。
それは、二人を圧倒するほどの、桁違いの強い魔力であった。
「はあっ、はあっ、はあっ、ぐ……ぐぅぅぅぅっ……きっさまらぁぁぁぁ!!
よくも──
よくもやってくれたなぁぁぁ!
おまえら……許さん! 許さんんんっ!!」
ミーヤは内側から溢れ出る怒りを抑えつけるように、右手で自分の顔を覆っている。
「な、なに……あれ……」
エアリィは、膝に手を突きながらもよろよろと立ち上がると、激高しているミーヤの姿を見て驚いていた。
「ああなると厄介よ。
……こっちの方がミーヤの本性と言ったところかしら」
「あいつの雰囲気、いままでのダークウィッチと違う
……いや、全くの別物だ」
エアリィは、ミーヤの姿、魔力に戦慄を覚え、思わず固唾を呑み込んだ。
ミーヤを見ると、変わらず右手で顔の半分を覆ったまま、三日月のような裂け目の歪んだ口で、不気味な笑顔をエアリィたちへ向ける。
「ふざけるなよおまえら。かかってこい!
二人まとめて相手してやる」
しかし、エアリィとアーシィは、ミーヤのあまりのプレッシャーのため、足が竦んで一歩も動くことができなかった。
「ふふっ……ふふはははははは、くひっ、けひゃひゃひゃ……こないならぁ……こっちから行く……ぞ!」
「き、消えた?」
狂気を含んだ笑い声を出しながら、ミーヤは二人の目の前から消えた。
──消えたように見えただけだった。
凄まじいスピードによって、一瞬にしてミーヤはエアリィたちとの間合いを詰め、二人の目の前に現れたのだ。
エアリィとアーシィは、ミーヤのその化け物じみた速度に目で追いかけることはできなかった。
「エアリィとにかく防御!!」
アーシィは何もできず、エアリィにただ防御しろと、言うことしかできなかった。
そのアーシィの声を聞いて、エアリィはわけもわからず、どこから来るかもわからない攻撃に対して防御体勢をとった。
直後、エアリィは腕の骨がメキメキと軋む衝撃を感じた。
エアリィの魔力によってすぐに回復してはいるが、おそらくはパンチのインパクトの瞬間に、腕の骨はバラバラに砕けていた。
「ぐあっっ!?
ぐっぐぐぐ……なんて……重いパンチ……」
「……ぼ、防御しててもこのダメージなんてっ。
エ、エアリィ、大丈夫?」
「な、なんとか大丈夫……アーシィは?」
「あははぁぁ?
人のことより自分のことを心配したらどうなんだぁ?」
ミーヤは目にも見えない速さで、エアリィにはパンチを、アーシィにはキックを叩きこんでいた。
「ミーヤ!
ふざけるなぁぁぁ! おうりゃぁぁぁぁ!!」
エアリィはミーヤに対して最大速度でパンチを繰り出すが、ミーヤはすべてをそれ以上の速さで受け流していた。
──たった指一本。
アーシィもエアリィと同じようにミーヤに攻撃を加えていたが、ミーヤに指一本で軽々といなされてしまっている。
「はぁはぁ……二人同時でも追いつかないなんて。
なんて速さなの!?」
「し、しかも、一撃がみんな重い。
ミ、ミーヤって何者だ? はぁはぁはぁ」
「もうおしまいですかぁ? なんなら、出血大サービスだぁ。
おまえらの必殺技とやら受けてやりますよぉ。
あひゃひゃひゃひゃ、さぁ! 撃ってこい」
ミーヤは息一つ乱すことなく、余裕の表情のまま無防備にも両手を広げて、エアリィたちの攻撃を迎え入れようとしている。
どうやらミーヤの言葉は決して挑発などではなく、本気でこの二人の最大攻撃など取るに足らないと思っているようだ。
「な、何言って……」
「ワタシは、馬鹿は嫌いだよっと」
「きゃぁぁぁぁ!! かはっ」
「エアリィ!!」
ミーヤはエアリィを、トンと軽く片手で押しただけのようにみえた。
しかし、エアリィの防御なぞものともせず、衝撃波を伴って、あちこちの地面や壁を砕きながら弾き飛ばされてしまった。
「撃ってこいと言ったらさっさと撃てばいいんだよ!
ほら、こいよぉ!!」
「だめ! エアリィ! ダメよっ!!」
アーシィはエアリィを制止するが、エアリィは攻撃態勢に入る。このとき、エアリィはミーヤの本当の恐ろしさをわかっていなかった。
「このやろうっーーー!
もう、頭きた!
やってやろうじゃないか! 覚悟しろよ、ミーヤ! スピカ、やるぞっ!!」
「エアリィ!
……アーシィの言うとおり、やめたほうがいいわ」
「いまの俺の実力じゃ、あのミーヤって言うバケモノに敵わないのはわかってる。
でも、一矢でも報いないと、男として悔しいだろうがよっ」
「……わかったわ。後悔しても知らないわよ?
ホールド! 現在の座標軸を承認! ミーヤを固定化!」
ミーヤの周囲に光の輪ができる。
光る輪は高速で回転し、やがて光る球体になってミーヤを取り囲む。
そのホールドリングの中で、ミーヤは腕を組んでニヤニヤと笑っている。
光る球体が形成され、ミーヤを完全に球体の中に取り込むと、ミーヤに向かって球体の内表面からプラズマがバチバチと走る。
「ミーヤの挑発に乗ってはだめぇぇぇ!!」
アーシィは叫び声をあげてエアリィを止めようとする。
しかし、もうエアリィの魔法を止めることはできなかった。
「俺の最大魔力でやってやる!!
いっけぇぇぇぇぇ!
エアリィ シューティングスター!!」
帯電している無数のピンク色の矢がミーヤへ放たれる。
──全弾命中。
ホールドリングを中心として、凄まじい爆発が起きた。
爆煙がモウモウと立ち上る。
そして、次第に煙が収まっていくと、爆心地にはミーヤの影が見えた。
まだはっきりと見えないが、しっかりと立っているように見える。
「う、うそ……だろ!?」
「ふんっ。
いま、なにかやったのかぁ?
ワタシは必殺技を撃てと言ったはずなんだがなぁ。エアリィ」
現れたミーヤは、傷どころか埃一つ付いていなかった。
「エアリィ! 早く、逃げて、逃げてっ!!」
「ほら、アーシィが逃げて、だってさ」
ミーヤの声は、爪先でガラスをなぞるみたいに薄い。
「エアリィ、ワタシから逃げてみたらぁ?
あ、そうだ……
ちょうどいい、ゲームをしよう」
「ゲ、ゲームだって? 何を馬鹿なことを……」
「簡単だ、エアリィ。
おまえ、速さには自信があるんだよな?」
その問いかけに、エアリィは喉の奥が勝手に鳴った。ゴクリ、と。
背中を汗がつたう。
膝が吸い込まれるように震え出しているのに、自分ではそれに気付けていない。
何かが理屈より先に、身体の方を掴んで揺らしている。
「んー……そうだなぁ」
ミーヤはゆっくりと視線を上へ滑らせ、空中のエアリィを見据えると、楽しそうに右手を上げた。
指が二本、ひょいと立つ。
「二十秒やる。まずハンデとして、十秒はここで待ってやる」
その声は妙に透き通っていて、かえって底が見えない。
「その間、好きなだけ逃げろ。
遠くでも、隠れんぼでも何でもいい。
で、そのあと残りの十秒……ワタシから逃げ切れたら、今日は見逃してやる。
二十秒以内に捕まったら……おまえは終わりだ。
くくくくく。どうだ、面白いだろう?」
「う……うぁぁぁぁぁぁ!!」
その瞬間、エアリィの中で〝恐怖〟という言葉が形を持った。
攻撃されていないのに喉が勝手に千切れそうな叫びを吐き出し、次の瞬間にはもう体が勝手に逃げていた。
理由も、判断もなかった。
ただ逃げろという声だけが脳を叩いていた。
「あっはははは!
まだスタートの合図をしていないのに、気が早いなぁエアリィちゃんは」
ミーヤは満足そうに、まるで子どもが砂時計をひっくり返すみたいな仕草で両眼を細めた。
「ふん、まあいいだろう」
そして、静かに目を閉じ、指を折りながらカウントを始めた。
-*-*-*-*-*-
「……ろーく……しーち……はーち……きゅーう……じゅーーう」
ミーヤが十まで数え終わると、目をゆっくりと開けた。ざっとあたりを見回す。
しかしエアリィの姿は、上下前後左右どこを向いても見えなかった。
エアリィはこの十秒間で、ミーヤの視界から消えるほど遠くまで行ったのか、それともどこかに隠れたのか。
このときのエアリィは驚異的な速度で逃げたのだろう。
どちらにしても短時間でミーヤの視界からは完全に消えてしまっていた。
「くひゃひゃひゃっ。
さあ、かくれんぼを始めようかぁ」
エアリィは自分が出せる限界の最大速度で逃げた、逃げた、逃げた。
もうプライドも何もかも投げ捨てるように。
十秒間逃げ続け、かなり遠くまで来たところで、ビルの影に隠れて腰を下ろして少し息を整えていた。
エアリィはミーヤから逃げられたと思っていた。
しかし、すぐにエアリィは絶望する。
「そ、そんな!」
エアリィの真後ろには、既にミーヤが立っていたのだ。
「みぃつけたぁぁぁぁ。ふふふふふ。
十五秒……実質五秒か……
ねえエアリィ、逃げる時間を二十秒もあげたのに、たった十五秒で終わっちゃったねぇ。
……つまらないなぁ、ほんっとにつまらない」
ミーヤは心底つまらなそうに自分の髪の毛を指でくるくると回しながら、足元にいるエアリィを見下ろしていた。
「あーあ、もう鬼が交代してしまう。
くっくっく、悪い、交代はなかったな。
終わりだよ、おまえ」
「た、たすけて。
たすけて……たす、けて……ひっぐひっぐ」
情けなくもミーヤに土下座をするように平伏すと、頭を抱えながら涙を流し、顔をぐちゃぐちゃに歪めて命乞いをする。
エアリィは……いや、大樹は、生まれて初めて死への恐怖を感じた。
エアリィになる前に瀕死の重傷を負ったときとは違う、それは本能に訴えかける抗いようのない純粋な恐怖だった。
そして、ミーヤは無様にも地面に這い蹲るエアリィの頭を片手で掴み、軽々と持ち上げて無理やり立たせた。
「うぐっ、ひっ」
エアリィの心は恐怖で支配された。
ミーヤの表情は笑っているものの、それは魂を抉るようで、この世のものとは思えないほど暗く、冷たく、鋭かった。
「どーうやってぇ、おまえをぉ、苦しめてぇ、やろうかなぁ……」
ミーヤは片手でエアリィの頭をぶら下げたまま、空いた方の拳をゆっくり握りしめた。
次の瞬間、拳が腹へ沈み込む。打撃というより、臓腑を掴みにいくような、いやらしい角度の一撃だった。
「……っがはっ!」
エアリィの体がくの字に折れ、頭を掴まれたままぐらりと揺れる。肺の奥から逆流する血が、噴き出すようにミーヤの頬へ飛び散った。
ミーヤはそれを指先で拭い取り、赤を楽しむように舐める。
「あはぁ……あったかいねぇ。
いいよ、エアリィ……もっとちょうだい」
ミーヤの片手がポウッと光り始める。
ミーヤは掌に魔力のエネルギーを溜めながら、エアリィをどうやって弄ろうか考えていた。
もはやエアリィはミーヤにとって、壊れかけのおもちゃでしかなかった。
エアリィはミーヤの攻撃により意識が朦朧として、一切の抵抗をすることも出来ずにいた。
「アーシィ! ストライク!」
と、そのときである。
アーシィが背後からミーヤの後頭部に向かってハンマーを振り下ろした。
アーシィの攻撃に気が付いているのかいないのか、ミーヤはそれをピクリとも避けもせず、キーンという高い音を上げて直撃した。
ハンマーの衝撃波によって、ビリビリと空気が震える。
「これ以上、エアリィへ手を出させない!!」
ミーヤはエアリィを掴んだまま、首だけをぐるりと不自然に折り曲げ、背中越しにアーシィを見た。
「んぁぁぁ?
アーシィ、そう急くな……ひゃっひゃっひゃっひゃ、次はぁ、おまえだからさぁ、そこでコイツを壊すところを見ておいてくれよ。
良かったなぁ、特等席だぞ。ははっはははははは、あははっははははははははは」
ミーヤは、狂ったように大笑いすると、再び片手に魔力を溜め始めている。
アーシィはエアリィを助けようと、何度も何度もミーヤにハンマーを叩き込んでいるが、ミーヤはビクともしなかった。
「なんで……なんで、やめてよ……!
エアリィは……エアリィは、やっと……やっと私の……!」
アーシィは歯を食いしばり、涙でにじむ視界のまま、何度もハンマーを叩き込む。
効かなくても、それでも振り下ろす。
それでも──まだだ。まだその時がこない。
「ずっと欲しかったんだよ……友達を、私……!
やっと始まったばかりなのに!
もっと……もっと一緒に笑いたかったのに……!」
アーシィはミーヤを睨みつけ、壊れそうな声で叫ぶ。
「返してよ……エアリィを返してよ……!
まだ……? まだなの……? お願いだから……はやく……っ!」
ミーヤはアーシィの攻撃など全く意に介せず、魔力を集中させていく。全く効いていないにも関わらず、アーシィは諦めずに攻撃を続けている。
「どこから壊してやろうか。
そうだ、おまえらが壊した無獣と同じように、両腕をもぎ取ってやろう。
あはははははは、楽しいだ……ろ……!?」
ミーヤの狂気の瞳が歓喜に揺らぎ、エアリィたちを品定めしていた、その瞬間だった。
世界が沈んだ。
風も音も消え、体の奥で冷たい棘が折り重なっていく。
静寂がまるで内臓からせり上がるように、ミーヤの全身を貫いた。
「な……な……」
喉の奥で何かがひしゃげた。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
あああああああああああああああ!!」
暴走する痛覚に体が跳ね上がる。
ミーヤは地を削るような声を上げた。
「かっ……ぐはっ……うううううっ……ぐぅぅぅぅぅっ!?」
叫びが濁り、歪み、低く沈む。
恨みが焼けた鉄みたいに混ざり、声の形が崩れていく。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ……っくう!
もう……もう……殺してやる! 殺してやる!
ごろじでやるっっっ!!」
怒りが痛みに負け、憎悪が引き裂かれ、言葉が呪いの塊に変わった。
「かぁぁっ、ぐううううっ!
うっぐぅぅ!
に、にんげんめぇぇぇっ……!」
顔を歪めて地面を掻き、爪が割れ、皮膚が裂け、血が土に飛び散る。
そして――
叫びは、徐々に力を失っていく。
「やだ……やだよぉ……もう、やだ……
どうして……うううっ……やめ、やめてぇ……
どうしてぇっ……やめてよぉぉ……
たすけ……もう、いやなの……
そんな……こと……」
かすれた声は震え、途切れ、泣き言のように崩れてゆく。
狂気の刃が欠け落ち、残ったのは痛みに押し潰されたひとりの少女の声だけだった。
苦しみ方は異様だった。
体を震わせ、掻き毟り、頭を抱え、それでも痛みは増すばかり。
掻き毟った腕は赤く腫れ、血が滲み、目尻からは血の涙が流れ落ちる。
ミーヤの体がビクンビクンと大きく痙攣しながら跳ねる。
声はもうか細く、息につぶされていった。
「うううっ……ぐすっ、ひっぐ……ミーヤ、一体どうしたの」
恐怖に涙ぐんでいたエアリィは、突然の豹変に体を起こし、怯えながらもミーヤを見る。
「はぁ……はぁ……ようやく始まったわね」
「ぐすっ、始まったって……何が?」
「ミーヤは、いつも途中で苦しみだすのよ。
理由はわからない。
時間なのか、条件なのか……とにかく、こうなるの」
アーシィは苦しむミーヤを横目に、エアリィへ手を差し伸べた。
「大丈夫?」
震えの残るエアリィは、その手につかまりながら立ち上がる。
-*-*-*-*-*-
ミーヤはもう叫ぶことさえ出来ず、時折ビクンと痙攣する以外ほとんど動かなくなっていた。
反撃の好機ではあったが、エアリィもアーシィも体力も魔力も底をつき、互いに肩を貸し合うだけで精一杯だった。
ふと視界の端で、倒れたミーヤのそばに〝何か〟がふわりと浮いているのが見えた。
薄汚れた、くまのぬいぐるみのようなもの。
「……あれ?」
アーシィによれば、それがミーヤのパートナーである〝イオ〟だという。
そのイオは、場違いなほど落ち着いた声でミーヤに語りかけていた。
焦りも怒りもない。
パートナーがズタズタになっているというのに、まるで水底のように静かな声音だった。
「ミーヤ、おわりだよ。もう君の限界点を越える」
「まだだ!
まだだぁ! もう少しなんだ!
許さんぞぉぉ!
こいつらをぉぉワタシと同じ……し……み……にぃぃ……」
ミーヤはよろめきながらも立ち上がり、悔しさのあまり地面に拳を叩きつけた。
──何度も、何度も。
衝撃で地面が波打ち、拳を中心に大きなクレーターが広がる。
虫の息のようだったはずのミーヤに、まだこれだけの力が残っていることにエアリィは震えた。
ミーヤはイオを振り払おうと、渾身の力で腕を振り抜く。
だが──
イオは微塵も動かない。
「ごめん、もうダメなんだ。
僕は君に苦しい思いはさせたくない。
今日は諦めて欲しい」
「あと少しなんだ、あと少し!!
悔しい! 悔しい!! くやし……」
悔しさと痛みが混ざり、ミーヤの言葉はもう言葉の形を保てていなかった。
イオはその様子をただ眺め、そして、そっとミーヤの額に自身の小さな腕を当てた。
一瞬。
二人の姿は、その場から消えた。
「た、助かった……?」
「ええ、今回はね……」
エアリィとアーシィは呆然と消えた空間を見つめるしかなかった。
ようやく危機が過ぎたと理解すると、エアリィは糸が切れたようにその場へ崩れ落ちた。
「こ、怖かった……怖かった……
ごめん、ごめん……
俺、逃げちゃった……逃げちゃったよ。
情けない……悔しいよ……」
気持ちが緩んだ瞬間、エアリィはアーシィに抱きつき、大泣きしてしまっている。
中学生の少女に泣きつく、姿は少女だが中身は三十代後半の男性。
けれど、いまのエアリィにはそれすら抑えられなかった。
体も心も少女になったことで、感情の制御が甘くなり、あふれる涙を止められない。
男としての自分が必死に踏ん張ろうとするが、その心の手綱はぽとりと落ちていた。
「仕方ないわ。レベルが違いすぎるもの……」
「でも……」
エアリィは、恐怖に負けて背を向けた自分を恥じ、肩を震わせた。
だがアーシィはぎゅっと抱きしめ、「恥じゃない」と言わんばかりに背中を優しく叩いた。
「ほら、空間が戻っていくわ。終わったのよ」
ウィッチーズスペースはゆっくり溶けるように消えていき、街は喧騒を取り戻した。
さっきまでの死闘が嘘のように、景色は元通りだ。
「はぁ……えぐっ……ぐすっ……
次は負けない……負けてなるものかぁぁぁ……ぐすん」
大樹の負けん気は、そのまま少女の姿にもしっかり残っている。
決意を胸に、エアリィの変身が解け、少女の大樹へ戻る。
そのまま地面にへたり込み、ぼんやりとした表情で座り込んだ。
涙はほとんど止まっていたが、呆然としたままの彼女は、自分が男の姿へ戻っていないことにしばらく気付かなかった。
第三章 病院の、少年
エアリィはしばらくすると気持ちが落ち着いたのか、自分の姿を困惑したように見回した。
変身が解けたというのに、大樹の姿へは戻っていない。ショーウィンドーに映るのは、どう見ても普通の少女である。
「あれ?
あれ? どうして? 変身が解けても女の子のままだ。
ま、まさか俺もう戻れないんじゃ……」
「あなた、魔法少女になる前はなんだったのよ。
変身が解けるときはひとつ前に戻るだけよ」
「そ、そっか。
よかった。じゃ、もう一つ元に……」
安堵の息が漏れる。
大樹は男の姿に戻ろうとハーティジュエルへ手を伸ばしたが、明日美がその手首を掴んだ。
「ちょ、ちょっと待ったぁ!
いまの格好のまま元に戻る気?
そのまま街中歩く気?」
言われてみれば確かにまずい。
この状態で男の姿へ戻ったら、サイズの合わない女の子の服を着た中年男性が路上に降臨することになる。通報一直線である。
「ああ! そうだよ、危なかった!」
「はぁ……
そんなことより、先に無獣発生者を助けるわよ」
「あ、それじゃ、今度は俺がやってみてもいいか?」
「そう? じゃ、お願いしようかしら」
「えっと……どこだ?」
「無獣反応は……あ、あっちの方みたい」
明日美は反応があるらしい方向を指差した。
大樹は明日美の指さきの方をきょろきょろと探すと、無獣を倒したあたりの細い路地裏を覗いた。
薄暗い場所に、人影が倒れている。
「あ、あれか?」
「きっとそうね。
微かに無獣の反応が残ってる」
大樹は先に駆け寄った。
倒れている人物は病院の寝巻きを着た少年で、体のあちこちに包帯やギプス、首にはコルセットまでついている。
弱り切ったその姿と、つい先ほど暴れまわった無獣の凶暴さがどうしても結びつかない。
あまりに釣り合わない現実に、大樹の思考がわずかに噛み合わなくなる。
「ずいぶん怪我してるな。
男、か。病院服……ってことは入院中の患者だったのか?
中学生? 高校生くらいに見えるな」
しっかりと見つめるつもりはなかったのに、目が離れない。
十六、七歳ほどの少年は、整った眉とシャープな輪郭を持ち、弱った体を包帯に覆われながらも、どこか凛とした気配をまとっていた。
入院生活のせいか髪は乱れているが、整えればきっと綺麗に光るだろう。
大樹は息を忘れ、ただ見入ってしまう。
そのとき、背後から明日美が来る気配がしてようやく我に返り、声を掛けた。
「あ、あの、もしもし、大丈夫ですか?
もしもーし」
「ん……んん……」
少年がゆっくりと目を開ける。
吸い込まれそうな大きな瞳は澄んでいて、どこか哀しげな影を落としていた。
-*-*-*-*-*-
「よかった……目を覚ました!
ね、ほら明日美!」
大樹は肩の力を抜き、安堵と嬉しさをごちゃ混ぜにして明日美と少年を見比べた。
明日美も胸を撫で下ろしている。大樹は小さく頷くと、すこし緊張しながら病院服の少年へ声を掛けた。
「あ、あのう……大丈夫ですか?」
「ううっ……体が、痛い。
あ、あれ?
僕は……どうして……何があった……」
少年は頭を振り、現状を掴めずにいる。
まだ二人の姿もぼんやりしているようだったが、焦点が少しずつ戻り始めると、大樹の顔をじっと見上げた。
その瞬間、少年の瞳の色が変わった。
驚き、そして歓喜の色が射し込んでいく。
「え……あ……なんで?
まさか……そんな……の、のぞ……み? ぐすっ……良かった……のぞみ……」
少年はぽろぽろと涙をこぼし始めた。
大樹は完全に面食らい、身を固くする。
少年は震える手で大樹へ伸ばし──
「あ、ああああ、良かった!
のぞみ、のぞみぃぃぃ!!」
次の瞬間、勢いのまま抱き付かれた。
避けようとしても間に合わず、大樹はひっくり返りそうになりながら、思わず変な声を跳ね上げた。
「きゃうっ!?」
そのままぎゅうっと力一杯抱きしめられ、大樹はどうしていいか分からないまま手足が泳ぐ。
「え、なんで、なんで?
ちょ、ちょっと……!」
「……とりあえず、その人を落ち着かせた方がいいんじゃない?」
明日美は腕を組みながら、愉快そうに口角を上げている。
どう考えても楽しんでいる表情だった。
「えー、コホン。ごめんなさい。
俺……あっと、〝俺〟だとまずいか。
わ、私は……あなたの言う望美さん?
って人じゃありません。
あ、あなたとは初対面なんです。
た、多分……人違いだと……」
大樹はそっと少年の手を取り、丁寧に引き剥がした。
頬はうっすら赤い。
絵に描いたように照れていた。
「え……どういうこと……?
だって、君は望美にしか見えない……」
「望美さんって人が、たまたま私に似ているのかもしれないけど、私は……私は……えっと……」
男の名を名乗れば不審者一直線。
魔法少女名のエアリィはもっとまずい。
大樹は助けを求めるように明日美へ耳打ちした。
「あ、明日美……どうしたらいい?
エアリィはダメだし、大樹なんて絶対ダメだし……」
「そうねぇ。んー……エアリィだから、エア……アリィ……エリィ……エリ……そうだ、絵梨……なんてどう?」
「絵梨……ね。うん、良いんじゃないか。
それいただいた! サンキュッ!」
大樹は、とりあえずは〝絵梨〟という名前を使うことにした。
「えっと、わ、私の名前は……にし……西山絵梨と言って、あなたの言う望美さんって人とは全くの別人です」
「え……西山……絵梨?
そうか……やっぱり……望美は……」
「ごめんなさい……」
大樹が何かをしたということではないため、謝る道理はないのだが少年の落ち込みに同調するように、大樹も悲しそうな顔をして思わず謝ってしまう。
「いや、いいんだ。
こっちこそごめん、こんな見ず知らずの男に抱きつかれて迷惑だったろう?」
「い、いえ、そんなことないです!
そうだ、あなたってどこかの病院の患者さん?
私が連れて行きます」
「あ、ありがとう。
でも、気が付いたらこんな恰好してたし、いつの間にかこんなところに倒れてるし、どこの病院かなんてわからないんだ……」
大樹は少し困ったような顔で明日美の方を見た。
明日美はその少年の着ている病院服を観察すると、病院服の左胸に刺繍されている病院のものと思われるロゴマークに気が付いた。
「この病院のマークは……えっと、中央病院。
雁奥中央病院ね。ほら、ここにロゴマークが書いてある」
明日美は左胸にK・C・Hのアルファベットを組み合わせてデザインしたその病院のマークを指差した。
「あ、ほんとだ」
「じゃ、中央病院まで一緒に行きましょう。えっと……」
「ああ、ごめん、僕の名前は中山……中山明人。
よいしょっ……あっ、痛っ、ううっいててて」
明人という少年はそのまま立ち上がろうとしたが、よほど体に負っている怪我が痛いのだろう、思わず痛みでよろけてしまった。
大樹は咄嗟によろけた明人の肩を支えて、転ばないように抑えた。
「だ、大丈夫? 怪我してるんだから無理しないで。
支えるから」
「ご、ごめん……会ったばかりなのにこんなことしてもらって。その、ありがとう、西山さん……」
「その……私のことは、え、絵梨……でいいよ」
「うん、ありがとう……絵梨ちゃん……なんだか悪い夢を見ていた気がする……」
大樹は明人に触れられると、何故か心臓が高鳴るのを感じていた。
その心臓の高鳴りの正体は、女性になったばかりの大樹には到底わからなかったが、明日美はその様子を見ていて、いまにも噴出して笑ってしまいそうな表情を浮かべていた。
「絵梨、顔真っ赤よ……ふふふっ」
「えっ? う、嘘だろう?」
大樹は明日美の言葉に驚き、掌でぺちぺちと自分の頬を触る。
確かに熱くなっているのがわかる。何故だろうか、長く泣いたせいか、それとも別の理由か、その答えは大樹にはまだわからなかった。
「あ、余計に真っ赤になった。
へぇ、これは……まさかねぇ」
「ふふふ……明日美もそう思った?」
よろよろしながらも、小さい体でがんばって明人を支えている大樹。
後ろからその微笑ましい二人をスピカと明日美は、ニヤニヤとにやけながら、コソコソと大樹と明人に悟られないように話をしていた。
「はぁあ、これだから女の子ってやつぁ……」
コソコソと楽しそうに内緒話をしているスピカと明日美の様子をさらに後ろから見て、呆れているアルデバランの姿があった。
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