宮川さん家の弘樹くんと、世話係の甘党悠人さん

いとい・ひだまり

宮川さん家の弘樹くんと、世話係の甘党悠人さん

 俺の世話係である山田悠人ゆうと。やつの淹れる紅茶は美味い。他の誰かに淹れてもらうのとじゃ全然違う。心も体もこいつのぬくもりで温かくなる……そんな気がする。毎日のティータイムは、俺の癒しの時間だ。……だが、一つだけ問題がある。それは……

「って、お前はまたそんな大量に蜂蜜入れて! 体に悪いぞ。もう三十路だってのに」

 説明するまでもなく、これのことだ。

 昔はもう少しマシだった気がするのだが、近頃――いや、もう3年くらい前からずっと――悠人は糖分を過剰摂取している。こんだけ甘いもん食べといて生活習慣病とかにならないのか心配だし不思議でたまらん。

「おや、心配してくれているのですか? 嬉しいですね。でも大丈夫ですから。坊っちゃんのものには普通の量しか入れていないでしょう?」

「そういうことじゃねえよっ。ていうか、坊っちゃんって言うのやめろって言っただろ。なんか恥ずかしいから。……わざとか⁉︎」

「おっと、これは失礼。本来なら名前で呼ぶ方が失礼なのですが……思春期というやつですか? 弘樹ひろき様」

 悠人はニコーっとからかう気満々の顔で言ってくる。……ちょっと狐に似てるな。

「あーそうだよ。もう何でもいいけど、お前はもうちょっと体を大切にしろ。早死にするぞ」

「私は長生きしますよ」

「糖尿病になったらどうすんの」

「なりませんよ」

「お前なぁ〜」

 俺がまた何か言おうとすると悠人は、するりと俺の指摘から逃れようと会話を逸らす。

「大体私はまだ二十九になったばかりですからね? 勝手に三十路にしないでください。それにせっかくのティータイムなんですから、お説教なんてしていないでお菓子を召し上がってくださいよ。……それとも、お口に合いませんでしたか? 頑張って作ったのですが……」

 う、わ……。こうやって子犬みたいにしゅんとうなだれる悠人を見ていると、なんか胸が痛くなってくる。自分の顔面がいいこと分かってやってる絶対に。でもやっぱり俺はとげとげ出来ないので

「別に不味いワケじゃないよ! おいしい! すっごいおいしい!」

「ならよかったです。弘樹様は何でも美味しく食べてくださるので嬉しいですね。あ、これもどうぞ」

 必死にフォローしたら柔らか〜い笑顔で悠人はそう言った。……上手く話題を逸らされた気がする。ったく、何でこいつはこう話を逸らすのが上手いんだか。いや、俺がそれに乗っちゃってるのが一番の原因なんだろうな。

 溜め息をつきつつ、悠人お手製の甘うまクッキーを齧っていると――コンコンコンとノック音がして、メイドの菊池あいが顔を出す。

「坊っちゃ……弘樹様、ティータイム中に失礼します。山田さん、少しいいですか?」

 そう呼ばれた悠人はカップを置き、席を立つ。

 小声でなにやら話していた二人だったが少し経って悠人が俺に、出て行ってもいいか尋ねてきた。

「ああ、いいぞ。行ってこい甘党やろー」

「野郎は余計です。『坊っちゃん』」

 そうして悠人は淹れたての紅茶を名残惜しそうにしながら部屋を出て行った。

 ……やり返されたなぁ。笑顔で。悠人は何気にああいうところあって、俺とはそれなりに……というか、めちゃくちゃ仲がいいと思っている。兄弟がいない俺にとって、兄ちゃんみたいなもんだ。十も年離れてるけどな。悠人は唯一……ではないけど頼れるし、優しいし面白いし、正直言って大好き。


 悠人がウチに来たのは六年前。俺が十二歳であいつが二十二歳の時。正直初めは堅苦しそうに見えたけど、全然そんなことなかったし、何より顔が良かった。そして俺とよく気が合った。

 悠人とはよく一緒に遊ぶ。ゲームしたり、散歩したり、ゲームしたり、ゲーム……ゲームばっかりしてるな。でも、俺が誘うと毎回「いいよ」って言う。断ったことがない。嫌なことは嫌って言う筈だけど、流石に心配になってきて前に一度、とてつもなく忙しそうな時にワザと遊びに誘ってみた。すると

「すみません、今は立て込んでいて……。あと一時間もすれば片付きますから、少しだけ待っていてくださいますか……?」

 なんて答えるもんだから、俺は言った。すると

「いや、お前、嫌なら嫌って言えよ。俺一回も悠人に断られたことないし、気遣わせてたり断わりにくかったりしないか、今すごい不安なんだぞ!」

「……へ?」

「え?」

 すごーく間抜けな返事が返ってきて何だか肩透かしを食らった気分だった。でもそれと同時に悠人が全然嫌がっていなかったことが判明して嬉しかったのだ。

「たまには断った方がいいんですかね? 二回に一回くらいの頻度で」

「いや、多い多い!」

 なんてやり取りをしたのもいい思い出。


 さて、思い出に耽ったはいいものの……遅いな、あの二人。何してるんだ? ちょっと話してからどっか移動したけど。俺に聞かれちゃマズイ話でもしてんのか? なんか菊も慌ててたっぽいし。

「……悠人ー、紅茶冷めるぞー」

 部屋に置いていかれた俺は独り言を呟く。

「もー何してんだ悠人ー。俺の癒しの時間がー……」

 と、悠人の飲みかけの紅茶が目に入る。少しの好奇心が芽生えた。

 前からちょっと飲んでみたかったんだよな。少しくらい飲んでも、バレないよね? 俺はそっとカップに手を伸ばした。

「うえっへぇ、あんまぁ……っ!」

 想像を絶する甘さで咽せて、しかも口が痛い。自分の好奇心からの行動をちょっと後悔した。こりゃ猫も殺される訳だ。にしてもあいつ、いつもこんなの飲んでるのか。尚更病気にならないか心配になってきた。

 俺が悠人のカップを片手に悶えていると――ガチャ、という音がしてドアが開く。

「えっ悠人? あ、ちょ、違うんだ! これはただの好奇心で、変な意味は無……え、おっちゃん誰?」

 ドアの前に立っていたのは悠人ではなく、どこからどう見ても怪しいおっちゃん。深緑のジャージに頭には手拭いを巻いている。

「え……? あ、ああ、私はこの家に招かれた者だ」

 怪しい男はそう言う。

「でもそれにしちゃ、泥棒みたいなカッコだけど……」

「わっ私は普段からこういう格好なんだ。ファッションだよ、ファッション。それより、お父さんはいないかね? 話があるんだ」

「……父さんの、お客様?」



 ――少し時は遡り、悠人たちは

「山田さん、どうしましょう。やっぱり無いよ、金庫の鍵」

 机の陰などを探していた菊池あいが立ち上がり、困った様子で書斎を見回す。

「参りましたね……。旦那様も持っていないとなると、誰かに盗まれた、もしくは紛失した可能性が」

「はぁー……もう。旦那様がこんな分かりやすいところに出しておくから……」

 菊池は目線を壁に移した。確かに自分の書斎とはいえ、壁に金庫の鍵を掛けておくような人間はそういないだろう。ただ、金庫に入っているのはお金ではなく、幼少期の弘樹から貰った数々の『宝物』なのだが。

 と、廊下から一人の男が顔を出した。

「見つかった? 鍵。こっちはダメ」

「あ、秋さん。こっちもダメだよー……」

 『秋さん』と愛称で呼ばれた彼の名前は秋元はるか。低身長ではあるが宮川家の執事であり、山田悠人とは同い年だ。

「秋も来たし、私は弘樹様の元へ戻ってもいい?」

「山田さん……いいですけど、相変わらず坊っちゃまのこと大好きですね。くふふ」

 菊池がからかう。彼女は暇さえあれば人をおちょくる困り者だ。だが、あほなので

「それは菊もでしょ」

 このように、逆におちょくり返されることの方が多い。

「っな、秋さんだって言えた口じゃないでしょ! 弘樹様のこと大好きなくせにー!」

「もちろん。だって弘樹様はお家柄もいいし、顔もいいし、優しくて勉強も出来てゲームが大好きなところが可愛らしくて、純粋なところも可愛らしくて、真面目に物事に取り組む姿勢が素晴らしくて、ユーモアがあって素直で――」

 ぎゃーぎゃー言っている菊池は可愛いが、逆に弘樹のことをべらべらと話す秋元は若干怖いし菊池にも若干引かれている。

 そんな二人を横目に山田悠人は廊下へと出る。

「じゃ、私は戻るからね」

「あ、はーい。おつかれさまです」

「おつかれ悠人ー」

 菊池と秋元に見送られ、悠人は部屋へと戻っていくのだった。



 ――ドアが開き、今度こそ悠人が顔を出した。

「弘樹様、ただいま戻りました。遅くなって申し訳ありま……」

「あ、悠人、おかえり」

「……失礼ですが、その方は?」

 悠人は不審な顔で怪しい男を見る。俺は彼を案内しようと、ちょうど椅子から立ち上がったところだった。

「父さんのお客様だって。商談に来られたみたいだけど……」

 それを聞いた悠人は一段と不思議な顔をした。予定知らなかったのかな? 普通そんなこと有り得ないけど。でも俺も知らなかったし、急ってことでいいのかな。

「あのぉー……」

 怪しい男が口を開いた。

「お手洗いに行きたいんですが、案内してもらえますか? すみませんねぇ」

「あ、大丈夫ですよ」

「こちらです」


 俺、悠人、男の順に並び廊下を歩いていると、不意に後ろでチャリンという金属音のような音がした。悠人越しでよく見えなかったけど男が何か落としたみたいだ。まあ悠人が拾うだろうと思っていたら案の定で。でも

「落としまし……」

 途中まで発したその言葉は消えていき、悠人は男が落としたものを急いで取り上げる。

「え、悠人? 何して……」

 俺の言葉も無視して次の瞬間、悠人は男に向かい……気付いたら男は地面に押さえ付けられていた。

「こいつ、泥棒です。旦那様の書斎に掛けてあった金庫の鍵を盗んでいます」

 え、何? やっぱこいつ泥棒だったの? てか父さん相変わらず書斎に金庫の鍵掛けてんのかよ。案の定取られてんじゃん。……にしても、悠人カッコよすぎない? さっき何したんだ? 何も分からなかったけど、カッコよすぎないか?

 俺は色々考えながら、男を取り押さえている悠人を見た。

「よし、悠人、警察を呼ぼう」

「ま、待ってくれ! 警察は勘弁してくれ!」

 男は叫ぶ。

「何言ってるんですか。あなたがやったことは立派な犯罪ですよ。不法侵入に窃盗までしてるんですから」

「そ、そうだけど……悪気はなかったんだ! 許してくれ!」

 ……これ、よくアニメとかで見るやつじゃん。この後刑務所でしっかり反省してもらうやつじゃん。

「もしもし、警察ですか?」



「――いやー、今日は災難だったな」

 警察と話し終わって色々やることも済んだ。俺は座っていた庭の階段から立ち上がると背伸びをする。俺の横にいた悠人も、家に入る気配を察して立ち上がった。

「そうですね。それにしても弘樹様にお怪我がなくて本当によかった」

「それは悠人もだろ。でも、びっくりしたよ。いきなり男を捕まえてさ」

「はは、すみません。あまり暴力的なところはお見せしなくなかったのですが……」

 いや、アレそんなに暴力的だったか? ……もしかしてこいつ、俺のことまだ子どもだと思ってる? 俺十九だぞ。

「……でもまあ、カッコよかったよ。ありがとな」

 ちょっとムッとしたところもあるが、他に思ったことを言っておいた。ちょっとしたことで怒ったりしないとこは大人になったもんな。

「おや、そうですか」

 あれ? でも俺の考えバレてる? なんてその笑顔にどきりとしていると、ちょうど木の間から夕日が差して、俺は違う意味で少しドキッとした。やっぱ絵になるな、こいつ。

「……なんですか? そんなに見つめて」

「いや、絵になるなと思って」

「全く……正直ですね、弘樹様は」

「え? それ自分で自分のこと絵になると思ってるって――」

「そういえば」

 あ、また話逸らされた。

「弘樹様、私の紅茶勝手に飲みましたよね?」

「え」

 なんでなんで? なんで知ってんの? なんで分かったの? 怖い! すごく怖い!

「カップの位置が変わっていたので、もしかしてと思いまして。弘樹様には甘すぎたのでは?」

 めっちゃ甘かったわ! とか言おうと思ったのに、俺はそれが出来なかった。だっていきなり顎掬ってきて、唇に親指当ててきて……。動くタイプの親しみある彫刻顔が間近に迫る。

「な、うぅ……」

 あー、めっちゃ楽しそうな顔してる。もうどうしようもない。完全に俺をイジるモードになっている。もう誰にも止められない。……顔がいいのってズルくないか⁉︎

「可愛いですね、赤くなって」

「う、うるさいなっ。夕日のせい! 夕日のせいだよ!」

 こういう時はどうも「お前の顔がいい」とは言えない。余計に恥ずかしくなる。

「ではそういう事にしておきましょう。もう沈んでますが」

「なっ⁉︎」

 誤魔化し失敗した。俺の顔、更に赤くなった気がする……。耳も熱い。

 その数秒後、手を離してくれた悠人は、真っ赤な俺を横目にとても嬉しそうに笑うのだった。




      *




読んでくださりありがとうございます。

2019年に書いたものを発掘してしまいました。加筆などはしたものの、出すつもりなかったんですが、折角だし深夜のテンションに任せて載せてみます。

元々もっと初めの方からBLしてた気もするんですが、こうなりました。これは一体何パーセントくらいBLなんでしょうか? 誰か教えてください。


実は悠人が甘党になった理由(糖分を摂らないと死ぬ)だったり、みんなのプロフィールもあるんですよね。当時はもう少し何かを書く予定で色々設定も練っていたのですが、その『何か』が出てきませんでした。そして六年が経ちました。ありがとう……。

折角なのでみんなのプロフィールも載せておきます。

https://kakuyomu.jp/shared_drafts/MBiOubAtspQc2Espd5lcjPffSyQiapTZ

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