つれづれ短篇集

@AVENUED

白兎を埋める

 学校帰りの少年が自室へのとびらを開けると、見知らぬうさぎが枕のうえで寝ていた。部屋のなかのありとあらゆるものと照らし合わせても際立つほど、真っ白なうさぎだった。

 一体どこからやってきたのだろうか、と少年は思い巡らせ、おそらく自室の窓を締めわすれ、そこから入ってきたのだろうと思い、部屋をぐるっと見渡した。ありとあらゆる窓はすきまなく閉まっているどころか、突き破られたような痕跡すらなかったので、家族のだれかがペットとして飼いはじめたのだろうかとか、知らぬ間に自分の足につきまとってきたのだろうかとか、さまざまな可能性を考慮していくうちにますます混迷して、しばらくの間、その場でじっと固まっていた。思い詰めたのち、母親にこの生き物について訊くのが早いだろうと、母親の元へと駆け寄った。

「おかあさん。へやにうさぎがいるんだけど」

「…うさぎ?」

「うさぎだよ。どこかでもらってきた?」

「何言ってるの。もらってないわよ」

「…いいからちょっときてよ」

 そうして、少年は自分の部屋の扉を開き、枕の方を指差した。母親はその方向に見えたものを見るや否や、思わず目を見開き、両手で口元を隠したのちにしゃがみ込み、ついにはうずくまってしまった。

「どうしたの?」

「…埋めてきなさい」

「うめる?」

「今すぐ庭に埋めてきなさい!今すぐ!」

 母親は少年に対して勢いよく投げつけるようにスコップを渡した。少年はなぜそんなに切迫しているのか、まったく意味がわからず、ただただ呆然としていたので、咄嗟に投げつけられた道具を取り損ね、彼のとなりに置かれていた冷蔵庫にそれは激突した。冷蔵庫にはおおきな疵がついたが、母親はそれどころではないと言わんばかりに「早く埋めてきなさい!」とだけ少年に言い放った。

 しずかないびきをかいて眠っているうさぎを持って外に出て、穴をつくっていった。ぽっかりと開いたその穴が、呑気に眠っているうさぎと同程度の広さになったところで、もう一度持ち上げ、母親に言われるがまま、そのうさぎを穴のなかに納めて、なにもなかったかのようにこしらえた。


 翌日、前日と同じように少年が学校から部屋へと戻ってくると、ベッドのうえでうさぎが眠っていた。あの埋めたうさぎと同じ、白いうさぎだった。

 今度は土をかき出して忍び込んできたのだろうか、と感じ、少年は昨日埋めた庭にのこされた痕跡だけをただ期待して駆け出したが、特にそのようなものはなかった。

 それなら今いるうさぎは、違ううさぎなのかもしれないとどことなく感じた少年は、スコップを持ち出して、掘った場所をもう一度掘り返した。掘っても、掘っても、そのうさぎの白い毛が浮びあがることは一向になかった。

 ともなれば、部屋にいたあのうさぎは前日のあのうさぎと同じうさぎなのだろう、と少年は結論づけた。そうして、うさぎの処遇について考えていたが、前日の母親の怒涛さを思い出しては怖気ついていたため、結局、少年は昨日と同じように、今日も埋めに行くことにした。

 うさぎは眠りから覚醒め、少年をただじっと見つめていた。少年は遅かったか、とばつが悪そうにしつつも、うさぎを前日と同じように抱え込もうとした。

〈わたしのことを埋めようと思っているんでしょ〉

「おかあさんに言われたんだから、しょうがないじゃん」

〈埋めたいなら、埋めればいいよ〉

 うさぎに言われるがまま、少年は埋めるためだけにうさぎを腕のなかへと持ち寄せた。うさぎは腕のなかでもぞもぞとして、あまり落ち着きがない。

〈そのまえにおねがいしたいのだけど、なにか食べるものはない?お腹がすいていてしかたがないから〉

「しるか。うさぎのくせに。わがまま言うなよ」

 うさぎはその応答を無視し、少年の腕のなかから飛び出て、かばんのなかへと入り込んだ。がさがさと音を立てながらかばんを漁っているさまを見て、このうさぎは実に厄介物であると、少年は眉間にしわを寄せながら思っていた。

〈これとか美味しそうじゃん〉

 うさぎはそう言い、少年のかばんのなかから、まるで機能しているとは思えないクリアファイルにくるめられた紙の束を引っ張り出してきた。少年はなにを馬鹿なことを言っているのかという調子で、うさぎのその様を眺めていた。

「は?まずいにきまってんじゃん。なにいってんだよ」

 そのことばとは裏腹に、うさぎはすでに紙の束にかじりついていた。それから、紙という紙をたらふく食べて、クリアファイルすらのこすことなく、完食した。

〈そんなことないけど?〉

 少年は何気ない調子でそのように話したうさぎを、呆気にとられた様子でただ眺めていた。しかし、次第に、あんなにも煩わしく、使いものにならない紙をのこさず食べてくれたうさぎに対して、こいつはきっとよい掃除道具になってくれるだろうと思いはじめ、うさぎに対して段々と親密さを覚えはじめた。

「おまえ、まだはらはへってるのか?」

〈そんなに。でもまだご馳走があるなら、いただくよ〉

「じゃあこれやるよ」

〈なにをくれるの?〉

「ただのしゅくだい」

 少年は何枚かの紙をぽいとうさぎに投げた。ひらひらと舞ったその紙をキャッチしたのち、美味しそうにむさぼっているうさぎを見るなり、なんだかんだ言ってかわいいやつだと感じはじめた少年は、母親に隠れて、このうさぎを自室で飼いたいと感じていた。そのようなことを思うたびに、少年の脳裏にはひどく取り乱していた母親のあの形相が思い浮かぶので、飼うなら飼うで隠し通さなければならないという使命を常に感じていた。

「おまえさ、きょうからベッドのしたですごしてくれない?」

〈え?〉

「ベッドのした。おかあさんにばれたらよくないから」

〈埋めるんじゃなかったの?〉

「やめた」

〈なんで?〉

「いらんもの、おいしそうにくうから。これからはここに住め」

 美味しい紙を食べながら、うさぎは了承した。


 男はいつも通り、灰のような白い自室のなかで目を醒ました。部屋はずいぶんとさっぱりとしており、あるものは眠り起きるためのベッドのみで、それがこの部屋にある唯一のものだった。

 男はベッドのしたに住んでいる相棒の様子を目にした。相棒のやせ細り具合が最近気がかりなので、どうにかして食べ物を調達せねばならないと男は強く感じていた。そのため、彼は相棒を引き連れて、久々に家の外へと出た。家のなかも部屋と同様に、もぬけの殻だった。

 外へ出ると、雪が降っていた。家が埋まりそうになるぐらいの勢いで降っていた。こんな有様では、せいぜい雪ぐらいしか食い物がないよなあ、と男は思い、積もった雪をすくい上げ、相棒に与えた。

「食え」

 相棒は言われるがまま、もぐもぐと雪を食べるが、進みは遅かった。

〈…あんまり美味しくないね〉

「わがまま言うなよ」

 男はため息をついた。

「…散々、ものを食ってきたもんなあ」

 そうして、男はもう一度、雪をすくい上げた。

〈それにしても、ずいぶんと変わったよねえ。まるで仙人みたい〉

「…仙人?」

〈いや、仙人とは違うかなあ、なんだろう?…鉄くず?…いや違うか……くしゃくしゃになった紙?…いや違うなあ……〉

 相棒はそのような様子で、男に似ていそうなものの名を次々と考えては挙げていった。砂ぼこり、空き缶、シャープペンシルの芯、割れたCD…色々挙げていき、骸骨?と発したところで間髪を容れずに男は答えた。

「おまえ、その様子だと、自分の姿を見たことが無いみたいだな」

〈…自分の姿?どういうこと?〉

「最後に俺が自分の姿を見たのもだいぶ前だけど……その時はおまえにいちばん似ていると思ったよ」

〈…え?〉

 相棒が男の方を振り向くと、男は雪を食べていた。

「おまえの言う通りだな。こりゃあまずい」

 相棒はその男の姿を見て、昔、自分自身に似ているものの名を、その男から言われていたことを思い出した。しかし、肝心のその名どころか、姿かたちがどうにも思い出せない。そのなにかを思い浮かべると、かつて食べたことがあるような気にすらさせられるが、味も同様に思い出せない。

〈昔、わたしのこと、べつの名前で呼んでいたことってなかったっけ?〉

「…は?おまえはだよ。それ以外になにがあるんだ?」

〈なんか、昔は違う名前で呼んでいたような気がするなって思って〉

「…もしそうなら、俺の覚えが悪いんだろうな」

 雪はその間も積もっていき、男と相棒が住んでいた家は完全に埋まった。その様を見た男は、もうなにもないところにいるのもどうしようもないからな、と考えた。

「…これからは、雪のなかで暮らさないか?」

〈家はどうするの?〉

「あんなところ居たって、しょうがないだろ。なにもないんだから」

〈…でも、雪のなかでどうやって暮らすの?〉

「掘るんだよ」

〈…掘る?〉

「地面を掘って、そのなかで暮らすんだよ」

 そう言い、男は雪が降り積もった地面をかき分け、穴を掘っていった。それを見様見真似で、相棒も穴を掘っていった。やがて、男と相棒がすっぽりと入れるぐらいの穴ができ、男はその穴のなかに入っていった。

「思った以上に、心地いいな」

 相棒も、男につられる形で入っていった。

〈…わたしばかりで、さみしくないの?〉

「なに言ってるんだよ。ほかになにがあるんだ。おまえ以外にあるものといえば、もう雪ぐらいしかないぞ?」

〈なんでなくなってしまったんだろうねえ〉

 男は少し考え込んだ。

「…俺とおまえで、食っていったからだろうなあ」

 雪は強くなっていた。それらはその穴ぐらのなかで誰にも知られることのないささやかな会話を交わしていったのち、積もりに積もった雪に埋められてひとつになった。

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