ショジョの奇妙な冒険

鬼柳シン

ショーン・ジョーリアン、第三王子に会う

 私の名前はショーン・ジョーリアン。

 代々回復魔術に優れた子爵家の長女であり、つい数日前まで公爵家嫡男の婚約者だった。


 過去形で語らなければならない現実に、未だ心が追いついていない。


「ケッ! あのルックスがイケメンなだけの相手に嫁ぐだけでも嫌でしたのに、あの男ときたら、初夜の前にカワユイ女の子とイチャイチャしていたんですもの!」


 今思い出してもムカッ腹が立つ。婚約者の屋敷で迎えるはずだった初夜の日は、白いドレスに身を包み、髪を整え、イイコチャンぶって廊下を歩いていた。


 緊張はあった。けれど、不安はなかった。少なくとも、その扉の前に立つまでは。


 忘れもしない。扉の向こうから聞こえたのは、知りもしない女の声だったのだ。同時に婚約者の口から聞こえる甘く、粘つくようで、はっきりと私に向けられたものではない声。


 ――なにをやってんだああああああ!!


 そう冷静に怒鳴り散らそうとした。

 ここは、私たちが夫婦になる部屋なのだから。



 しかし「プッツン」した私の頭の中は真っ白になり、考えるよりも先に、体が動いた。


 扉を開けた瞬間の光景は、今も鮮明に焼き付いている。


 乱れた寝台。私ではない売女。そして、私を見て露わになった、婚約者の「オイオイオイオイオイ」といった苛立ちと焦りの混じった顔。


 私の「殴り殺してやるッ! このド畜生がァーーーーーーーッ」という自分の物とは思えない怒りに満ちた声。


 謝罪はなかった。言い訳すらなかった。


 いや、ごめんあそばせ。正直覚えておりません。記憶にございませんってやつだわ。


 確かに覚えているのは、攻撃魔術をエンチャントした拳で彼の顔面を殴ったこと。そのまま親指を目の奥に突っ込んで殴りぬけたこと。

 子爵領での生活で体に染み付いた、回復魔術式ブースボクシングの技巧だけははっきりと覚えていますわ。それと、あの男の泣きながらの台詞も覚えていました。


「この汚らしい低級貴族がぁぁ!!!」


 そういえば、あの男の声が屋敷中にやけに大きく響いたわね。

 そのせいで家長であらせられる公爵様がやってくるまで殴るのをやめなかった私は取り押さえられ、


「夫婦たるもの喧嘩の一つもするだろう! しかしショーン! 今のは抵抗もできなくなった我が息子を一方的に殴っていたように見えた!! 淑女にあるまじき行為だ!!」


 私は必死に弁明しましたけど、「だーっとれぃ! 言い訳不要! 二人とも違う部屋で過ごすように! あとで二人とも罰を与える!!」


 この時点で、結果は決まっていたんじゃあないかな。

 意外と強い自分の記憶力に驚きつつ、その後は「淑女にあるまじき暴力行為」を働いたとして、婚約は破棄された。


 浮気について追及されることは、最後までなかった。というより夫は「あまりに酷い殴られ方だったので喋ることもできずに頷くしかなかった」そうだ。


 公爵家とは、そういう場所なんだろう。正しさよりも、体面が優先される。


 しかし何より私の気が参っちまっている理由は、この話を聞いて怒り心頭の父親だった。


 まさに今、生家へ戻った私に向けて、父は怒声を放つ。


「このダボが!! よりにもよって、公爵家との縁談を潰してんじゃあない! 我が家の”白魔術”は王族のために使われてきたもの!! それを貴様! 公爵家の嫡男に向けて”攻撃”として使ったわけではあるまいな!!」


 私は何も言えなかった。言葉にしても、聞かれることはないと分かっていたからだ。


「図星だろう? ズバリ当たってしまったか……なァーーーーッ!? ケッ! 考えていることくらいお見通しなんだよマヌケが! とっとと次の相手を見つけられないのか、このヌケサクが!!」

「……そうは言われましても、今の私に出会いの場なんてありまして?」

「質問を質問で返すなあーっ!! 疑問文には疑問文で答えろと子爵領で教えているのか? わたしが『見つけられないのか』と聞いているんだッ! だが! その答えはあるッ! すでに王都の夜会をセッティングしてやった!!」


 ダブルショック! 父の怒りなんかよりも、もっと面倒な出来事に、私の口癖が出てしまった。


「やれやれだわ」


 こうして、私の「進むべき真実への道」は決まった。


 私は、再び王都の夜会に立つことになったのだ。


 時が加速したように出来事が過ぎ去っていき、気付けば豪奢なシャンデリアが輝き、香水の甘い香りが漂う夜会の場にいた。


 豪華絢爛な会場で、人々は笑い、踊り、未来を語る。


 視界の端ではウェイトレスが「お飲み物をどうぞ」と、四つのワイングラスを運ぶ姿に、


「おい! なんの真似だこりゃあ!! ワイングラスが”四つ”じゃあねぇか!! この俺に死ねっつぅーのか!!?」


 と、正しいと思った真実を語る者もいた。 


 けれど、私に向けられる視線に、好意的なものはない。噂は、すでに広まっているのだ。

 私の方から話しかけに行っても、


「なんだぁぁ!!? 婚約者を殴ったアバズレ令嬢がよぉぉ!! 媚びを売ってんじゃあない!!」


 とか


「オレのそばに近寄るなああーーーーーーーーーッ」


 とか、そんなものばっかりだ。声をかけられることはない。


 あくまで私は話しかけられたら「対応」しようとしている。それが身体に”こびりついている”。才能では優れたものかもしれないが、こびりついた「正当なる対話」では、男を落とすことはできない。


 社交界で受け身の淑女は必要なし、ということだ。


 そもそも避けられているので、私はいつの間にか、壁際に立っていた。


 誰とも踊らず、誰とも語らず。ただ、時間が過ぎるのを待つだけ。

 淑女と紳士の間での壁の花となり、夜会が終わるまで立ち尽くすのだ。そして、帰りたいと思っても帰れないので、そのうち、私は考えるのを辞……


「まあ、あれが例の暴力を働いたとかいう方かしら?」

「マヌケッ! そんなの一目でわかるわーっ気持ち悪いーっ」

「怖いですわね、殴る令嬢なんて」

「殴るだけしか能のない女が他にいるかスカタン! 客観的に他人を見れねーのか!」


 と、囁きながら寄ってくる女どもがいる。わざと聞こえる距離で交わされるグッドな内容に敬意を表しつつ、顔を上げれば彼女たちの身分が知れた。


 私の前に現れたのは、夜会会場でも特に爵位の高い令嬢たちだった。

 扇子で口元を隠しながら、にこやかに笑う。


「ショーン様、次はハンサムな顔を殴っても大丈夫なタフなお相手が見つかるといいですわね」


 胸の奥で、「やかましいッ! うっおとしいぜッ!!」と怒鳴る自分を抑えながら、私は、「ご心配なく」と、敬意を忘れず丁寧に申し出た。


「ハッ! 殊勝なことね! ではあなた、ワタクシたちの後輩として、ニックネームでも付けてあげますわ! 本名はなんでしたかしら?」

「はい……ジョーリアン子爵令嬢、ショーン・ジョーリアンと申します」

「ショーにジョですわね……では今日からあなたを『ショジョ』って呼んであげますわ!」


 散々笑いものにされ、それでも言い寄ってくる売女どもに口癖が出そうになっていると、一人がとあることを口にした。


「こんな腰抜けしかいないとなりますと、高名な回復魔術師を輩出してきたジョーリアン子爵家の”白魔術”とやらもたかが知れていましてよ!」



「――おい、アンタ今、この私の白魔術のことなんて言いまして!?」


 その瞬間、空気が凍りついた。その沈黙を破ったのは、私の白魔術をエンチャントした拳でぶっ飛んだ、伯爵令嬢の悲鳴だった。


 しかし、そんなもの耳に入らない。完全にブチ切れた私は、伯爵令嬢の顔を踏みつける。


「この私の白魔術にケチ付けてムカつかせた奴は、何者でしょうと容赦しませんことよ! この私の白魔術が開幕婚約破棄される理由付けとして適当に付けられたモノですってぇ!!?」

「そ、そんなこと言ってな……」

「確かに聞こえましてよ!!」


 まったく、やれやれだわ。爵位が上の相手を攻撃してしまいしてよ。

 お咎めで済めばいいのですけど……と、ぶん殴った相手の傷を中途半端に治してやっていると、背後から声が聞こえた。


「今の白魔術――! グレートですよ、こいつは」


 声に振り返ると、気品を感じさせるスーツを着こなした、柔らかな金髪の青年が立っていた。ルックスもイケメンだ。


 控えめな装いだが、立ち居振る舞いには隠しきれない品がある。そんな方が、私へと語り掛けた。


「あなたの「覚悟」は、登りゆく朝日よりも明るい輝きで夜会を照らしている。そして私がこれから『向かうべき正しい選択』をもッ!」


 令嬢たちの顔色が変わる。


 この凄みを感じさせる物言いは、他の誰でもない第三王子殿下だ。


「失礼、私は今夜は、ただの客人として来ている。名はレオンだ。よろしくお願い申し上げます」


 彼はそう言って、私に手を差し出した。


「壁に咲く花を、そのままにしておくのは惜しい。踊ってくれないか」


 断る理由はなかった。手を取り、踊りながら、彼は私に問いかけた。


「いいんですの? 私なんかを気にしていて。第三王子ともあろう方の”たどり着く真実”に曇りが見えましてよ?」

「……わたしは「結果」だけを求めてはいない。「結果」だけを求めていると、人は近道をしたがるものだ。近道をした時、真実を見失うかもしれない。やる気もしだいに失せていくだろう――今はこれだけ返しておくよ」

「そう、一味違うのね……」


 曲が終わり、彼は私の前に立った。


「ショーン・ジョーリン。いや、ショジョ、君に求婚する」


 途端に夜会が静まり返った。


「君は、自分の尊厳を守った。それを恥じる必要はない。さぁ”祝福”しろ。”結婚”にはそれが必要だ」


 胸が、苦しいほどに鳴った。自分を知れ、ショーン。こんなオイシイ話が、あると思うのか?


 NO! NO! NO! つまり、自分で確かめなくてはならないだろう。


「……ところで、私は伯爵令嬢どころか公爵嫡男までぶちのめしちまっている女なんですが、それでもって言うんですの?」


「ああ。私は、そんな君を妻に迎えたい」


 周囲から「おまえ何やってるんだーーッ「求婚」はともかく理由を言えーーーッ」と聞こえてくるが、私は深く息を吸い、答えた。


「……あなたをぶん殴ることもありますが、それでも? 質問に答えていただきたい。私は将来あなたを「殴るかもしれない」と言った。あなたはその未来に対して「決断」を下したのか、それとも一時の気の迷いなのか……私を「納得」させてほしい。「納得」はなによりも優先されるッ!」


 彼は笑うことなく、理路整然としながらペコリと頭を下げ、こう言った。


「我が心と行動に一点の曇りなし…………!  全てが『正義』だ」


 その言葉に、私は初めて心から笑った。


 壁の花だった私に、王子は手を伸ばした。それで、十分だったというのに、やれやれだわ。


「興奮してきたわ……服を脱ぎなさい」


 こうして私は、第三王子の妃となり、二度と、拳を振るう必要のない人生を手に入れた。


 ――少なくとも、彼の隣では。



 ####作者より#####


 クリスマスの性の六時間に執筆し投稿しました。本当は「サイレント・ヴィッチ」も書きたかったんですが、間に合いませんでした。ごめんなさい。

 こっちじゃなくて、今投稿している方とか、これから投稿する方を読んで評価していただけると幸いです。


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