僕の劇団にようこそ

沈黙静寂

第1話

 「いらっしゃいませー……」つい先日公演を終えたばかりの私は劇団のグッズ販売を兼ねた土産屋で肩肘を付いて欠伸した。衝動的に飛び降りても察知される確率の方が低そうな寂れた駅のホームに隣接する商店街、砂利道に挟まれた金物屋と大衆食堂が客足との距離を憂う中、最前に並ぶ小道具を模倣した看板型のキーホルダーや登場人物を描いた指人形、稽古の様子を収録した小冊子等を舞台装置に、葡萄汁や桔梗信玄餅といった地域の名物を売る役まで背負った。上演三日以内であれば余裕ある町民が小銭と感想、時に批評を落としてくれるのだが人口に比例して大したことの無い売上は食料品も例外ではない。

 賞味期限切れの物は持ち帰って良いとのことで割の良さを覚えて仕事を続けているが、いつまでこの町は成立するのだろうか。他に娯楽が無く由緒ある寺社の類も消滅したことから、私の劇団が地域文化の最後の砦になっており、実際に偶に中堅メディアから取材や企画の依頼が来る。血気盛んな若娘が何故上京しないのかと疑問符を受ける度、宵越しの茶のような濁りが浮かぶけれど、何も知らない少年少女の吐く「面白かった」の一言より甘い台詞は無いからだろう。

 「昨日塗ったアンチエイリアシングクリームのお陰か肌の光沢が甦ったわ」「わたしの深層学習美容液も試す?昨日から二割引で損したのだけど」裏手に隠れ手鏡のような造形の前で騒ぐ彼女達は劇団員の日向ひなた真冬まふゆ、店の仕入れや清掃、私が不在の際の販売を手伝ってくれる。幼稚園から付き合いがあり町の中では仲の良い方だが創る活動に集中したい私は鋭角三角形の尖点、住人達も気を遣って急な門戸を叩くことは無い。第一流行りの整形効果系や関係可視化系の技術の何が良いのか全く分からず、距離を置いて三十年前と同じ空気に「幾らしたのそれ」と吐けば「四万円」「小遣い全部使い切っちゃった」餌の放たれた鯉のように調子の良い日向と冷めたカップラーメンのような態度の真冬に「馬鹿じゃないの。バイト代何日分よ」二十箱分の餅で喉が詰まるような感覚を覚える。無形の物ばかり価値が膨らむ、罅割れそうな皮膜に貼り付けない私が異端であることを確認した。

 「碌な技術班も居ないのに良く演るわ。団員総出の徹夜で完成したけどさ。昔から無茶が多いんだよ」年齢に見合わず頑迷な私への反撃は確と受け取り「不味い、聞こえているよ」日向の指摘にあぁ分かってるって、小道具担当の若造が吐き捨てる。含まれた悪意は捨象するとして実際に演出技術は喫緊の課題ではある。狭苦しい公民館で演る以上限界があるとは言え、修学旅行で持ち帰る木刀やオンオフ程度の照明制御から抜けない現状はどうにかしたい。元々本劇団は私が高校時代に真冬と共に立ち上げ、程無く日向が加わり彼女の渉外力から拡大の一途を辿った経緯があり、県境さえ視界から外れた町の評判を糧に奇跡的にモラトリアムが続いてきた。電車で一時間掛かる通学先でも演劇研究会は存在するが、距離がある上に見掛け倒しの活動規模を受けて拠点に変更の余地は無かった。

 「次の公演、どんな話にするの」配慮した真冬が灰のように垂らした髪を戻しレジに寄り掛かる。何も考えていない日向と対照的に何にも執着が無いように見える真冬が作品性への拘りを隠し持つのは、無人の教室に残り図画工作の課題に取り組む姿を覗いた時から分かっていた。「これまでの活動を踏まえた記念碑的な作品にする予定」細部を語るとあり得た熱意が霧散してしまうので避けるとふぅん、適当な相槌を打った後で「わたし東京で仕事探し中なんだ。超曲面系の製品開発に挑戦したいなって」衝撃的だと思いたかった事実を浮かべる青瞳に吸い込まれる。「おいおい何の話?」首を傾げる日向も脳内を弄り出せば同じ色に染まっているのだろう。

 卒業式まで残り一年、善意だけで積み上げてきた人間関係に不可抗力の罅が入った。脚本は幾らでもあるのに足りないのは予算と時間と技術、つまり全てではないか。消費期限の無いキーホルダーを指先に絡め取り、都市部に出れば打ち砕かれる幻想を最後に届けようと思った。


 「お越し頂き有難うございます。本日は演劇『僕の劇団にようこそ』の上演日となります。十六時より上演開始となりますので是非お席に着いてお待ちください」案内役の真冬が対峙する観客席には子連れの主婦と暇を持て余した老人達、社交場と化した病院のような光景は日常と変わらず、働き手にこそ見て欲しい内容なのだけどと指を噛む。

 「時間になりました。それでは計算資本主義の迎える貧相な運命をどうぞご堪能ください」真冬の指差す上手から登場する主人公は私、約五年活動してきて初めての試みとなる。当初は例に漏れず脚本と監督に徹する予定だったが、私でなければ演じる意味が無いことを真冬と相談する中で判断した。話の筋はある日社会の物質に対する価値観が再現性の高低を問わず均質化し、無用な物でも売れるようになった結果劇団の代表を務めていた主人公が塵に等しい商品販売に手を出し、最後に超自然的な返り討ちに見舞われる暗黒郷を描いたものだ。主人公の至る結末には自縄自縛以上に特定の時代的文脈が生んだ必然の悲劇を感じ、闊達に展開する少女のビジネスも視えざる掌上の踊りに過ぎないと広く解釈可能だ。

「幸福度増幅プラグインは如何でしょうか」本作には誇大広告される技術的恩恵に相対した懐疑が含まれ、技術の為の技術に価値があるとは思えないし、電気遊びしか出来ない技術者や技術職出身のSF作家が幅を利かせている現状は改めて然るべきだと思う。廃材手前の機材を工面し最低限の演出を成立させたのも意図的であり、内輪でしか通じない表現とその現象に価値があると信じた。勿論東京の一等地に生まれたら人生に立ち塞がる壁は飛箱数段で済んだだろうし、こんな小汚い会場で満足することは無いかもしれないが、教室から拡張された視野で覗けば金を稼ぐ行為が全てではないし、都会の喧噪を嫌う人間には安易な裏切りの無い環境の方が向いていると自覚する。

「どうしてこの町を抜けるの?」物語中盤、日向演じる女性Bが急遽劇団から離れると言う。「新しい挑戦がしたくてさ」潰れた柚子のように笑う彼女に資金ならあると引き止めるが「お金の問題じゃないの」一蹴して以後振り返らない。「この町には僕等の劇団が必要だ。君も残ってくれるだろ?」練習通り立ち竦む役者に詰めれば「……わたしも合わなかったみたい」女性Cの皮を被る真冬が無言の熱を籠めた態度で去る。十年来の時を過ごした彼女達はそれ以上の付き合いではなく、変われない私を置いて消えた。

「あいつ等に復讐してやろう」追い詰められた主人公は資金を元に失踪した彼女達を追跡し運命を狂わせる工作に出るが、不条理に発生した価値の再消去により陰謀は瓦解し殺意の香りを嗅ぎ付けた真冬に刃を突き立てられ世界は暗転する。陥り得る未来を描いた自省録が終演を迎え、今回は市を跨いだ広報活動相俟って満席の客席から溢れる程の拍手と歓声が舞い上がる。これで良かったんだよね、再び上がる緞帳の下で寂しそうに笑う日向と真冬を見詰めて思った。

「まだ低俗な遊戯に耽るとはね」瞬間、霊性レシーバーを使われたのか深層心理に直接波打つような声が聞こえた。予感する観客席からは発生源が消えており、左右を確かめるが二人共違和の無い表情で前を見ていた。気のせいかと紛らわせた左胸心は不安障害を超えた鼓動を訴え、私は作品を棄てるように走り出した。機械的霊感を受けた記者のような覚醒感だった。私は何をやっているのだろう。何時まで貧乏症を続けるのだろう。観衆の詰問を躱し興奮冷めやらぬまま、翌日出発の新幹線のチケットを買った。結局、一縷の迷いが残っていたのだと思う。

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