花のようなる秀頼さまを 鬼のようなる真田がつれて のきものきたりカリフォルニアへ
阿弥陀乃トンマージ
新大陸へ
慶長20年(1615年)、徳川幕府と豊臣家の間で戦が勃発した。『大坂夏の陣』である。5月7日、この戦乱の一連の戦いで最後の戦いである『天王寺・岡山の戦い』が行われた。
大坂方、いわゆる豊臣方の大将の一人、
「ふう……」
信繫は戦場付近の安居神社の境内にある大木にもたれかかっていた。連日の激戦の結果、齢五十近い体はもうボロボロであった。そこに物音が聴こえる。
「……ガチャ、ガチャ……」
鎧の鳴る音である。ややぼうっとしていた信繫は、緊張感のある顔つきに戻った。
「……」
信繫はゆっくりと半身を起こし、音の鳴る方に鋭い視線を向けた。そこには数人の部下を連れた鎧武者の姿があった。鎧武者は信繫を見ると一瞬戸惑ったが、すぐに腰の刀を抜き、刃を信繫に向けて問う。
「……大坂方だな?」
「如何にも」
信繫は笑みを浮かべて頷く。
「名のある将とお見受けする……名前は?」
「……まずはご自分が名乗るのが礼儀であろう」
信繫の言葉に鎧武者が居ずまいを正し、やや間を置いてから口を開く。
「……越前松平家鉄砲組頭、西尾甚左衛門宗次と申す」
「ふむ……」
「!」
信繫がゆっくりと立ち上がる。西尾とその部下たちに緊張が走る。信繫もやや間を置いてから口を開く。どこか悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「……豊臣家家臣改め信州浪人、真田左衛門佐信繫と申す」
「!? さ、真田!?」
信繫は右手を手刀の形にして、自身の首をトントンと叩いて呟く。
「この首を手柄にされるが良い」
「むう……」
「……」
「………」
「…………」
信繫と西尾たちが対峙する。西尾の部下たちが命令を求め、遠慮気味ではあるが、西尾に視線を向ける。西尾は二度三度小さく頷いてから、口を開く。
「包囲しろ……!」
「はっ……」
西尾の命に従い、部下たちが槍を構えながら、信繫と大木を包囲する。
「鉄砲で滅多撃ちされるものかと思うたが……」
「ここまで相手と接近してしまっては、かえって役にはたちません。ここは武士らしく、刀槍でもって、お命を頂戴いたす……!」
冗談めかした信繫の言葉に対し、西尾は淡々と説明する。
「ふむ、ことここに至っても冷静であられる……」
信繫は感心したように呟く。
「……お覚悟を!」
「そんなもの、とうに出来ておるわ……!」
「むっ!?」
信繫は突如大声を発した為、西尾は面食らう。
「はあ……ちぃ……うぐぅ……」
信繫は大きなため息を吐いた後、舌打ちをして、唇をかみしめる。
覚悟ならばとうに出来ていた。この大坂の夏の陣、開戦前に徳川幕府方の巧みな交渉によって、大坂の城の周囲に張りめぐらされていた堀が全て埋め立てられ、さらに城の本丸を残し、二の丸、三の丸も取り壊されていた。”三国一”とも謳われた天下の名城、大坂城がほとんど丸裸の状態になってしまったのだ。
上手い戦運びというものは、戦いの始まる前に、大方の決着が既についているというもの。つまりこれは徳川方の作戦勝ちである。豊臣方としては、後は豊臣家の御家存続をどうにか模索しつつ、出来る限り有利な条件で和議を結ぶという段階であったが、交渉は失敗。開戦は不可避となった。
とはいえ、丸裸の城では籠城など到底不可能。信繫ら浪人衆は野戦で勝機を見出すしかなくなった。だが、勝算が皆無だったわけではない。信繫らは豊臣家の総大将、豊臣秀頼の出馬を願った。先の天下人、豊臣秀吉の忘れ形見が戦場に姿を現せば、味方の士気はまさに天を衝くほど上がり、逆に敵方の気勢を挫くには十分過ぎるであろうと考えたからだ。
しかし、結果として、秀頼は出てこなかった。大坂城の本丸に籠ったままだった。秀頼の母君である茶々が我が子可愛さに出陣の許可を出さなかったのではないかとか、秀頼自身が単に怖気づいてしまったのではないかとか、様々な情報が戦場を駆け巡ったが、とにもかくにも、用意していた切り札は不発に終わった。
後は野戦で以て、劣勢を覆すより他なかったが、大坂方に集結した浪人たちの中でもっとも大物で、戦でも勇猛果敢に働いていた後藤又兵衛が、前日に討ち死にしていた。豊臣家の若き俊英で、秀頼からの信頼も厚かったという木村重成も同じ日に討ち死にした。
「ふう……」
信繁は空を仰いで、ため息をつく。もはや諦めの境地に達していた。噛んだ唇からは血がしたたり落ちている。
「…………」
西尾が槍を構えている部下たちに命令をかけようとしている。信繁を包囲する円が段々と狭まってきている。
「や……!」
「はあっ!」
「ぐわあっ!?」
西尾が命令を下そうとした瞬間、大木の上の方から黒く小さい物体が飛び、西尾の部下たちの腕や太ももに突き刺さる。刺さったのは棒状の手裏剣であった。西尾は木の上に影を認める。
「乱破か!」
「おおい、こっちだ!」
乱破と呼ばれた小柄な男が、明後日の方向を見て大声を上げる。
「! マズい! 援軍を呼びおったか! ここは退くぞ!」
西尾の脳裏に、先ほどまで幕府方を散々苦しめた真田の軍勢の存在が思い浮かんだ。実際は既に壊滅しているのだが、彼のところにはそのような詳報はまだ届いてはいない。よって、撤退を命じるという判断を下すの無理からぬことであった。西尾たちをしばらく睨んでいた信繫は、彼らが境内から離れると、木の上に声をかける。
「……佐助か」
「……九死に一生でございましたな」
木の上からするすると男が降りてきた。この男は
「おのれ、生きておったか、しぶといやつめ」
「その言葉、そっくりそのまま、殿にお返しいたします」
「こいつ……」
「ふふっ……」
信繫と佐助は軽口を叩き合って笑い合う。やや間を置いてから、信繫が真顔になって尋ねる。
「……海はどうか?」
「……良い知らせと悪い知らせがございます」
「なんだそれは……」
佐助の妙な物言いに、信繫は苦笑する。
「どちらからお知らせいたしましょうか?」
「……悪い知らせから聞こうか」
「はっ、大阪湾の方でも徳川の目が光っております」
「むう、流石に抜け目がないのう……島津とは裏で話がついておったのに……加護島へ向かうのは難しいか……」
信繫は顔をしかめる。
「……………」
「……良い知らせとは?」
「……南蛮船が一艘ございました」
「南蛮船が?」
「はい」
佐助が頷く。信繫がハッとした表情になる。
「……そうか! 秀頼さまを船に乗せてくれるというのだな!?」
「交渉はしてみましたが、不首尾に終わりました……」
「! そ、そうか……」
「はい……」
「……それのどこが良い知らせなのだ……!?」
信繫が苛立つ。
「……このようなものを譲り受けまして……」
佐助が指を鳴らすと、大きな白い物体を乗せた荷車が境内に現れる。荷車を押していた大柄な男二人の他に、一人の南蛮人がいた。
「な、なんだこれは……?」
信繫が物体を見上げながら困惑する。大の大人数人分の大きさだったからである。佐助が告げる。
「……”卵”でございます」
「卵!?」
「ええ」
「な、なんの卵だ? このような大きな鳥がいるとは、見たことも聞いたこともないぞ?」
「……まもなくお分かりになられるかと」
「うん? ……あっ!?」
信繫が卵に目をやると、卵が今まさに割れんとするところであった。
「……オギャアア!」
「うわあっ!? あ、赤いトカゲ?」
信繫が思わず尻餅をつく。卵の中から、赤い体色のトカゲのような生き物が、叫び声とともに顔を出してきたからである。
「ドラゴン……」
南蛮人が呟く。信繫が目を細める。
「どらごん……?」
「南蛮の竜だそうです」
佐助が補足する。
「りゅ、竜!? 実在したのか!?」
「そのようですね」
「……伝え聞くのとは随分と違うのう……」
「ええ、まったく……」
体勢を立て直した信繫がドラゴンをまじまじと観察する。
「四本の太い足……大きな口と牙……そして……翼!」
「ええ……」
信繫が佐助を見て、ニヤリと笑う。佐助も微笑みで応える。
「こいつで大坂を脱するぞ! 秀頼さまを連れて!」
「これ以上ない奇想天外な策かと」
「よしっ!」
「オギャ?」
「オウ……」
信繫は木の近くに突き立てていた十文字槍を手に取って、ドラゴンに颯爽と跨る。ドラゴンはそれを嫌がる素振りを見せなかった。南蛮人は目を丸くする。
「行くぞ、竜! ……なんだか味気ないのう。こいつの名前、どうするかのう?」
信繫が尋ねる。佐助が南蛮人に話しかける。
「~~~?」
「~~~? ~~~」
「~~~……」
佐助が信繫の方に向き直る。
「何を話した?」
「母親の名前は”ルキア”だったそうです」
「るきあ? どういう意味だ?」
「光だそうです」
「光か……気に入った! だが、るで始まり、あで終わるというのは日本ではなんとも馴染みが薄いのう……よし、そなたの名前はユキムラじゃ!」
「! オギャ、オギャ!」
信繫の言葉にドラゴンは嬉しそうにする。
「ははっ! なんじゃなんじゃ、上機嫌じゃのう!」
「~~~~~……」
「~~~? なるほど……」
南蛮人に耳打ちされた佐助が頷く。信繫が問う。
「いかがした?」
「ドラゴンは卵からかえって初めてみたものを自らの親だと思うそうです」
「! まことか!?」
「は、はい……」
信繫が大笑いする。
「はははっ! それは愉快! 思わぬところで子を授かったわ! これが天の差配というものか!」
「オギャアア!」
「よしよし! 佐助! 儂は大坂城に戻り、秀頼さまと御母堂さまを連れ出す! 生じるであろう混乱の隙を突いて、お味方を一人でも多く、ワシらが切り開く血路の後に続かせるのじゃ!」
「はっ!」
「行くぞ、ユキムラ!」
「オギャアアア!!」
信繫とユキムラが大坂城に向かって勢いよく飛び立った。大坂城周辺は大混乱に陥った。数ヶ月後、京の都でこのようなわらべうたが流行した。
「花のようなる秀頼様を 鬼のようなる真田がつれて 退きものいたよカリフォルニアへ」
信繫一行はどうやら海を越えて、加護島どころかカリフォルニアにまで行ってしまったらしい。この頃のカリフォルニアはスペインの支配もまだ完全には及んでおらず、多くの先住民族が居住している地域であった。信繫たちはドラゴンとともにそこに乗り込んでいった。何事も起きなかったはずがない。ただ、それはまた別のお話……。
花のようなる秀頼さまを 鬼のようなる真田がつれて のきものきたりカリフォルニアへ 阿弥陀乃トンマージ @amidanotonmaji
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