第2話 魔王を断つ剣
原作が始まる前に魔王を倒したことで、世界は大きく変化した。
大陸と人類を支配していた魔族のほとんどは、大規模な反抗作戦によって、彼らの本拠地である暗黒大陸に追いやられた。
そして、人類は暗黒大陸の開拓に乗り出し、魔族の持つ高度な文明を次々と吸収し、大いなる発展を遂げたのだ。
列車に車に飛行機と、もはや俺がいた日本と変わらない文明がそこにあった。
そんな世界で俺はというと……
「コード666、仕事の時間だ」
首に括られた鎖を思い切り引っ張られる。
目隠しに手錠、足下には鉄球の付いた足枷。
俺は奴隷同然の扱いを受けていた。
「また、魔族の相手か? その程度、自分たちでどうにか出来ないのか」
「罪人風情が、減らず口を叩くな!」
鞭で思い切り頬を引っ叩れた。
俺の指導官殿は今日も短期で困る。
それにしても貧弱な一撃だ。かゆいとすら思えない。
「貴様は、私たちの命令にただ従っていれば良いのだ」
この世界の文明は現代日本より進んでいる。
しかし、人権意識は一朝一夕では育たない。
帝国では、古くから罪人を奴隷のように扱う制度が存在する。
俺は犯罪者として、こうして鎖につながれる日々を送っていた。
魔王討伐を騙り、皇族の功績を奪おうとした。
それが俺の罪らしい。
とはいえ、この程度の問題も解決できないとなると、呆れてイヤミの一つも言いたくなる。
「なんだその反抗的な目は? 騎士になれなかったクズが、またお仕置きされたいか?」
「まさか。それほど俺は馬鹿じゃありませんよ」
「ふん。それで、念のため聞いておくが機兵は?」
「不要です」
俺にはある兵器が支給される。
騎士だけが召喚できる魔導騎兵……人類はその再現に成功した。
機兵と呼ばれるものだ。
「あんなのはただの鉄の棺桶ですから」
だが、その完成度は魔導騎兵には及ばず、魔族と戦うには足枷でしかない。
「狂人め。死んでも知らんぞ」
監察官殿は、本気であれが魔族との戦いで役に立つと信じているようだ。
無理もないか。この臆病者は戦場に俺を送り込むだけで、その戦いの場を見たことが無いのだから。
「一応警告しておくが、逃げても無駄だからな」
そう言って発信機を見せびらかす。
俺の首を覆う爆弾のスイッチだ。
これがある限り、俺は逆らうことも逃げることも出来ないというわけだ。
「もちろん、理解してますよ。俺は従順な猟犬ですから」
そうして俺は戦場へと向かう。
魔王は死んだが、依然として魔族はこの大陸に残っている。
その多くは、大陸から駆逐され、彼らの本拠地である暗黒大陸に追いやられたが、それでも残党が人里に湧いて、事件を起こすことは珍しくない。
魔王を倒して終わりではないのだ。
監察官殿に従うのは面白くないが、魔族から人々を守りたい。
そう思って俺はこの立場に甘んじている。
「さて、今日も仕事と行くか」
拘束を解かれ、俺は思いきり伸びをする。
俺が連れてこられたのは古びた遺跡だ。
魔族はこういった遺跡や、山林を住処にする。
というよりも、彼らの居場所はそれぐらいしかないのだ。
「ちっ……嗅ぎつけられたか」
異臭。
すえた臭いが遺跡の一室に充満している。
人を喰らう魔族の発する臭いだ。
臭いの中心にはみすぼらしい姿の男性。
周囲には人骨と思しきものが転がっている。
「魔王が死んでも、お前達は変わらないな」
俺は、後ろに引き摺る重たい鉄の剣を持ち上げる、構えを取る。
こいつも、散々人を殺してきたのだろう。魔族とはそういうものだ。
人を自分たちのためだけに存在する家畜としか見做していない。
質が悪いのは、こいつらは人よりも何倍何十倍もの戦闘力を持っていて、対抗できる人間はほとんどいないということだ。
「ギャハハ、なんだそのなまくらは。そんなんで、俺を倒そうってのか?」
確かに、この剣はろくに手入れもされていない粗悪品だ。
俺みたいな人間にはこんなものしか支給されない。
「気にするな。お前程度、仕留めるには十分すぎる」
「何だと……?」
魔族が怒りを露わにする。
「言っとくが、俺は生意気な騎士を四十七人は血祭りに上げたんだ。デカブツも持たねえテメエにやれると思うなよ」
「いや……もう殺ったよ」
「は……?」
次の瞬間、魔族の肉体が千切れて無数の肉片と化す。
反応が鈍すぎる。今の斬撃が見切れないとは……
「この程度の魔族に何十人も殺されたのか」
俺はため息を吐く。
騎士と言ってもピンからキリだ。
魔導騎兵を授かりながら、ろくに戦場に出ず、鍛錬もせず、あっさり死んでいく未熟者。
こいつが倒したのもそういう手合いなのだろう。
「まあ、いい。帰るか」
任務が始まってから一時間以内に戻らないと首が爆ぜ散ってしまう。
もう少し、外の空気を堪能したかったが、俺はしぶしぶ遺跡の入り口へと戻るのであった。
*
「や、やめなさい……離れて……!」
入り口に戻ると、女の悲鳴が聞こえてきた。
声の方へ向かうと、監察官殿が一人の少女に迫っていた。
「抵抗するなよ、このクズが。お前は私に逆らえない。分かってるだろう?」
「け、汚らわしい……やめて……」
監察官殿が組み敷いているのは、燃え上がるような長い赤髪が目を惹く女の子だ。
凜とした雰囲気の子だが、今は目の前の男の凶事を前に、表情を暗く歪ませている。
「お前も逃げるんじゃないぞ」
監察官殿がもう一人の少女の鎖を引っ張る。
金色の髪の溌剌とした雰囲気の少女だ。
どうやら、監察官殿はお楽しみのようだ。
首輪に足枷に手錠、推測するに、彼女達も俺と同じ立場なのだろう。
「またとない上玉が手に入ったんだ。魔族と戦わせるだけじゃ勿体ない……」
監察官殿はそれはそれは下卑た表情を浮かべて、自分よりも一回りも下の少女達にがっついている。
この感じ、俺が戻ってくるなど、露ほども想像していなかったのだろう。
現に、すぐ側に居る俺の気配にも気付いていない。
「どうしようもないクズだな」
良い騎士は死んだ騎士だけだ。
魔王との戦いを生き延びた騎士にはろくな人間がいない。
「チッ……リオン、もう戻ってきたのか。逃げ帰ったんじゃないだろうな」
「その子達は……?」
「新入りだよ。領民の虐殺に帝国への反逆、貴様のチンケな犯罪なんか比べものにならない大罪を犯したクズ共だ」
二人には見覚えがある。
広告でもよく見掛ける、ゲームのヒロイン達だ。
赤い髪の子はシャロン、金髪の子はレティシアといったはずだ。
詳しい経緯は分からないが、俺と同じく猟犬として扱われ、女の子であるために、こうして監察官に、弄ばれるという悲惨な境遇にある。
原作ではがっつり、彼女達が酷い目に遭う描写もあるとか。
「騎士様がこんなことして、良いと思ってるのか?」
一応の説得を試みる。
俺は遵法意識に満ちあふれた従順な猟犬だ。
監察官殿にむやみに逆らう真似はしない。
ここは穏便に彼女らを助けよう。
「貴様、私に指図できる立場か?」
発信機をチラつかせる。
生殺与奪の権は自分にあると言いたいのだろう。
「いいか、こいつらは貴様と同じ犯罪者だ。そんなどうしようもないクズ共に、教育を施すというのだ。邪魔しないでもらおうか」
構わず、監察官殿が衣服を引き裂いた。
下着に覆われた、小振りな胸が露わになる。
「いや……いや……」
さすがに見ていられない。
「貴様はそこを動くなよ。おとなしくしてたら、特別に教育の瞬間を見せてやる。そこで目をかっぽじっていろ」
「お願い……助けて……」
少女が懇願してみせる。
俺は怒りのあまり、心の中で舌打ちする。
「こんなクズ共の為に、父さんもノアも死んだわけじゃない……」
ぼそりと呟くと剣を抜いた。
「あ? 今、何か言った――」
直後、鮮血が舞った。
ぼとりと、監察官殿の腕が地面に落ちる。
「え……ぁ……ぎゃああああああああああ!?!? 腕があああああああ!! わ、私の腕があああああああああ!!」
俺の殺気に対して、僅かも反応できていない。
これが討魔騎士……?
父さんの足下にも及ばないじゃないか。
「名ばかりのクズめ」
俺は監察官殿の方へとゆっくり近付く。
「く、来るな! 貴様、私に逆らったら――」
「どうなるんだ?」
監察官殿がスイッチを取り出した瞬間、俺はそれを斬り落とす。
こいつが起動するよりも、俺が動く方が速い。
「お前は俺をいつでもどうにかできると思ってたみたいだが、それは思い上がりだ」
発信機も首元の爆弾も、いつでも破壊できた。
こいつはそんなことも想像できなかったようだ。
「き、貴様、自分が何してるか分かってるのか? 貴様は、討魔騎士に逆らったんだぞ?」
「それがどうしたんだ?」
俺はわざとらしく首を傾げてみせる。
帝国における騎士の地位は絶対だ。
だが、俺にとっては知ったことではない。
「いいか、皇帝陛下に報告すれば貴様など……」
「惨めな負けの報告でもするのか?」
「な、なんだと……」
「いいか? お前は今、俺に負けたんだ。騎士でも何でもない、凡人の俺にな」
「そ、それは……」
彼にとって屈辱の極みだろう。
騎士という称号は特別な才能と地位、権力の象徴だ。
それが今、あっさりと揺るがされたのだから。
「いい加減、お前に従う振りをするのも飽きた。そこの二人は、俺がもらおう」
俺は少女達の元へと歩いて行くと、その首輪を切り裂く。
「これで君たちは自由だ」
「あ、ありがとう……ございます……」
「えっと、あなたは……?」
少女達が俺を見上げて礼を言う。
歳は俺より少し下ぐらいか。
「俺はリオン・ジークヴァルト。君たちは……?」
「シャロンと申します」
「えっと、レティシアです」
名前は知っているが、それはあくまでも前世の知識に過ぎない。
俺は知らない振りをして名を聞き出す。
それにしても、二人の振る舞いはどこか気品を感じさせる。
領民虐殺に国家反逆……そんな罪を犯すようにはとても思えないが……
せめて原作をプレイしていればもう少しはっきりと分かったものを。
「成り行きでこんなことになったけど、安心して欲しい。俺が君たちを守るから」
とにかく、今は二人を安心させよう。
俺はあんなクズとは違う。
「貴様ァ! 調子に乗ってんじゃねえぞ!!」
背後からの殺気。
俺は振り返ることなく剣を背に構える。
直後、轟音と共に鈍い衝撃が奔った。
「受け止めた……だとぉ!?」
見なくても分かる。
プライドしか依るところのない騎士の最後の手段……それは魔導騎兵だ。
だが、人形を召喚したところで、俺には通用しない。
「そんな機体を持ち出しても、意味が無いって分からないのか?」
「黙れ! 私が本気を出せば貴様なんぞ相手にならねえんだよおおおおおお!!!!」
巨大な機械兵が剣を振り上げた。
「に、逃げてください……! 生身で、騎兵を相手にするのは無理です……」
シャロンの声がする。
「心配は要らないさ」
背後の機械兵の方へ振り向くと、剣で空に円を描いた。
「神装――」
その一言をきっかけに、刀身が目映い純白の輝きを放つ。
同時に、上空に描かれた円が音を立てて歪み始めた。
まるでこの世界が、異物の侵入を拒んでいるかのような、そんな軋みが起こる。
やがて、円の周囲が音を立てて割れた。
穴を通って現れたのは白銀の騎士鎧だ。
それらは俺の周りを飛び交い、徐々に俺の身体を包んでいく。
「な、なんだ貴様、それは……それは何なのだああああああ!!!!」
たじろぐ監察官殿を尻目に、鉄筋を組み上げるような硬質な装着音と共に、アーマーが形を為していく。
顔を覆う騎士兜、獣の如き鋼鉄の腕、竜を思わせる屈強な脚部、それらは騎士鎧を彷彿とさせる重厚な装甲と化していく。
背面には紺碧の霊子を放出しながら巨大な翼を為すウイングが展開され、俺の右手には人の身で振るうにはあまりに巨大で重厚な大剣が収まっていた。
「パワードスーツってやつだ。と言っても、分からないか」
魔族は討魔騎士にしか倒せない。
ならば、魔王を倒すには……?
答えは単純だ。
魔導騎兵よりもより強固で、高火力で、そして高機動な剣があれば良い。
これは、この世でただ一人、俺だけが製造することが許される、人が本来持つ潜在能力を極限まで引き出しす究極の機動兵装だ。
「かかってこいよ。俺が騎士の戦い方を教えてやる」
次の更新予定
2026年1月22日 07:01
剣聖の凡才令息は剣の修羅となる〜ヒロイン死亡率100%の世界で、原作開始前に魔王を倒したら、別の地獄が待ってたので、教え子達を命懸けで守り育てようと思う みなと れん(水都 蓮)@書籍発売中 @suito_ren
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