聖夜の選択

白神木霊

第一話 囁き

シンシンと降り続ける雪はロンドンの街と、一人で住むには広すぎるこの屋敷にも静かに積もっていった。

街はクリスマスムードが漂い、教会はいつにも増して人の出入りが多い。

この時期になると、昼夜問わず向かいの教会ではミサが行われるが、今は夕方のmagnificatを歌う声が聞こえる。ヒイラギ一つ飾ることを許されなかったこの屋敷にも雪を通し讃美歌が彩られる。


(全く…私のことだな。)


今までの男なら怒鳴りつけてでも黙らせたところだが、今はこのラテン語の響きに粛々と耳を傾けた。


日中は使用人も来ているが、人が側にいることを嫌う男の意向で火の番以外は通いの者しかいない。

暖炉に焚べられた薪は、枕元に置かれた燭台のろうそくの小さな灯火と対比し、音を立て燃えている。

大理石で作られたマントルピースの上には同じ大理石で作られた時計があり、カチコチと正確な時を刻んでも、誰からも必要とされていない。


「お前の命もあと数日だな。」

男とも女ともつかないくぐもった声が聞こえた。


その影から、というよりもその影そのものが煙のように動き男を見ていた。


「…虚しいものだ。巨万の富も名声も…そんなものがいくらあっても、今や足一つ満足に動かすことができやしない。」

男は外の雪を見据えたまま、小さくため息をついた。

「後悔してるのか?」

影は踊るようにゆらめき、誘うように男の周囲を浮遊した。

「…後悔か。そうだな、初めて後悔しているのかもしれない。」

濁った瞳は雪を数えることもできない。見ている白さが本当の白さかももはや判断できない。だが、過去だけは鮮明に思い出せる。


「お前の地獄行きは決まっている。」

「…分かっている。私はそれだけのことをした。」


富と名声を得るためにどんなことでもした。この街の人々からも恐れられている。

影は馴れ馴れしく男の顔に頬を寄せた。

「過去に戻りたいとは思わないか?」

絶対にのってはいけない誘惑であるにも関わらず、欲望に身を任せ破滅していった人々を作ってきたこの男でも、その一言は蠱惑的であった。

「対価は?」

「もう貰った。」

温度などないのにひやりとした感触が耳をかすめる。

「…ならば…。」

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