星降る夜の奇跡と現実

青王我

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▼一握りのギフト


 寒空の下、小ぢんまりとした公園があった。そろそろ次の日を向かえようかという時間に、ひとりの青年がベンチに座っている。彼は湯気の立つ持ち帰り牛丼の作りたてを頬張っている最中であった。

 年末にもなって発覚した大問題の始末のため、青年だけではない大人数が事務所に詰めている。そこで旨そうな飯の香りを立てるのは拷問に等しい……とまでは行かないが、彼なりに気を利かせたのだ。


「どうした青年」


 青年がふと横を見ると、灰色のくたびれた背広姿の中年男が座っていた。無精髭だらけで、特に旨そうでもなく煙草をくゆらせている。


「深夜残業で休日出勤で朝まで終わりそうになくて、クリスマスイブなのに笑っちゃいますよね」


 青年の愚痴をひとしきり相槌を挟みつつ聞いていた中年男は、未開封の缶コーヒーを傍らに置き、立ち上がった。


「頑張りな。風邪引くなよ」


 男の背中と、折しもちらつき始めた粉雪を見て、青年は寂しげに呟く。


「今年もサンタは来なかったな」


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▼わるいこ、だーれだ


「あっ、おにーさん、こっちこっち」


 持ち帰り窓口には陽キャと言っても限度があるような女の子が待っていた。ピチピチの真っ赤な超ミニパンツとか、胸元ギリギリのこれまた真っ赤なチューブトップとか、いけないと思いながらも青年の眼はついつい境界線へ向かってしまう。


「おにーさん、目線目線」

「ご、ごめん」


 彼女はそう咎めつつ、気にした風もなく明るく笑ってみせた。それどころかアイドルみたいなポーズをとって衣装を見せびらかす。


「その格好、寒くないの?」

「あたし寒いの強いからさ。それにぃ」


 電話で注文しておいた牛丼が袋詰めされて運ばれてきた。立派な体格の男性店員が、言葉もなく窓口へ袋を置いて去っていく。


「あいつに送迎してもらうからへーきよ」


 そうなんだ、とか呟きつつ青年は中身を確認するが、頼んでおいた牛丼の他にもうひとつ包みがある。


「あ、それオマケの揚げポテトね。それからもひとつオマケでホッカイロもあげるっ」


 とぼとぼと店を去っていく青年の背中へ「メリークリスマース!」と呼び掛けた女の子は、誰にも聞こえない小さな声で呟いた。


「聖夜に働く悪い子さん、風邪引かないでね?」


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▼あーあ、この仕事が終わらなければいいのにな


「あ、牛丼ひとつ」


 電話越しに「おっけぇ」と語尾に星でも飛んでいそうな、底抜けに明るい声が響いた。


「牛丼ですか? 課長がエナドリ配ってますけど」

「固形物食べないと滅入るからさ」


 近くの弁当屋に注文した青年は、休み時間までの数十分をデスクで過ごすために部屋へ戻った。

 聖夜の夜、しかも休日だというのに事務所は閑散とするどころか、熱気さえ感じるほどに人がひしめいている。『年末の悪魔』とはよく言ったもので、終わらない仕事の山のせいで人々の表情は暗い。ただ、課長を除いては。

 部屋の奥に陣取っている課長は、エナドリと栄養補助食品を胃へ放り込みながら満面の笑顔で指揮を取っていた。仕事が多いほど元気になる異常者だが、こういう時は頼もしい。

 やがて休憩時間を迎えた青年は上着を羽織りながら部屋を出るが、そのとき課長の独り言が彼の耳に入った。


「聖夜か何か知らないが、この仕事はプレゼントだよなあ」


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▼解説

この小説はサンタは居るか、居ないかを題材にしています。

説明をだいぶ端折っているので、ここで解説しておきます。


・一握りのギフト

この小説は『サンタは居ない』としています。コーヒーを奢ってくれたおっさんは悪魔です。彼は聖夜に働く悪い子を鼓舞するためにコーヒーを奢ってくれました。優しいですね。


・わるいこ、だーれだ

この小説は『サンタは居る』としています。牛丼屋のセクシーな女の子はブラックサンタ、大柄な男性はトナカイです。ブラックサンタ(クネヒト・ループレヒト)はドイツに伝わる「良い子にプレゼントをくれるサンタ」に対する「悪い子を罰するサンタ」であり、悪い子には石炭とジャガイモをくれるそうです。女の子はホッカイロと揚げポテトをくれましたが、ホッカイロの主成分は鉄粉、水、そして活性炭です。いずれにせよ温まるので、優しいですね。


・あーあ、この仕事が終わらなければいいのにな

この小説は『サンタがいるか分からない』としています。

課長はただのワーカホリックです。

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星降る夜の奇跡と現実 青王我 @seiouga

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