この先の毎日を、君と。――クリスマスのプロポーズ

長晴

世界でいちばん、やさしい約束

 クリスマスイブの夜は、不思議だ。

 いつも通りの街なのに、空気だけが少しやわらかくて、誰かの心に触れても許される気がする。


 仕事を終え、駅へ向かう途中。

 コートのポケットの中で、指先が小さな箱に触れるたび、胸の奥がぎゅっと鳴った。


 ――落ち着け。

 何度も頭の中でそう言い聞かせるのに、心臓だけが言うことを聞かない。


 改札を抜けると、彼女はすぐに見つかった。

 人混みの中でも、なぜか一瞬で分かる。


「お疲れさま」


 その声。

 それだけで、今日一日の疲れが全部ほどける。


「寒くない?」


「うん。でも……会えたから平気」


 そんなことを、当たり前みたいに言うから、胸がいっぱいになる。


 付き合って七年。

 何度もこの夜を一緒に過ごしてきたはずなのに、今年は違った。

 彼女の隣を歩く一歩一歩が、やけに大切で、失くしたくないものみたいに感じる。


 レストランで食事をしている間も、彼女はよく笑った。

 仕事の愚痴を言って、デザートに目を輝かせて、ふいに俺を見て微笑む。


「どうしたの?」


「……なんでもない」


 本当は、全部だった。

 好きで、愛しくて、これ以上の未来を望んでしまったこと。


 店を出ると、雪が降り始めていた。


「ねえ、今日さ……」


「うん?」


 彼女の声が、少しだけ甘くなる。


「ずっと一緒にいられる気がする」


 その一言が、胸に刺さって抜けなかった。


「少し、歩こう」


 手を差し出すと、彼女は迷いなく指を絡めてくる。

 その温もりが、もう答えみたいだった。


 向かったのは、昔よく来た公園。

 何も決まっていなかった頃、未来なんて考えずに、ただ話し続けた場所。


 雪が降り積もり、世界が音を失っていく。


「ここ、覚えてる?」


「忘れるわけないでしょ。

 ここで、あなたが終電逃して、朝まで話した」


 笑い合う。

 その笑顔を、これから先もずっと見たいと思った。


 深く息を吸う。


「……伝えたいことがある」


 彼女の表情が、ゆっくり変わる。

 期待と不安が混ざった、まっすぐな目。


 小さな箱を取り出して、開く。

 指輪が、月の光を反射してきらりと光った。


「君と過ごした時間が、いつの間にか人生になってた」


 声が震える。それでも続ける。


「嬉しい日も、しんどい日も、帰る場所はいつも君だった」


 彼女の瞳が潤む。


「一人になる未来を想像したら、何も見えなかった。

 でも、君となら……どんな日でも、ちゃんと生きていけると思った」


 雪が、肩に積もる。


「一生、君を大切にする。

 結婚してください」


 沈黙。

 でも、それは怖い沈黙じゃなかった。


 彼女は両手で口元を押さえ、しばらく何も言えずにいた。


「……反則」


 震える声で、そう言う。


「こんな夜に、こんな言葉……」


 涙が零れて、白いマフラーに染みる。


「……はい。

 お願いします」


 世界が、音を取り戻した気がした。


 指輪をはめると、彼女は何度も左手を見つめる。


「ねえ……現実だよね?」


「現実だよ。俺たちの」


 抱きしめると、彼女は強く腕を回してきた。


「離れないでね」


「離れない。何があっても」


 彼女の髪から、柔らかい匂いがする。

 この温もりを、守り続けると決めた。


 唇には触れない。

 ただ、額にそっとキスを落とす。


 それだけで、全部伝わった。


 雪は静かに降り続ける。

 クリスマスは奇跡をくれない。

 でも――一緒に生きる覚悟を、やさしく包んでくれる。


 彼女の手を握る。

 もう、未来は一つしかなかった。


 世界でいちばん、やさしい約束を交わした夜だった。


----------


あとがき




ぜひフォローや☆評価していただけると嬉しいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る