聖夜の決戦
はまごん
聖夜の決戦
皆が寝静まった夜遅く。僕は部屋の窓を開けて、ひっそりと屋根の上へとよじ登った。
迷彩柄のパジャマに身を包み、今日のために整備してきたアサルトライフルの調子を確認する。
気持ちのいい冷風に身を任せながら、その場で寝転んで星を眺める。美しい景色だ。ベテルギウス、シリウス、プロキオン——新月の薄暗い宵闇の中雄大に輝く冬の大三角形は僕の身体を神々しく照らしていた。今年こそは、上手くいってくれるといいんだが。
僕はゆっくりと立ち上がり、銃のセーフティーを外した。射撃モードは勿論フルオートだ。僕らの純粋な射撃技術を持ってしても、一撃に全てを賭けた単発攻撃が通用するとは思えない。
BB弾は余るほど持っている。足場の安全確認。移動可能範囲も十分だ。今回こそは、確実にいける。
僕はそんな確信めいたものを心の中に抱きながら、静かに銃口を空に向け、引き金に指をかけてナイトヴィジョン・スコープを覗き込んだ。
そんな時突然、僕の右腕から作戦開始を示すぴぴっ、というアラーム音が静かに鳴り響いた。さて、今年も始めようか。手首の内側に装着した腕時計が発光する。午前零時。
——その時刻は、波乱の十二月二五日の始まりを告げていた。
シャン、シャン、シャン、シャン……
美しく、どこまでも響き渡りそうな鈴の音が耳に入る。案ずるな。動揺するな。奴はその音で僕らを惑わすつもりなんだ。
音のピッチがみるみるうちに上がっていく。それはまるで、爆撃機が目の前まで迫り来るような感覚を僕の全身に刻みつけた。心の底から本能的に恐怖を感じてしまい、小刻みに足が震えてしまう。そんな中でも、僕は目を見開いて歯を食いしばる。これは最後の警告なんだ。この先に進めば、もう後戻りはできない。だが——
——僕らには、その先を見る義務があるッ!!
顎を滴りる涎が、地面に一滴垂れ落ちる。
そして——“奴”が現れた。
まるで我が子の命が目の前で絶たれる瞬間を目の当たりにしたような必死の形相で、背中に鞭を打たれ続ける十匹のトナカイ。そして彼らを使役する男は、後ろで狂気的な笑みを浮かべながら、肥えた体をどっしりとそりに据えて優雅に得物を振るっていた。血に濡れた赤色に、誠実さを表す純白の布地を当てた服を全身に纏い、蓄えた髭を靡かせるその男の名は——
「——サンタクロース」
僕の身体は、考えるより先に動き出していた。足腰に力を入れて、思い切り引き金を引く。
「当たれッ! 当たれッ!! 当たれッ!!!」
身体が吹き飛ばされそうなほどの反動に耐えながら、僕はそう叫んで照準を必死に合わせ続けた。だが、夜の闇に溶け込みつつ、縦横無尽に進行方向を変えるその圧倒的な操縦技術に、僕ら一端の子供が追いつける訳もない。
まずい、このままでは去年の二の舞に——
そう、僕が思った直後のことであった。突然、奴は進行方向を変えて、一人の獲物を絞り込んだ。そして、先ほどとは比較にならないほどの速度で一直線に進んでいく。
「やめろッ! 止まれえッ!」
そう言いながら、標的となった一人の犠牲者が、両手に持ったミニガンを掃射しながら涙を流す。だが、BB弾は奴の奴隷であるトナカイたちの顔面にしか当たることはない。狙われたら、そこでおしまいなのだ。
次の瞬間、血だらけのトナカイたちがその家へと突進した。辺りで土煙が舞い上がり、半径約二十メートル圏内の家が全て倒壊する。
だが——奴の巨体に、一つの傷すらも付く事はなかった。もうダメだ。奴が敵対してしまった。そうなれば、“あれ”が来る——
僕は咄嗟に身構えた。今から部屋に戻るような時間はない。せめて、致命傷だけは避けなければいけない。
崩れ落ちた家の中心で、サンタクロースはおもむろに、白い袋を手に取った。ああ、前と同じだ。また僕は、奴に負けてしまうのか。
次の瞬間——遥か空中にそれが投げ上げられた。雲を越え、僕らの視界ではその姿を捉えることができなくなってしまう。一瞬の静寂。そして——爆音。そこで、僕の意識は完全に途絶えた。
最後に見えた光景は、いつもと同じ。空をぬるりと這いまわる薄青い炎。そして、花火のような爆発が起こった。瞬く間に全身に走る激痛。全身の骨が砕け散ったような衝撃の中、腹の方を見下ろすと——そこには丁寧にリボンの結ばれた箱がめり込んでいた。敵意を示した対象を一秒にも満たない速度で一掃する攻撃。その名は確か、“プレゼント”——。
吹っ飛ぶ身体。新調したエアガンは一瞬のうちに炭へと姿を変えた。万が一に備えて着用していた防弾チョッキやヘルメットも、何の意味もなさなかった。もう目は見えないはずなのに、サンタクロースの舐めるような視線を一瞬だけ僕は感じた。ああ、今年も僕らの敗北、か……。
* * *
「あら、この子うなされているわね」
「ああ……黒いサンタでも、夢に出てきたんじゃないか?」
あはは、と微笑みながら、彼の両親は笑う。母親の腕の中には、サンタクロースから貰ったプレゼントの箱が大事そうに収められていた。
「そうだ、いいことを思いついた」
父親はそう言って箱を手に取り、それを静かに、少年の腹の上に置いてやった。
「これで大丈夫だろ。サンタさんが助けに来てくれたって、きっと喜ぶはず」
「ええ、そうね」
「僕たちもそろそろ寝ようか。そろそろ酔いも回ってきたしね」
「そうしましょう、あなた」
そう言って二人は笑い合い、少年の部屋を後にした。
一方の彼は、今にも死にそうな表情で、サンタクロースに逆襲される夢を見続けていた。
翌朝、目覚めた彼が夢のことなど忘れて、箱の中に入っていた新型ゲーム機で遊びまくった事は言うまでもない。また、そのせいで両親に怒られたことも然りである。
(完)
聖夜の決戦 はまごん @Hama125
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