エルフの姫と呪われた剣士の小さな思い出
不津倉 パン子
第1話
エルフの姫君ナナリーと、人間の剣士レイン。
ふたりは勇者のパーティーで旅を共にする仲間だった。
魔王城での決戦は5日後の満月の日、出発は2日前。
残された3日間は、各々が最後の自由時間を過ごすことになっている。
ナナリーは最後の冒険から戻り、そのまま倒れたレインをつきっきりで看病していた。時折苦しそうに唸り、呼吸が荒くなるレイン。レインを蝕む呪いは既に彼の命を食らい尽くしている。
もう長くないのは分かっていた。
このまま永遠の眠りについてもおかしくないのだ。
ナナリーの献身的な優しさに導かれるように、
2日目の夜、レインはようやく目を覚ます。
「……俺はどのくらい?寝ていた?」
顔色は悪く、万全ではないレイン。
「2日です。ずっと苦しそうでした…目を覚さないんじゃないかって…私…私…」
泣き出したナナリーを見て、レインは苦い顔をする。
「悪かったな、もう大丈夫。で、俺が寝ていた間の事を教えてくれ。」
ナナリーは明日が最後の自由時間だと伝えた。
「お前、2日も俺のせいで…悪かったな。明日はお前の時間を大切にしてくれ。」
「レイン様はどうお過ごしになられるのですか?」
「俺…?俺はここで寝ているが。」
最後の1日を大切に使いたかった。
もうないかもしれないレインとの貴重な時間だ。
「なっ…なら!明日、ずっとここに一緒に居てもいいですか?」
ナナリーはレインと同じ時を過ごしたいと願っていた。
「お前…それでいいのか…?」
「本当はお出かけがしたいです。」
欲をいえば、お出かけがしたい……
この戦いが終わった時、ナナリー姫は外出の自由を失い、もう、人間の街に来ることは出来ないのだ。
「なら行って来いよ」
「嫌です!」
でも…レインと一緒にいたい。
その想いは変わらなかった。
しばらく考えた後、レインは決めたように言う。
「なら俺も行く。何処に行きたいんだ?」
「ケーキ屋さんです!!」
ナナリーは目を輝かせた。
レインと最後のお出かけができるのだ。
「明日な、今日はもう休め。」
「はい!お休みなさい!」
ナナリー自室に戻り、思わず小さく跳ねながらつぶやいた。
「レイン様とデート、デートです♡」
ベッドに横になり、枕を抱きしめて
「レイン様、好きです。お慕いしております…♡」
ナナリーは小さな幸せを噛み締め、眠りにつくまでレインの名前を呟いていた。
ーーー
翌日、ふたりは街へと出かけた。
ケーキ屋に着くとナナリーは目を輝かせショーケースを子供のような笑顔で眺めた。
「ケーキ、ケーキがいっぱいですよ、レイン様!」
「そりゃ、ケーキ屋だからな。」
最近は差別の悪化による亜人お断りの店が増え、亜人の一種であるエルフのナナリーは肩身の狭い思いをしていた。しかしこの店の店主は亜人であるナナリーを蔑むどころか優しい目で見つめていた。
選びきれなかったナナリーはオススメと書いてあった季節のフルーツケーキ、王道のショートケーキにチョコレートケーキ、紅茶のシフォンケーキ、たくさんのケーキを買っていた。
「ケーキ、ケーキがいっぱいですよ、レイン様!」
「そりゃ、いっぱい買ったからな。」
「レイン様、お気に入りの場所があるので行きませんか?」
ナナリーはお気に入りの散歩スポットへとレインをさそった。
案内したのは神秘的な湖のほとり。大きな木の下、丁度良い木の根にふたり並んで座った。
「食べさせてあげますね。はい、あーん♡」
ナナリーはスプーンで大きく取ったケーキをレインの口元まで運ぶ。
「ちょっ…おまっ……」
レインは大きく口を開けたが横唇にクリームがついた。
「クリームがお口についていますよ。」
「お前のせいだろ…んっ!?」
ちゅっ……
ナナリーは横唇についたクリームをキスをするように舐め取り、微笑む。
「レイン様、キスって甘いんですね。」
「お前……やめろよ。俺はお前が大切なんだ。」
ナナリーは自分の思い切った行動に頬を赤く染めた。そして、レインの耳も赤くなっていた。
楽しそうに笑うナナリーに、レインは胸を押さえながらも微笑む。
そして、レインはポケットから小さな箱を取り出しナナリーに渡す。
「……これは?」
「さっき買った。今日のお礼だ。」
ナナリーは箱を開けると、湖の光を受けて輝く宝石がついた美しいネックレスが現れた。
「綺麗…嬉しいです!」
ナナリーはネックレスを首からかけた。
「どうですか?似合ってますか?」
「姫のお前に安物は似合わないな。」
少しドヤ顔をしてみせたナナリーだったが、レインにとってはどんな美しい宝石も、それより美しいエルフの姫の前には霞んで見えた。
「もうっ!そこは可愛いって言ってくださいよ。」
「……可愛いぞ。」
ナナリーは顔を真っ赤にして頬を掻きながら笑った。
ふたりは湖畔の周りを散歩し、時折肩を寄せ合った。ナナリーはレインの手を繋ぎ、レインの手の温かみが心に染みていくのを感じた。
しばらくしてレインは真剣な表情に戻り、囁く。
「エルフって寿命が長いんだろ…?だったら俺が死んだ後、…5年くらい。俺のことを覚えていて、たまに思い出してくれないか?」
レインは自分の死後の話を始めた。
「嫌です。ずっとこのままがいいです!」
ナナリーは拒絶しつつ、もう一度キスをする。
「ずっと、ずっと一緒に居ましょうよ。ねぇ、レイン様…死ぬなんて言わないでください。」
湖の水面に映る二人の姿は、まるで世界が二人だけのために止まったかのようだった。
だが、その幸せは長く続かない。
ナナリーの心にはすでに決断があった。
エルフの国のため、人間を裏切り魔王軍と同盟を組まなくてはならないのだ。
湖を後にし、手を繋いで街を歩く。
レインはナナリーの手の震えに気付いていた。
「……どうした?」
レインの冷たい声が胸にささる。
「……私はエルフの国を、国民の皆様を助けなくてはなりません。でも…私はレイン様を、このパーティーの皆様を嫌いになれないのです。」
レインはどこか遠くを見ていた。
「分かってる。お前がどうするか、ずっと前から分かってた。」
ナナリーは泣きながら顔を上げる。レインがどう思っているのか、どんな顔をしているのかが怖かった。
「私は……人間を裏切って魔王様との同盟に応じます。レイン様とは敵になってしまいます。」
「先にお前らエルフを攻撃したのは人間だ。だから、お前の行動は尊重されるべきだ。お前が選ぶ道だろ、俺はそれを支えてやりたいが、悪いな…そんな時間は俺に残されていない。」
エルフの国は人間の攻撃を受け、壊滅的な被害が出ていた。両親も兄も、多くの国民たちが人間の人外狩りに殺されてしまったのだ。
ナナリーはレインにしがみつき、最後のキスを交わす。甘くて切ない時間。時間が止まってほしい。
ずっとこうしていたい…
このままひとつになりたい。
名残惜しく唇を離す。
「ほんとお前……可愛いな。」
「もうっ!そこは笑うとこじゃないです!」
最後の時間はあっという間に過ぎ、
幸せは静かにふたりを包んでいた。
もう戻ることのないこの時間に、
ナナリーは思いを馳せた。
エルフの姫と呪われた剣士の小さな思い出 不津倉 パン子 @momonga-s
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