転送男
アルフライラ
1話 平凡な妄想
半径0.5cm。
満員電車に許された自由空間。
いや、そんな隙間もないかもしれない。
とある建設会社で働く主任ーーカスケは、額から脂汗を滴らせ、下唇を上の前歯で噛み締めて耐えていた。
「……あ、ふぅ……」
思わず情けない声が漏れた。
その呟きに左前にいた、髪の長く若い女はチラリとカスケを見た後、顔をしかめて少し距離を離した。
腹立たしい。
ーーしかし、今日の獲物はお前じゃない
カスケは「そろそろかな」と思い、今日の獲物を見定めた。
ーー憎き釣り目の青瓢箪男
名前はゴドー。
カスケの右前にいる。
カスケの同僚で、カスケの敵だ。
カスケはこれから起きることを夢想し、ニヤリと不気味な笑顔。
左前の嫌味ったらしい若い女は、糸蒟蒻のように細くなり、カスケから少しでも遠ざかる努力をしていた。
「…………只今、列車内人たち入りにつき、緊急停車をいたしました」
無機質でどこか他人事なアナウンスが鳴り響く。
普段なら罵声、本日は天啓。
短気そうなサラリーマンが舌打ちし、ため息がところどころで聞こえる。
普段ならストレス、本日は讃美歌。
我慢は、そろそろ限界。
つまり、獲物を仕留める頃合いだ。
「君に決めたッ!」
カスケはそう言ってから、ゴドーの腹を右手で触る。
「……は? あ、お前はカスケ! 何がだよ? ……うっ、ふぅ……あ、あ………あっ」
「「え? あっ……」」
車内に悪臭と穢れが広がった。
ゴドーの周りの人が小さく声を上げ、蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う。
ゴドーの顔は青ざめ、志望校に落ちた受験生のような相貌。
そんなゴドーにカスケは優しく語りかけた。
菩薩の優しさ。
「会社には、俺から休むって言っておこうか?」
「……あ、あ、あ、お願いします」
獲物は仕留めた。
腸の内容物を交換したのだ。
カスケは巨漢、ゴドーは短身痩躯。
カスケは昨日、大地の恵みをふんだんに身体に取り込んだ。
そんな彼が懸命に貯めた腸の内容物に、細身で耐えられるはずもない。
「……」
ゴドーは雨に濡れた犬の様な面でカバンから上等なハンカチを取り出し、少しでも処置を行った。
「……ま、誰にでも失敗はあるさ!」
カスケは、誰よりもすっきりとした笑顔で爽やかに述べる。
悪は滅びた。
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転送男 アルフライラ @ALFIRA
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