2日目 ①
あれから立ち上がることができたのは、日を跨いで空がすっかり明るくなった頃だった。
今日はようやく雲の切れ目から太陽が現れてくれた。
不慣れな両脚をよろよろさせながら、なんとか立たせると胸いっぱいに太陽の暖かさが広がる。
脚は全て木製でできていた。
とても精巧で滑らかな曲線で形どられており、本当に骨に筋肉がついているような質感がある。
生身なのは左胸と左腕だけで、それ以外はほとんど木に置き換えられていた。
ツルツルに磨かれた飴色の表面が太陽光に当てられて淡く輝いていた。
顔などは鏡を見てみないと分からないけど、どうやら私の身体は彼女が言った通りほとんどが木製になっているみたいだ。
服装は木の部分は完全に外気にさらされていたが、左胸と左腕――つまり生身の部分はもはや布切れと言っても差し支えないTシャツの一部で隠されていた。
まるで、ここを境目に私の身体がふたつに裂かれてしまったみたいだった。
私はいったい、どんな死に方をしたんだろう?
疑問に思いつつも身体の隅々を確認してみる。
いくら精巧で人体に遜色ないとはいえ、関節などに目を向ければ人工的なものだと判ってしまう。
私はそれをぎこちなく動かすことで何とか歩くことができた。
慣れない足取りで、まずは彼女が歩いて行った方へ行ってみることにした。
※
暗い木々の合間を歩いていくと、赤い屋根の二階建ての家がまるで森の中にはめ込まれたような姿で建っていた。
白い壁は年季が入っており、枯れた植物のツタがところどころに張り付いていた。
この中に彼女がいるのだろうか。
玄関を探すために壁伝いに回り込もうと考えていたが、ガラス扉が開きっぱなしになっている所を見つけた。
ここから入ることをしばらくためらっていたが少しでもショートカットしほうがいいと思い、このまま入ってしまうことにした。
入るとそこは応接間だった。
中央に黒い漆塗りの机があって、両側にはこれまた黒い革張りのソファが置かれていた。
私はそのうちの一つにほぼ倒れるかのように腰を下ろした。
疲労感や痛みは感じないけど自分のものではない何かをただ動かせるから、という感じで動かしているだけなのでいつ地面が目前に迫ってくるような事態になっても不思議じゃない。
ここまで一回も転ばずにこれたのは奇跡だった。
違和感を拭うことはできないけど、気持ちを落ち着かせてもう一度立ち上がる。
床に敷かれた絨毯を踏みしめながら応接間の扉を開いた。
ひんやりとした通路に出ると慎重にあたりを見渡す。
片側に螺旋状の階段らしきものが見える。
そちらへ吸い寄せられるように移動すると、そこは玄関らしく玄関口からすぐ階段へと続くようになっていた。
そのまま階段を登ってみようとしたとき、通路脇に掛かっていた全身鏡をみて思わず立ち止まる。
そこには私の――十代後半の少女の姿があった。
やはり全身はほぼ木に置き換えられており、顔も右半分は私の顔ではなくなっていた。
かろうじて鼻筋や口元は残っていたが、右眼は生まれた時からの黒眼ではもうなく、木の表面を丸く穿ったような空洞になっていた。
髪の毛も色が完全に抜け落ちてしまったかのような白になってしまっている。
このような姿になってしまって私はなぜいまも意識を持ち、そして動いているんだろう?
ただ静かに死ぬことを許ず、私の一部だけを他のものと組み合わせて何とか甦らせたのはなぜ?
自分の変わり果てた姿をじっと凝視して想いに耽る。
きっと真っ当な理由じゃないことは確かだろう。
きっと彼女はニ階にいる。
すぐ目の前にある答えに向かって、私は改めて手摺に手をかけた。
※
階段を上がりきると通路が続いていた。
左側には扉がふたつ。
右側には白い壁に見たことない水彩画が幾つか掛けられていた。
突き当たりにはさらに扉があり、横向きの鴉のモチーフが描かれている。
照明はついていないので薄暗く、また外の冬の気配がこの通路にも音もなく忍び込んできていた。
鴉のモチーフをもっと近くで見たくて私はそのまま突き当たりまで進んだ。
扉に手が触れられるところまできたところで扉の向こうから何か固いものを穿る音が聞こえた。
乾いた、耳に心地よく残る音だった。
この音を奏でているのは彼女だろうか。
取手に手をかけて中を覗いてみる。
そこには部屋の中心で胡座をかき、背中を丸めて何かの作業に集中している彼女の姿があった。
よれよれのタンクトップとジーンズ姿で、何かを一生懸命彫っているようだった。
部屋の入り口に立ってその様子を伺っていた私の気配に気づいたのか、やがて彼女は手を止めて振り向いた。
「やあ、歩けるようになれたみたいだ」
抱えていた材木と手に持っていた小刀を傍に置くと、足に溜まった木屑を小型の箒で払う。
立ち上がるとスッと私のもとへ近寄ってくると、髪を纏めていたヘアゴムを解いて胸元までかかる黒髪を垂らす。
対面すると彼女のほうが顔一個分くらい背が高い。
こちらの頭の中を通り抜けるような青々とした香りが私の鼻をくすぐった。
大人びているようで、まだ危うさを残したような雰囲気は二十代後半のように感じられた。
私が彼女の顔をじっと見つめていたので彼女は、
「えっと……」
と言葉を詰まらせて苦笑いをしていた。
「カラダの調子はどう? どこか変なところはない?」
青い瞳を覗き込ませるようにして彼女が問いかける。
「――」
――変なところしかない。
言葉にしようとしても声が出ず、ただ空気が抜けていくような音しか出なかった。
「そうだった。まだ声は戻せてないんだった」
思い出したかのように彼女は言う。
「キミはまだ死体なんだ。だから言葉を発することはできないんだ。死人に口なしって言うだろう?」
彼女が何を言っているのかよく分からなかった。
それじゃあ、死体が動くことはいいのだろうか……。
言葉を使うことが、何か特別なものだと彼女は思っているみたいだった。
「もしかしたらキミは死体のままでいたいかもしれない。でも、わたしはキミを人形にしたい」
彼女は眼を細めて笑う。
鈍く光る青い瞳が深海に潜む怪物のように思えた。
「だから今からキミに名前を授けよう――」
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