雨のせいで君はもう止まらない
ただの人
雨の日は好き。ううん、やっぱり嫌いかな
雨の中、傘も無しに歩く。
歩く度に靴に入り込んだ水がペタペタ、と形容し難い音を出すのをぼんやり聞いていた。
豪雨で台風が来てるとかアイツらは言ってたかな。
その所為と言うべきか、そのおかげと言うべきか、今からすることを誰にも咎められないで済む。少し街外れまで来たところで目的地に着いた。もう使われていない、十回建ての廃ビル。ここの屋上からならさよならできるかな。
寝不足と偏頭痛で意識が朦朧としながら階段を登ろうとする。しかしそれが出来なかったのは後ろからランドセルを引っ張る手があったからだろう。ゆるり、と後ろを振り向くとそこには襟足が長めで猫背な人が、こちらに傘を差し出してくれていた。あまりにも悲痛な表情をするもんだから、「大丈夫、ですか?」と話しかけてしまう。失敗だ、時間を取られてしまうだろうな。
その人は慌てた様子で表情を取り繕い、「僕よりも君の方が大丈夫じゃないでしょ。家はどこ?送ってくよ。こんな所にいたら危ないよ。」まだ小学生の私だが、初対面で優しくしてくれる人は初めてだった。蚊の鳴くような声で家なんて無いです、と呟く。その人は青ざめた様子で私の手を引き、古ぼけたアパートに連れていってくれた。
突然現れた見慣れない部屋は私を拒む訳でもなく、かと言って認めてくれる訳でも無い。ここには、私を殴る人も荷物を捨てる人も誰もいないんだ。
安堵のあまり、倒れそうになると部屋の奥から走ってきて支えてくれる。「寒いだろうし、シャワーでも浴びる?僕がここにいるの嫌なら外出てくよ。」さり気無い気遣いがとても心地よくて泣きそう。泣きそうになってるのを察したのかあたふたしながら距離を取られた。思わず袖を引き「寂しい、です。もう少し一緒にいてください。」と言ってしまった。すると、困ったように笑い、「いいよ。シャワー、一緒に浴びる?」と言ってくれた。こくり、と小さく頷く。どうしたんだろう、いつもの私はもう少し奥手なのに。手を引かれるがままにシャワーに連れていかれ、身を任せてしまった。今考えるとどうかと思う。小学生と言え、常識的にダメだとわかったいたはずだったのに。それほどまでに衰弱してたんだろう。
その後は、何を聞かずに温かいココアをこちらに渡してくれた。ちびちび飲んでいると、「僕の名前、雨乃。…名前も知らない相手って、少し怖いだろ。」とカミングアウトしてくれた。その流れに乗るように、「私、遠野、凪です…。あの、シャワーありがとうございました。出ていきます。迷惑になると思うので。」と言いたいことを全部言えた。雨乃さんは少し考えたあと、「うーん、雨が止むまではここに居たら?どうせ、帰る家も無いんだろ。だったら話し相手になってくれ。」と冗談で感情を押し殺した様な口調で言ってくれた。お言葉に甘えて、暫く居させてもらうことにした。
雨乃さんの部屋をぐるりと観察する。あまり物のない部屋。シンプルすぎる、まるで死んだような部屋だ。
雨乃さんは、少し経った頃口を開いた。「別に僕は君を救いたい訳じゃないし、面倒事は避けたいから理由は聞かないよ。…いい?」何にも言わないんじゃなくて確認を取るところが雨乃さんらしくてくすぐったい。
「大丈夫ですよ、むしろここまで良くしてもらってるので断れないです。…お金も何にも払えないんですけど、どうしたらいいですか。カラダデシハラエばいいんですか?」恐る恐る聞くと、雨乃さんはお茶を吹き出し「待ってそんな言葉どこで覚えたの!?僕を犯罪者にするつもり?」と叫んだ。あれ、おかあさんがよく部屋に連れ込んでる人が言ってたセリフだけどそんな変な意味なのかな。表情で察したであろう雨乃さんは「…それ、僕以外に言わないでね。」となんとも言えない表情で呟いた。意味もわからず頷く。雨乃さんはニコッと笑い、頭を撫でてくれた。撫でられたことに嬉しくなって私は雨乃さんに抱きつく。雨乃さんはそのまま私に毛布をかけてくれ、目を瞑ってしまった。…あの男の人はこうされたら嬉しがってたのに、雨乃さんは変なの。
…暫く、雨が降り続けた。どれくらいか考えると、季節の変わり目になるぐらいまで。雨乃さんはたまに男の人とベットで抱き合っている。雨乃さんから聞くと本当のこと言うと見ないで欲しいけどこれが僕の仕事なんだって言ってた。泣きながら抱き合ってる時もあるくらい辛いのになんで続けるのって聞くと、怒って私の事をくすぐってきた。
雨乃さんのいじわる。雨があまりに続きすぎて怖いのかな。雨乃さんが壊れるまではそう長くは無かった。雨乃さんがくれた傘が壊れてしまった頃、首を天井にくくりつけてしまった。子供ながらに雨乃さんは遠い場所に行った、と分かったので私も追いかけることにした。雨乃さんから貰った傘、もっと大事に使えば行かないでくれたのかな。理由は分かんないけど次は私が雨乃さんを救うんだ!
雨の日、普段行きもしない散歩に行く。
ビニール傘と共に昨日合った事を逃避行してみる。
気が付くと、町外れまで歩いてきてしまった。
帰ろうかな、とぼんやり考えていると赤いランドセルが殺風景な廃ビルに浮いて見えた。怖いくらい死相が出ていたから思わず大丈夫?とランドセルを軽く引っ張る。こちらを向くと、髪は輪ゴムでひとつに纏められている可愛らしい小学生だった。顔色が良かったらかなりの美人だろう。顔を顰めていると逆に心配されてしまった。…小学生に心配されるほど酷い表情してたのかな。とりあえず家まで届けなきゃ。偽善心から行動を取ると彼女は家なんてない、って絶望したように言った。あまりに可哀想で、思わず家に連れ帰ってしまう。やってしまった…。シャワーを準備すると彼女は一緒に入ろう、と可愛くおねだりしてきた。断れる訳もなく苦笑を零す。手を引きながらシャワーへと案内する。相手は小学生なのに何をやってるんだ、という意見は不思議と沸いてこなかった。取り敢えず家にあったココアを渡す。面倒事は避けたいから事情は聞かないことにした。凪ちゃんは身体でお礼をすると言ってきてクソビビった。紅茶を吹いてしまったほど。どこで覚えたんだろう、そんな言葉。訳ありだろうから聞かないけど。何と無く誰にも取られたくなくて大人気ない事を呟き、照れ隠しかのように頭を撫でる。凪ちゃんは抱きついてきたけど平常心を保つ為にも、理性を保つ為にも寝ることにした。それから暫く、雨は降り続ける。僕には大した仕事もできないから体を売ってお金を稼ぐ。凪ちゃんに聞かれてドキッとしたけれどはぐらかす事にした。凪ちゃんにはまだ早いし知られたくない。追及されたくないからくすぐってやる。反応が可愛くてこれまた困る…。
僕が凪ちゃんに傘を買ってあげて2、3ヶ月経った。
客と揉めてしまって、これ以上職を続けれなくなった。
あまりに絶望してしまい、凪ちゃんの事も考えずに死ぬことにした。首を吊り、この世と別れる。最期、ふと思った。凪ちゃんは幸せにならないと許せないな。
雨のせいで君はもう止まらない ただの人 @Tadanohito_
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