極悪令嬢に婚約破棄されて初恋の幼馴染と結婚したらなぜか皇帝になった俺

リラックス夢土

第1話



「ルーカス・レオナルド・マーレベル第四王子! 貴方との婚約を破棄します!」



 俺は婚約者であるジャンヌ公爵令嬢に夜会で婚約破棄を言い渡された。

 公の場で一応四番目でありながら王子の位を持つ俺に婚約破棄を突き付けるとは極悪令嬢の悪名を持つジャンヌらしいなと俺は他人事のように思ってしまった。


 ジャンヌが公爵令嬢でありながら王子の俺にこんな態度が取れるのはジャンヌの母親が俺の父親である国王の姉だからだ。

 国王でありながら俺の父親は公爵家に嫁いだ姉に頭が上がらない。


 だからジャンヌは公爵令嬢でありながら昔からやりたい放題で誰もそれを注意することができない。

 そんな俺とジャンヌが婚約していたのはジャンヌが王子と結婚したいと願ったからだ。


 この国には四人の王子がいる。

 第一王子は隣国の王女を妻に娶ったためジャンヌの婚約相手にならなかった。


 第二王子の母親は異国の旅芸人だったためジャンヌが卑しい血を持つ王子とは結婚したくないと拒否。

 そして第三王子は男性しか愛せない人物で自分の恋人である男たちを侍らせていることは社交界で有名な話だったのでジャンヌも結婚することを諦めた。


 最後に残ったのは第四王子の俺。

 俺の母親はこの国の伯爵家の出身。公爵家から見たら伯爵家は格下であるが一応正統な貴族ということでジャンヌは俺との結婚を希望して半年前に婚約した。


 しかしこの半年間は俺にとって地獄だった。

 ジャンヌは俺と婚約しても他の男と隠れて付き合うような女。


 一度、そのジャンヌの恋人とジャンヌの逢瀬の場面に遭遇したがその場から追い出されたのは俺の方。

 しかも次の日には婚約者とはいえ未婚の令嬢の部屋に忍び込んだ王子という噂が流れた。


 もちろん噂を流したのはジャンヌだ。

 ジャンヌの裏の顔を知る者たちは彼女を極悪令嬢と陰で呼んでいたのを知っている。



「あの、ジャンヌ嬢。婚約破棄の理由を訊いてもいいですか?」



 一応、俺にも王子としての立場があるので婚約破棄する理由を尋ねてみる。

 できれば父親である国王が納得する理由であって欲しい。


 それともまた俺はジャンヌに無実の罪を着せられるのだろうか。



「理由は私と王太子のライアス様との結婚が決まったからです!」



 高々と響くジャンヌの声に夜会に出席していた人々に騒めきが起こる。

 確かにライアス兄上の妻のシャリア義姉上は三か月前に病で亡くなっていて王太子妃の座は空位になっていた。


 ライアス兄上とシャリア義姉上にはまだ子供がいなかったのでシャリア義姉上の喪が明けたら新しい妻をとの声もあったのは事実だ。

 それがなぜ俺と婚約していたジャンヌになったのだろうか。


 するとそこにライアス兄上が近付いてきた。



「すまないな、ルーカス。私がシャリアの死に塞ぎ込んでいた時にジャンヌは私のことを親身になって慰めてくれたのだ。それにジャンヌのお腹には私の子供がいる。だから私はジャンヌと再婚することにしたのだ。このことは父上にも了承してもらった」



 国王が認めたのならそれは決定事項だ。



 なるほど。俺は兄王子に婚約者を寝取られた王子というわけか。

 きっと明日から社交界はその話題で持ち切りになるんだろうな。



「そういう訳ですのでルーカス王子と私の婚約は破棄ということですわ!」



 ジャンヌの勝ち誇った声が響く。



 しかし俺は悲観していない。むしろ極悪令嬢の悪名を持つ女と手が切れて嬉しいとさえ思う。



「それなら仕方ないですね。私はジャンヌ嬢との婚約破棄を受け入れます」



 俺はそれだけ言うと夜会会場を出て自分の部屋に戻る。



 俺は自由になったんだ。これで彼女を迎えに行ける。



 兄に婚約者を寝取られても俺が悲観しない理由は俺には幼い時に結婚しようと思った幼馴染がいるからだ。

 ジャンヌからの婚約の話がなければ俺はその幼馴染の女の子と結婚しようと思っていた。



 社交界が俺のことを寝取られ王子と噂する中、俺はひとりで王都にある孤児院に向かう。

 そこの孤児院で俺の幼馴染は働いているのだ。



「デリア!」


「ルーカス様!」



 久しぶりに会った幼馴染のデリアは俺の訪問を喜んでくれたが俺の寝取られ王子の噂は彼女の耳にも届いていたらしい。



「ジャンヌ様もなんてひどいことをするんでしょう。ルーカス様が可哀想です」


「俺はジャンヌと婚約破棄になって良かったと思ってるよ。だって俺はずっとデリアのことが好きだったから」


「え?」


「覚えてる? デリア。俺たちが出会った時のこと。俺が母親に連れられてここに慰問に来た時に転んでしまって足に傷ができた時に君が「痛くないおまじないしてあげる」って言っておまじないした後に俺の頭を優しく撫でてくれたよね。あの時に俺は君に恋をしたんだ」


「ルーカス様が……私に、恋……?」


「うん。だから婚約者もいなくなった俺だし君に結婚を申し込もうと思って今日ここに来たんだよ。デリア、俺と結婚して欲しい」



 俺はデリアの前に跪きデリアに結婚を申し込む。

 するとデリアの瞳から涙が零れ落ちる。



「わ、私も、ルーカス様のことが好きでした。でも、私は孤児でルーカス様のお相手には……」


「大丈夫だよ。王子だって言っても役立たずの寝取られ第四王子だもん。きっと父上も結婚の許可をくれるよ。もし許可してくれなかったら王子の称号を返上して俺もここで働くから」


「ル、ルーカス様……」


「愛してるよ、デリア。返事を聞かせて」


「……はい。お受けいたします」



 デリアは涙を流しながら俺と結婚する約束をしてくれた。


 そのことを俺は父親の国王に報告する。

 しかし国王から結婚の許可は出せないと言われてしまったので俺はデリアと約束した通りに王子の称号を返上して平民になってデリアと結婚した。



 身分は平民になったが商会の仕事をしながらデリアと孤児院の仕事もする毎日は楽しい。

 デリアとの結婚生活も順調だ。


 ジャンヌはあれからライアス王太子と結婚してこの国の王太子妃になってまたやりたい放題に贅沢をしていると聞いているが俺にはもう関係ない。

 ただ気になることは贅沢し過ぎてこの国の国庫が空になるかもしれないということ。


 さすがにこの国が財政破綻したら孤児院の経営もうまくできなくなる。

 そうしたら孤児院の子供たちを連れて隣国にでも行こうかと考えていた矢先。


 孤児院に異国の旅人たちが訪ねてきた。



「すみません。この孤児院に赤い髪に赤い瞳をした女性がいると聞いたのですがいらっしゃいますか?」



 赤い髪に赤い瞳の人間はデリアしかいない。

 この国でも珍しい特徴を持つデリアは「自分は異国の血が流れているかも」と冗談のように笑っていたことがある。



「それなら俺の妻のデリアだと思います。お~い、デリア、お客さんだよ」


「は~い」



 俺に呼ばれたデリアが姿を現すとその旅人たちはデリアの前に跪く。



「ようやく見つけましたぞ、ローラ皇女様。どうか我々と祖国ハルディアン帝国へお戻りください」






「ルーカス皇帝陛下。資料をお持ちしました」


「ああ、ありがとう。ガストン宰相」



 デリアと結婚して10年が経ち、俺はなぜかこの大陸で最大の領土を誇るハルディアン帝国の皇帝になっていた。

 あの日、デリアを訪ねてきたハルディアン帝国からの旅人たちから聞かされたのは驚愕の真実だった。


 なんとデリアは幼い頃、襲撃されて行方不明になったこのハルディアン帝国の皇女だと判明した。

 ハルディアン帝国の皇族にのみ現れる赤い髪に赤い瞳の特徴に加えてデリアの外見がその時の皇妃に生き写しだったことがその決め手となった。


 そこからは怒涛のような日々が続く。

 デリアと共にハルディアン帝国に行く条件として俺は孤児院の子供たちも保護して連れて行くことを申し出た。


 そしてデリアは皇女として生きる条件に俺を生涯の夫とすることを帝国側に要求する。

 デリアの実の父である皇帝はその条件を呑んだ。


 しかもデリアは先帝の唯一の子供であったためデリアが皇女として認められると俺はその夫としてこのハルディアン帝国の皇太子の位を与えられた。

 元々、王子だった俺は王族としての教養があり皇太子になっても特に苦労はしなかった。


 王子だろうが平民だろうが皇太子だろうが俺にはデリアがいればいいのだから。


 この国の皇太子となって5年が過ぎた頃、先帝が病で急死したため俺は皇帝に即位した。

 即位してから5年経ちデリアとの間に二人の子供に恵まれて俺は今、とても幸せに暮らしている。


 俺はガストン宰相が置いていった資料を読む。

 そこにはかつて俺がいた国のマーレベル王国の近況が書かれていた。



『マーレベル王国ではジャンヌ王妃による散財により国庫が枯渇し国家としての体制を維持できない状態にある。それを勝機と考えた近隣諸国は連合軍を結成し近くマーレベル王国に侵攻するとの情報あり』



「あの国ももう終わりか。ジャンヌは自業自得だが国民に罪はないな。戦が起こって難民が出たら救済できるように体制を整えておくか」



 俺がそう判断した時に執務室の扉が開きデリアが入って来た。



「ルーカス様。もうすぐ産まれる三人目の子供の名前の候補を考えてるんですがルーカス様は何かご希望ありますか?」


「う~ん、そうだな。男だったらライアス以外、女だったらジャンヌ以外だな」



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