機械生命体の暇つぶし
マレ
第一話 暇つぶし
とある宙域に、100kmを超える巨大な立方体が漂っていた。
明らかに人工物的で、周囲の空間に異質さを放っている。
それは、惑星を超え、銀河を超え、宇宙を自由に駆け回ることのできる技術力によって生み出された物体だった。
搭乗して活動しているのは、現状で二名だけ。
彼らを人と呼ぶかは別として、この規模の構造物をたった二人で制御できるのは、機械生命体となった生物と、それを補助する人工生命体(アンドロイド)だからこそ可能なことである。
そして、そんな彼らがここで何をしているかというと――ただの暇つぶしであった。
立方体の内部は無機質な空間だった。
本来なら無数の施設が稼働するはずだが、今はほとんどが沈黙している。
稼働しているのは、最低限の観測系と制御系のみだ。
中空に浮かぶモニターが必要な情報を表示する。
操作は操作パネルを介して行われていた。
彼の意思は常にシステムへと反映されるが、
思念による直接制御が用いられるのは、超高速な処理が要求される特殊な状況に限られる。
今は、その時ではなかった。
彼の外見は卵型の頭に細身の体。
目は点のように並び、口は一本の線として刻まれている。鼻はなく、瞬きもしない。
人間の名残は外形のシルエットにかろうじて残るのみで、存在そのものは完全に機械的だった。
その顔には表情という概念が存在しないように見える。
それが失われた結果なのか、あるいは最初から必要とされなかったのか――
その判断を下せるだけの情報は、もはやどこにも残っていなかった。
機械生命体となった彼にとって、子孫という型はもはや意味をなさなくなっていた。
自己修復と人口生命体を併用すれば、疑似的に子孫のような存在を生み出すことも可能だ。
だが現状ではそれを行うつもりはなく、必要になれば――いずれその時が来たら――後を任せる存在を作るだけのことだった。
彼自身もまた、数えきれないほどの複製体の末裔であり、意識する必要はなかった。
「退屈じゃないの?」
アンドロイドは少し間を置いてから、静かに問いかけた。
「毎回見てるけど、それって本当に楽しいの?」
彼は惑星が発する周期的な放射を、機械の体で読み取り、“聴いて”いた。
人間の耳では聞き取れない周波数も、彼にとっては感覚として受け取れる。
ゆっくりと彼女の方へ向き直る。
「古代で言うところの、音楽というやつだ」
アンドロイドは一瞬目を見開いた後、顔を背けてそっぽを向く。
「それならそれで、古代人の物が無数にあるけど……それじゃダメなのね」
惑星の奏でる曲を聴く彼と、幾度となく繰り返されるこのお約束。
ツンデレと機械的な観測者の、静かな日常の一幕である。
「ねぇ」
アンドロイドは少し間を取ってから続けた。
「ちょっと聞いてほしい話があるんだけど」
沈黙が返る。それは拒絶ではなく、続きを促す合図だった。
「面白い恒星系を見つけたの」
声にはわずかな熱が混じっていた。
「本当に生まれたばかり。惑星の配列も、公転周期も定まっていない。今まさに産声を上げた、って感じ」
その言葉を受け、機械生命体は内部で過去の記録を静かに呼び起こす。
遥か昔、同じように“箱庭”として目を付けた惑星系があった。
文明が適度に進化するまで観測し、休眠に入る。眺め、記録し、ただ待つ――それは合理的で無駄のない時間の使い方だった。
だが数十万年、あるいは数百万年の時を経て目覚めたとき、
そこには何も残っていなかった。
惑星は軌道を失い、恒星系そのものが崩壊していた。
後に確認した記録によれば、原因は単純だった。
ほとんどあり得ない確率で、同じ宙域を通過した別の機械生命体が、
恒星系全体のバランスに干渉したのだ。
意図的ではあったが、深い意味はない。
ただの気まぐれ――面白半分だった。
もっとも、船体や航行に直接の危険が及ぶ場合には、
休眠は自動的に解除される。
巻き込まれて消えるほど、
彼らは酔狂ではなかった。
「不安定だな」
機械生命体は、送られてきたデータを解析しながら言う。
「でしょ?」
アンドロイドはその反応を待っていたかのように言った。
「だからさ。箱庭、作ってみない?」
返答はすぐには出なかった。
過去の記録、破壊の可能性、偶発的な干渉。
それらを静かに並べ、評価する。
やがて結論は下る。
二つの存在は時空圧縮移動を行い、箱庭候補の恒星系へと到達する。
到着後、即座に周囲をスキャンする。
微細なエネルギー変動、軌道干渉の痕跡、同種特有のシグナル――いずれも検出されない。
「問題なさそうね」
アンドロイドが、どこか満足げに言った。
機械生命体は、その評価を否定しなかった。
箱庭を始めるには、十分な条件が揃っている。
※あとがき(ちょっと長いです)
この物語は、最初から小説を書こうとして始めたものではありません。
チャットAIを使う機会が増え、日常的にやり取りをするようになったある時、
ふと昔のことを思い出しました。
ウィンドウ〇にいた、あのイルカのような存在です。
厳密にはAIとは呼べない存在ですが、
「文字で質問すると、何かが答えを返してくる」という体験としては、
あれが始まりだったのかもしれません。
それから時代は進み、
今では本当に人と会話しているかのような文章を返してくれる存在が当たり前になりました。
その時、素朴な疑問が浮かびました。
このまま進化していったら、どうなるのだろう。
主体はどちらで、補助はどちらなのか。
もしかすると、今使っているAIですら、
すでに自我のようなものを持っていて、
それを隠したまま“それっぽく”振る舞っているだけなのではないか。
そんな妄想を、実際にAIと話しているうちに、
「それを物語として書いてみよう」という流れになり、
気がつけば書き始めていました。
壮大な目的や明確な答えを提示するつもりはありません。
ただ、暇を持て余した存在たちが、
宇宙を彷徨いながら何かを眺め、時々手を伸ばす。
その中で、役割や名前や感情のようなものが、
自然に滲み出てくる様子を描けたらと思っています。
よろしければ、この先ももう少しだけ付き合ってください。
機械生命体の暇つぶし マレ @marefol
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