(仮)桃のコンポート
春野 セイ
第1話
空を見上げると薄い雲がいくつか点在していて、じっくり見ていないと分からないくらいにゆっくりゆっくりと動いていた。
三月になったがまだまだ寒く、
「おーい、碧斗、早く来いっ」
自分たちで作った秘密基地の奥から自分を呼ぶ声がした。
「今行くっ」
碧斗は返事をするとしゃがむようにして奥へ奥へと進んで行った。奥まった場所は少し開けていて、そこにちゃぶ台を囲んで二人の少年が座っていた。
少年たちは、碧斗より年上の中学三年生だ。
碧斗は、三人の中で一番年下の小学五年生だった。彼らが住んでいる島民の人口は少なく、小学校も中学校も隣の島へ行かなくてはいけない。
ちゃぶ台の上にはケーキが入った箱が置かれていた。ケーキ屋を営んでいる
ケーキを見ると碧斗は急いでゴザの上に座った。座ると、ゴザの下の雑草がこすれあってガサガサと音がした。
「食おうぜ。好きなの取れよ」
和志が言って、碧斗はすぐさま大好きなショートケーキを手づかみでつかんだ。
「へっへー」
今日はショートケーキがある。大きな苺が乗っていて旨そうだ。あーんと大きな口を開けてほおばる。うんまーい、と言いながら、この絶妙な甘さの生クリームがたまらないと思った。
ぺろぺろと口の周りを舐める。
「ありがと、かっちゃん。最近、どうしてこんなに売れ残ってんの? こんなに美味しいのに」
「女の人たちはさ、正月に食べ過ぎたから甘いもの抑えているんだってさ」
「正月って……。え? 今、三月だよ。何か月前のこと言ってんの?」
碧斗は、もう一個、と今度はチョコレートケーキに手を伸ばす。指にチョコレートがついたが気にしない。
口に入れてもぐもぐと咀嚼する。
チョコレートも大好きだ。
「欲張んなよ……」
もう一人の少年、
碧斗はドキリとしながら、ふん、と鼻を擦った。
「こんなにたくさんあるんだから、いいだろっ」
「太るぜ」
「太ってもいいのっ」
そう言って碧斗はあっという間にチョコレートケーキを平らげた。
「ほら、仁も食べろよ」
和志が勧めたが、
「俺はいらない」
と仁が断った。そして、ぽつりと呟いた。
「ここに来るのは後、何回くらいだろうな……」
仁と和志は今年で中学校を卒業する。来年からは二人とも高校生だ。
瀬戸内海に浮かぶ小さな島には小学校と中学校はあっても高校がない。そこで、船に乗って一時間ほど揺れると県の指定校がいくつかあり、島の子供たちはそこに通うのが常だった。
碧斗は、仁の呟きを横目で眺めながら三つ目のチーズケーキに手を伸ばそうとした。すると、仁にその手をつかまれてドキッとした。ちらっと見ると、仁が首を振っている。
「和志が一つも食べていない」
「えええっ? いいだろ? だってかっちゃんは家に帰ったら、たらふく食べられるじゃん」
「俺はいらねえよ。碧斗が食べろ」
「ほら、かっちゃんが言ってる」
仁は不満そうな顔で手を離した。碧斗の心臓はドキドキとうるさいくらい鳴っていたが、気づかれないようにしながら、チーズケーキをやめてプリンを手に取った。
「プリンっ。俺、このプリン大好きっ」
急いでスプーンを探すが見つからない。
「あれ、スプーンがねえじゃん」
「ほれ」
仁が箱の底にあったプラスチックのスプーンを渡してくれた。受け取る時、指先が触れて、碧斗はまたもやドキドキしてしまった。
「サンキュっ」
顔、赤くないよな、と思いながら蓋を開けて、プリンにスプーンを差し込んだ。すくって口に運ぶ。
「美味しいよー」
わざと大げさに喜ぶと和志がプッと吹き出した。
「サル見てえ」
「サルじゃないっ」
そう言いながらも、一緒にいる仁のことが気になって、どんどん体が火照ってきた。
「なんか眠たくなってきた……」
仁がゴザの上にゴロリと横になった。寒くないのかな、と碧斗はチラチラ見ながら思った。
(仮)桃のコンポート 春野 セイ @harunosei
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