【カクコン11短編】出産呪
七月七日
第1話(1話完結)
出産呪
祝儀袋には、下手くそな筆字でそう書かれていた。
「出産‥‥‥
水引の下には『大空姫星』と、これまた下手な字で名前が書かれている。
祝儀袋と一緒に、一筆箋が入っていた。こっちも下手くそなボールペン字の手紙だった。
➖祐美ちゃん
難産って言ってたけど、無事に生まれて良かったねえ。ずっと陣痛が続いたんでしょ、ホントお疲れさま。お呪い、マンションの住所に送ったよ、実家の住所分からないし。お金にしたのは欲しいものがわからなかったので。お金なら必要なもの何でも買えるやん。子育てには何かとお金かかるって言うし。 姫星➖
やっぱり祝が呪になってる。覚え間違ってるのか、この人。
文面はとてもフランクで正直に書かれていて、二人の仲の良さを物語っている、漢字の間違いさえ無ければ。
確かに祐美は難産だった。陣痛が始まってから三十二時間、祐美が苦しんでいるのを見るのはホント辛かった。できる事なら代わってやりたい。祐美の手を握る事以外何もできない自分を呪った。
ん?呪った?
この使い方は間違いではないよな。
この祝儀袋は、今朝現金書留で送られてきた。今時現金書留⁈と思ったけど、出産直後だし、お祝い金が送られる事もあるのだろうという考えが頭をよぎり、納得した。中には渋沢栄一さんが一枚入っていた。職場の付き合いなら妥当な金額か?
差出人の名前に見覚えがあった。結婚式で祐美側の招待客の中にいたと思う。キラキラネームだから覚えていた。姫星と書いて確かきららと読むと教えてもらった記憶がある。祐美の会社の先輩だ。一番仲がいいと言っていた。
祐美は実家に帰っている。産休をそこで過ごすつもりだ。祐美のご両親も久々の子育てに腕まくりまでして喜んでくれた。
昨日休日出勤して、今日は日曜日だからゆっくり寝てたのに、朝から郵便局員の訪問で起こされた。祐美宛てだったので電話したら、開けてみてくれと言われ、開封してこの不吉な祝儀袋に嫌な思いをさせられたというわけだ。
祝儀袋と手紙を写真に撮り、祐美にLIMEで送ったら、すぐに電話がかかって来た。
『あはは、先輩らしいな。字、間違ってる』
祐美の反応はそんな軽いものだった。
「よく間違えるのかい?」
『うん、会社では手書きはないけど、よくPCで変換ミスして怒られてるよ〜』
祐美の声は明るくて、全く屈託がない。単なる書き間違いらしい。
『ありがとう、先輩にお礼の電話しとくわ。お返しも考えないとね!』
「そうだな。あ、
俺たちの大切な第一子には二人で瑛斗と名付けた。
八月八日生まれだからエイトだ。もし、日にちがズレても八月だから大丈夫だろうって、事前に決めてた名前だ。
『うんうん、元気だけど、さっきやっと寝かしつけたばかりだから、今はダメよ。起きたら電話する。今日はずっと家に居る?』
「居るよ。いつでも電話してくれ」
昼過ぎに、ビデオ通話で瑛斗の様子を見て、今朝の嫌な思いは一瞬で吹き飛んだ。
祐美の実家はこのマンションから車で二時間くらいだ。金曜日の夜か土曜日の朝にはたいてい祐美と瑛斗の顔を見に行く。祐美は義父母にずいぶん甘えているようで、子育ても親任せ。瑛斗はじいちゃんばあちゃん子になりそうだ。
不吉な祝儀袋が届いてからひと月くらい経ったある土曜日、前の日に飲み会があって寝坊したので、
『先輩がもうすぐ来るの』
「えっ?あの人?住所教えたの?」
『お返しを送るのをお母さんに頼んだら、ここの住所書いちゃって。意外と近いから来てもいいかって先輩が』
「今日、来るの?」
『うん、それがね、ちょっとこのLIME見て』
祐美は、先輩から来たLIMEを俺のスマホに転送した。
➖実はアタシ、一度結婚に失敗してる。原因は、アタシに子どもが出来ないからなんや。だから、祐美ちゃんに子どもが生まれたのホント嬉しくて。直接会って呪いたかったし、赤ちゃんにも会いたいし。ああ、早く見たいな、エイトくんが笑ったり泣いたりするところ。時間があるから前に送ってもらった動画見とこ。➖
『また祝うが呪うになってるんだけど、手書きじゃないのに呪うと祝うを間違えるかなぁ』
俺は背筋が凍る思いがした。なんだろう、この強烈な違和感は⁈
文体だ。このLIMEといい、この間の手書きの手紙といい、どこか不自然な気がした。
あの手紙は、祐美に渡したからもう手元にはない。だけど、祐美に送ったLIMEに写真が残っている。
「その先輩はどこの人?てかどこの出身?」
俺はその二つを何度も読み返して、また祐美に電話した。
『東京だよー。生まれも育ちも』
「関西弁みたいなのをふざけて使ったりする?」
『それはないかな〜』
そうだ。違和感の正体は文末なんだ。関西弁のような文末。俺は手紙とLIMEをもう一度読み直して戦慄した。
「先輩は何時ごろ来るんだ!」
『11時過ぎに着く電車だから、もうすぐ駅に着くよ。そこからタクシーで‥‥‥』
「祐美、よく聞いて。ドアと窓、全部に鍵をかけて、先輩が来ても絶対に家に入れないで」
『えっ、何で?』
「その女は危険だ、殺される!」
『何言ってんの、先輩はそんな人じゃな‥‥‥』
「いいから!早く言う通りにしろ!」
俺は思わず声を荒らげた。俺の剣幕に押されたのか、祐美が窓や玄関に鍵を掛ける音がした。
「お父さんは?」
『ゴルフ』
祐美の声が震えてる。俺の声に怯えてるんだ。そうだった。義父は毎週土曜日にゴルフに行く。家には祐美と義母と瑛斗だけだ。
「お義母さんに百十番に電話してもらって。不審者がいるからって」
『えっ、警察⁈』
「いいから、言うことを聞いてくれ!」
俺も涙声になって来た。只事ではないことをやっと理解したのか、祐美は義母に頼んで警察を呼んでもらった。
「いいか、絶対に開けるんじゃないぞ。俺も今からそっちに行く」
電話を一旦切って、着替えてすぐにマンションを出た。
普段は車で行くが、こんな精神状態で運転するのは適切な行動ではないと頭が警鐘を鳴らしている。電車でも車でもかかる時間は変わらない。俺は駅に向かった。
もう先輩が着いてる頃だ。祐美たちは二階で鍵の掛かる部屋に篭っている。どうか無事でいてくれ!
駅に着いて、電車の発車までの間に電話してみた。あれから三十分は経っている。
十回コールしたが祐美は出ない。まさか、そんな!
十五回目に繋がった。
「祐美!無事なのか⁈」
『うん、うん、大丈夫、でもお母さんが』
「お義母さんがどうかしたのか!」
『腰を抜かした』
祐美の話を要約すると、女は玄関のインターホンを何度も何度も押し、返答がないので庭からテラスサッシを開けようとした時に、交番の警官に呼び止められて、持っていたナイフで警官を刺したそうだ。
女はその後、石でサッシのガラスを割って家に入って来た。
三人は二階に避難していたが、義母が音を聞きつけて階下に降りて、ナイフを振り翳して襲って来た女にダイニングの椅子で応酬した。女は脳震盪を起こして気絶し、義母はその場で腰を抜かした、と言う訳だ。
女はその後、駆けつけた別の警察官に取り押さえられ、救急車で病院に搬送された。義母とナイフで刺された警官も救急搬送された。幸い警官も命を取り留めた。
俺が着いた時、実家では刑事が二人待ち構えていた。ゴルフから帰って来た義父は、義母のいる病院に駆けつけたそうだ。腰を抜かしただけだから命に別状はないが、義母は安静のため一晩入院した。
刑事は、俺が何故、あの女が危険だと分かったのかを聞きに来たようだ。
「この手紙には“しんでしまえ”、こっちのLIMEには“ころしてやる”という文言が隠されています」
俺は、手紙の写真とLIMEの文面を示して説明した。
「そんな‥‥‥」
祐美は瑛斗を抱きしめてそう呟いた。
『出産呪』 了
【カクコン11短編】出産呪 七月七日 @fuzukinanoka
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