第3話 再会

 月日はあっという間に流れ、クリスマスがやって来た。クリスマスはハロウィン同様に雑談イベントを開いた。キャストも客もサンタやトナカイ風のクリスマス改変をしていて、なかには雪だるまもいた。


十月から十二月のお砂糖ラッシュで、カップルでイベントに参加している人がたくさんいた。


「お砂糖お砂糖ってほんと嫌になるよなー」


またたびがぼやきながら絡んできた。


「この中の何組が冬を越せるんだろうな」


他のネット恋愛のことは知らないが、この時期のお砂糖はお塩までの時間が他の時期と比べて短いらしいということを俺は最近知った。


「おいおい、キャストが客をそんなふうに見ちゃだめだろ」


そもそもお砂糖自体、長期間続けることが難しいと言われているから基本的に長続きしないものなのだろう。ハロウィンにお砂糖した俺も人のことは言えないけど。ましてや俺は、気持ちが100%かのんさんに向いているかというと言うと、自信がない。


「いやあ、わかんねーぞ、誰が何を聞いているかなんて。イベントキャストなんてゴシップ好きの格好の的だぞ」


「まあ、そんときゃそんときだ」


「チッ、つまんねーの。それよりお前、あの人はどうなったんだよ」


「あの人って誰だよ」


「んなもん決まってるだろ、サクヤさんだよ」


「特に何も、そもそも最近会ってないしな」


「なんだよー、お前イベント始めてからなんか冷めてるよな」


「そんなことねーよ」


会話のなかでその名前が出てきたので、サクヤさんのことが意識に昇ってきてしまった。ハロウィンのときは見なかったけど、今日はどうだろう。辺りを見回しても見つからない。Social欄を開いて見ると、どのインスタンスにもおらず、プライベート表示になっている。これだけイベントが大きくなっても駄目か。それともタイミングの問題か。このイベント自体に来てるなら顔を見せに来てくれてもいいはずなのに。


やっぱり俺なんか眼中に無いのかな。




***




イベントが終わり、かのんさんとプラベで二人っきりになった。


「私、VRCでのクリスマスって初めてなんだよね」


「俺もだよ」


「今日は楽しかったなー。イベントでみんなとワイワイ騒いで、今はこうやってアールくんと二人っきり」


「俺もあのイベントのおかげでVRCがより楽しくなったし、何よりかのんちゃんとお砂糖できたからね」


「えっ、うれしー。普段そんなこと言ってくれないのにー」


「うるせえな!こんなこと言うのは今日だけだからな!」


「えー、毎日言ってよー」


「嫌だね。まったく、言って損したわ」


しばし無言が続いたあと、突然かのんは抱き着いて来た。


「なんだよ急に」


「なんか、ロマンチックじゃない?」


かのんは微笑みながら言った。


「そうだね」


俺は彼女を抱きしめ返す。そして数秒見つめ合った後、唇を重ねる。彼女は少し驚いていたが、俺はそんなことお構いなしにさらに彼女に侵入する。互いの舌を絡ませると、痺れるような快楽が蠢く肉に流れる。始めは彼女は受け身だったが、吐息の温度が上がるに連れて、弄ばれるままだった彼女の舌の動きが激しくなった。


俺は彼女の背中に回していた腕を下ろし、ふたつの膨らみに手を伸ばす。輪郭にそってそれを優しく撫でる。


「あー、そういうのはちょっとやめて欲しいかなー。」


突然彼女は目を逸らしながら言う。


「キスぐらいまでならまぁ、そっちに合わせられるけど。私感度とか無いし…」


盛り上がっていたところの突然のカミングアウトで冷や水を浴びせられた気がした。


「ごめんね、雰囲気ぶっ壊しちゃって。でもずっと演技してるのも騙している気がしてなんか悪いなって…」


俺は梯子を外された気がして狼狽えてしまった。


「そ。そうだったんだ…いやー、俺もちゃんと確認すれば良かったなー。ごめんごめん!」


ったくもっと早く言えよ。なんなんだよこの女。


「いやー、ほんっっっっとごめん!!!まさかこうなると思ってなかったから!」


結局俺は冷めてしまい、この日は解散することにした。今日はもう寝てしまおうかと思っていたが、不完全燃焼で憤りを感じていた俺は一度も使ったことのないサブアカウントを開いた。怒りと自己憐憫を感じていた俺は軽い気持ちでヤリモクワールドに行った。そこは、苦虫を嚙み潰したような気分の俺とは裏腹に、性の夜を謳歌しているVRChatter達がいた。今夜の相手を探す者、偶然見つけた獲物を蠱惑する者、既にマッチングが成功した者。そんな光景が視界にめくるめく流れ込んでくる。すると衝撃的な光景が目に入った。このワールドにはベッドルームがあるのだが、それは鏡張りになっており、そこで行われている行為が外から丸見えだったのだ。


「う、うそだろ…」


あまりにも赤裸々な光景に俺は言葉を失ってしまった。そして、さらに衝撃的なものが目に入った。


「あそこにいる人は、どこかで見たことあるような…」


長くて青い髪、赤と青のオッドアイ。あのアバターはおそらくウルフェリアだろう。俺はあの改変を知っている。あれはサクヤさんだ。


俺の目には涙が溢れていた。湿気によりHMDのレンズが曇り、目の前で繰り広げられている光景が徐々にぼやけていく。俺は耐えられなくなってHMDを外してベッドに潜り込んだ。


かのんに行為を断られ、憧れだった人間の見たくもないものを見せられた俺は、半ば自暴自棄に一度も使ったことのないサブアカウントを開いた。そして傷付いた心を癒すために、俺は安直な方法を選んだ。そして、サブアカウントの使用頻度が上昇していった。

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