私はなにもしてません〜勇者に勇者を押し付けられた村娘のお話〜

皇冃皐月

第1話 勇者と出会う

 私の名前はコト・ネルトラン。

 小さな街で農業を営む両親の間に生まれた一人娘。

 魔法も、剣術も、勉強もからっきし。唯一の取り柄は、この国で名前を轟かせている女勇者:ハーリィ・レクエルドと顔がそっくりなことだった。

 赤い髪の毛、白い肌、ちょっと鋭めな目つき、そして左の泣き袋にぽつんとあるほくろ。


 鏡を見ても、水面に反射する顔を見ても、勇者に似ているよなあ、と自画自賛したくなる。


 もっとも顔が似ているからなんだという話ではある。


 でも今の生活も悪くない。

 お父さんもお母さんも優しいし、農業のお手伝いだって決してつまらないわけじゃない。

 時には苦しいことだってあるが、それはきっとどんな職業でも同じなのだろう。


 「コト〜、肥料がなくなりそうだから調達してきてくれるか?」


 畑の方からお父さんの声が聞こえてくる。


 「わかったー! いつものねー?」

 「ああ、いつものでいいぞ」


 こうやって、日常を何気なく、淡々と過ごしていく。私の人生はそうやって消費されていくのだろう。

 それもまた悪くない。


 なんて思いながら、街へと出る。


 街は活気に溢れていた。

 どこもかしこもお祭り騒ぎ。いつもよりも人が多い。


 「おじさん。なんでこんなにどんちゃん騒ぎしてるの?」


 近くにいた、八百屋のおじさんに声をかける。


 「ああ、コトちゃん。知らんのか?」

 「知らんってなにを〜、知らんもんは知らんよー」


 おじさんは変に訛っていたので、私もつられて訛ってしまう。

 この村、もとい街にいて嫌なところの一つだ。訛るのは……恥ずかしい。


 「なんか来てるらしいーよー?」

 「なんかってなにが」

 「勇者」

 「ゆぅしゃ?」

 「ああ、勇者」

 「勇者って、あの? パーティ名、赤色の天使。の、リーダー、ハーリィ・レクエルド?」

 「あーだ。むしろ、それ以外に誰かいるんか?」

 「いねーな」

 「いねーべ」


 まさか、まさかのまさかだった。


 「私のこと見間違えてるとか?」

 「いや、違うね」


 おじさんは断言した。


 「俺がこの目でしっかりと見たからな」

 「そっか……わかった。ありがと。おじさん」

 「おいおい、今日は買っていかないのか?」

 「卸すのも買うのもないよー」


 ひらひらと手を振って、歩き出す。


 この異様な盛り上がりは勇者が凱旋しているから、ということらしい。

 それなら納得出来る。


 納得して、街中をこのまま歩くのは良くないなとふと気づく。

 勇者と瓜二つな私が街中を歩けば、勇者だと勘違いされるのは目に見える。

 それで勇者を偽っている不届き者だとか、勇者に難癖つけられたら溜まったもんじゃない。


 夜になるまでどこかのお店で身を潜め、夜になったらこそこそと帰ろう。


 というわけで、一旦目の前の衣服店に入った。

 ここも行きつけのお店だ。匿ってくれ、と頼めば匿ってくれるだろう。着せ替え人形にされるかもしれないが。


 「あっ……」

 「わ、私がいる!?」


 勇者、ハーリィ・レクエルドと遭遇してしまった。


 そして、


 「ちょっと、いいかな。お願いしたいことがあるんだけど」


 と、土下座。


 「え、いや、は? な、なんですか」

 「お願い。代わりに勇者をしてくれないかな?」

 「代わりに……私が!? 私が代わりに勇者を!?」

 「そう。探してたんだ、私のそっくりさん。もう勇者、疲れちゃったから。代わりを探してたの」

 「いやいや、待ってください。無理です。剣も魔法も私には使えないですし。戦えないですし」

 「大丈夫。君が攻撃しているように遠くから支援するから。安心して?」

 「そ、そういう問題じゃ……」

 「なにもしなくていいから! 立ってるだけでいいから!」


 ハーリィ・レクエルドは情けないほどに懇願してきた。

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私はなにもしてません〜勇者に勇者を押し付けられた村娘のお話〜 皇冃皐月 @SirokawaYasen

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