クリスマスの憧瞳

紙の妖精さん

クリスマスの撞瞳 Christmas longing




放課後、私はいつもの軍放出品店で待っていた。店内には古びた木箱が積まれ、米軍の迷彩服やミリタリナイフ、工具入れが雑然と並んでいる。

遅れてやってきた友達の、同級生の佐北玄蔵は、挨拶もそこそこに店の中に沼のように はまっていた。宝物でも見つけるかのように箱の隙間を覗き込み、指先で金属の冷たさを確かめて。


「これ、新型バタフライナイフ。この軸の作り、微妙に状態維持機構金属のバネが……磁気強化マウント式に変更されてる」

彼の声は興奮気味だが、なぜか落ち着いて聞こえる。手元のナイフは、閉じた状態でも金属の部の強靱さが彼の指に伝わる。


「学校で使うの?」私が尋ねると、彼は微妙に笑った。

「使わない。でも、こういうのって、触って、分解して、組み立てて……その感覚が面白いんだよ。機構の矛盾を理解する快感とか……」


私は少し引き気味にナイフを眺めた。


佐北は次々に木箱を開け、工具や組み立て式ベッドフレーム、キャンプ用具を取り出しては、使い方や強度の説明を始めた。

「この工具類、普通に見えるだろ?でも、落としても、濡れても、錆びても、機能を保持する」


佐北は店内の奥に進むと、赤いラインが入った木箱の一つをそっと開けた。中には、いくつかの薬莢が整然と並んでいた。


「見て、これも放出品だけど、未使用のままみたい」

彼が指差したのは、まだ銀色に光る小型の深双層刃アーミーナイフ。軸の部分には微細なグリースが残り、開閉を滑らかにしている。「こういうのは、個体不良が起きにくいんだ。軸の寸法誤差が最小限に抑えられてる」


隣には、使い込まれたナイフがいくつか。刃の一部には擦れ痕があり、柄もところどころ塗装が剥げていた。「これは実戦で使われたやつかな。握り方や使い方によって摩耗が出る。でも、機能に支障はない。軍用装備は、設計が硬い」


そして、薬莢のコーナーに目を向けた。小さな金属筒の一つ一つに微妙な違いがあり、彼は興奮気味に解説する。「同じ口径でも、製造年代や工場が違えば微妙に寸法が違う。撃発の安定性に影響するけど、許容範囲内なら問題ない。弾薬もまた使える状態で保管されてることが重要」


工具入れの中には、多種多様な道具が並んでいた。ペンチ、ドライバー、ワイヤーカッター、そして小型の折り畳み式スコップ。「米軍の装備って、複数の用途を兼ねるように設計されてる。持ち運びやすく、過酷な環境で容易く機能する」


佐北は私の目を見て言った。「面白いのは、ナイフや工具だけじゃなく、薬莢も含めて、全部、次に使えることが前提なんだ。使われたものと未使用のものが混ざってても、設計思想としては同じ」


私は感心して、つい笑ってしまった。ナイフや薬莢を並べた彼は、まるで小さな工場長のようだった。


店の奥から、年季の入った声が響いた。


「また来たか、佐北」

カウンターの向こうで、親父さんが微笑んだ。


佐北が少し身を乗り出し、指をナイフに向けて尋ねる。

「親父さん、このバタフライナイフ、いくらですか?」


親父さんはナイフを手に取り、軽く回して見せた。刃の軸部分の滑らかさを確かめるかのように、何度か開閉する。

「これは未使用だ。軸の精度も高く、摩耗はほとんどない。軍用放出品としては上等だ。値段は……、手頃と言えるだろう」


私はそっと隣の木箱をのぞき込む。そこには、同じくバタフライナイフの中古品や、ちょっと変わった折り畳み式ナイフが並んでいた。

「使い込まれてるやつは、刃の摩耗や柄の擦れがある。設計は、使用時に握りが甘くても、軸が少し汚れていても、許容範囲内であれば次の動作は確実」佐北は、ナイフの刃先に指を沿わせる。親父さんは軽く手を制した。

「刃には触るな。見て、感じろ」


私は心の中で思った──こういうところが、米軍放出品取り扱い店の面白いところなンだろうなあ。


佐北は財布をちらりと見て、少し困った顔をした。

「正直、今、お金があんまりなくて……」


店の親父さんは眉をひそめたが、すぐに目が輝いた。

「おや?何を出すつもりだ?」


佐北玄蔵は手首を見せ、静かに言った。

「これと……あとこれも」

旧日本海軍の記念腕時計と、旧ドイツ軍海岸防衛用の正式腕時計だ。


親父さんは目を見開き、両方を手に取った。

「おお……これはすごいじゃないか。旧日本海軍のは……大和の進水式記念モデルじゃないか。動くのが珍しいんだよ、現存してるやつでも。ドイツのはさすがに動くのは当たり前だが。」


「この2つで、バタフライナイフと交換……できませんか?」佐北。


親父さんはナイフを手に取り、二つの腕時計と見比べる。刃を軽く開閉しながら、うなずいた。

「よし、これでいい。お前、なかなかいい目利きをしてる」


佐北玄蔵は小さく息をついた。

ナイフは、鋭い刃先が光を受けてきらりと反射した。

「ありがとう……」佐北。


私は興味津々でナイフを覗き込む。

「いいなあ……握りの感触も、軸滑も完璧そうだし」


佐北はゆっくりとナイフを開き、手元で軽く回してみた。

「米軍放出品は面白い」


店の親父さんは満足げに微笑んだ。

小さな店の空気の中で、佐北は握ったナイフの重さと、時計二つの歴史の重さを同時に感じていた。


佐北がナイフを手にしていると、店の親父さんが言った。

「手入れの仕方は分かるだろ?」


「はいだいたいは。メンテナンス専用サイトのネットに書いてありますから」と佐北は答える。


親父さんはさらに目を輝かせる。

「このナイフな、横須賀の艦隊の通信班の連中がな……」

親父さんは語り始めた。ナイフの由来の逸話だ。


「艦長の秘書の女の子と、空母の中のタクティカルシュミレーターで対決中に。領空侵犯の未確認飛行機が……戦闘巡航行動で停泊空母に近づいてきて、早期警戒レーダーに映らない戦闘機だから、艦長に『これ映るようにできるか?』ってなって。それを、なんとか映したらしいんだよな」


佐北は驚いた顔をした。

「それどうやって?」


親父さんは首をかしげながら。

「新型レーダーの電波量子超干渉重力波レーダーだとかなんとか……いつ開発されたんだかさっぱりだが、空母搭載標準プライマリーディスプレイ〘PPI/Plan Position Indicato〙に映したらしい。そんで、艦長からもらったんだとよ、このナイフ」


佐北はナイフを回しながら、店の薄暗い光に反射する刃先を見つめた。

「面白いなあ」


親父さんは満足そうにうなずいた。

「そうだ。単なる刃じゃない。歴史も、逸話も、詰まってるナイフだ」



佐北はナイフを手に取り、刃と柄を丁寧に確認した。

「この構造……」と佐北。

親父さんはうなずき、少し身を乗り出す。


「そうそう、スプリング式のオープナーだ。普通に握るだけで、片手で開閉できる。だが、重要なのは耐久性だ。海上の通信班とか、酷い湿気や塩水の中でも円滑に動く」


刃の付け根の軸を指で弾きながら、親父さんは続ける。

「ヒンジは分解可能だけど……。摩耗や砂、塩分が入っても、作動不良は最小限」


佐北は柄の溝に指を滑らせる。

「こういう凹みとかも意味が?」


「もちろんだ。滑り止めで握りやすくするのもあるけど、海上で手が濡れていても操作できるように、力の伝達は最適化してくれる」


親父さんは店の奥の棚に目をやり、古い薬莢やナイフを指さす。

「軍の放出品って使った人たちの経験、過酷な環境での試行錯誤、そういうのが読み取れるだよ」


佐北玄蔵は刃を閉じてポケットに収めると、今日の収穫を静かに噛み締めた。


佐北と親父さんが盛り上がっている横で、私は棚に並んだ金属の塊や布切れを眺めていた。

正直に言えば、どれも「すごい」とは思うが、どう付き合えばいいのか分からなかった。


その様子に気づいたのか、親父さんがこちらを見て声をかけた。

「どうした、佐北の彼女。軍用品は嫌いか? それとも、つまらないか?」


私は言葉を選んだ。

「彼女ではありません。友達です。軍関係のアイテムは……、日常生活で学生である私に……使い道が……」


一瞬の間のあと、佐北玄蔵と親父さんは同時に吹き出した。


「お前、面白いこと言うなあ」

親父さんはそう言って、カウンターの下から小さな箱を取り出した。


中に入っていたのは、金色と銀色が混ざったようなバッジだった。

「いいものだろ。これはアメリカのスタッツだ。言っとくが、本物の階級章じゃない。いわゆるイミテーションだ」


そう前置きしてから、親父さんは続ける。

「でもな、これが適当な偽物だと思ったら大間違いだ。映画やドラマの現場で必ず使われる、軍関係小道具のイミテーションメーカーが作ってる。本式の型取り、質感、重さまで揃えてある」


私は手渡されたバッジを指先で転がした。

軽すぎず、重すぎず、変に主張しない存在感があった。


親父さんは棚に寄りかかりながら言った。

「使われ方を想定して作られてるって点では同じだが、こういうのは語るための道具でもある。身につけてるだけで、勝手に周りが物語を乗せてくる」


佐北が横から口を挟む。

「確かに、それ付けてたら一発で言われるな。あ、あいつミリオタだ、って」


親父さんはにやっと笑った。

「そうだ。それでいい。これを付けて歩けば、お前さんもミリタリーオタクだ。否定するなよ。そこで否定すると余計に深掘りされるからな」


私は苦笑いしながら、バッジをポケットにしまった。

「……頑張ります」


「頑張れ」

親父さんはそう言って、また佐北の方を向いた。


店の中には、また金属と設計思想と、少し誇張された逸話の話題が戻ってきた。

けれど私の中では、軍用品というものが、ほんの少しだけ違って見え始めていた。


使い道が分からないからこそ、勝手に意味を背負わされる。

そういう物も、確かに存在するのだと。


軍放出品店を出た後。佐北は

「俺、ちょっとこの店の親父さんと話があるから、お前、先に帰っていいよ」と言った。


「分かった」

私は、随分、仲がいいなと思いながら店先で別れると、てくてく歩いて帰る。


家に向かう途中、私はさっきのやり取りを思い返していた。

佐北は確かに軍用品やオタク趣味に詳しいけれど、あの親父さんとの間には単なる買い物以上の信頼関係があるのかな。

軍放出品を通じて築かれる、ちょっと変わった友情のようなもの?


道すがら、もらったバッジのことを考えた。

特別なものというわけではないけれど、佐北の世界の一端を垣間見たような気がする。

そして、自分が「ただつまらない」と思ったことも、少しだけ違う角度から面白いのかもしれないなあ。


家のドアを開けると、日常の空気が広がる。



****



私は家に帰ると中学校のスクールカバンからさっきの階級 バッジを出してきて、机の上において、しばらく眺めていた。そうすると、友達の智川莉伊さんから電話が来た。


「今日クリスマスイブ、明日クリスマスだけど私たちって付き合っているんだっけ?」


「あの、どういうことでしょうか?」


「私の家クリスマス、ダメなんだよね、家がお寺でしょ、

だからキリストのお祭りはダメってってるから……私だけ 何でクリスマスこんなにテンション低いのかな?」


「分かりました、クリスマス 盛り上げるために、私にできることがあれば、何とかします。智川莉伊さん」


「クリスマスプレゼントの交換しようよ、私はもう用意してあるから、あなたは?」


私は机の上にある階級バッジを見ながら 心の中で『これでいいかな?もしかしたらスクール鞄とかにつけたらかっこいいかも?』と思った。


「クリスマスのプレゼントの交換だったら、何とか良さそうなのがあるから、交換できます。今からそっち行いましょうか?それとも、そっちがこっちに来ますか?」


「今から行くから、そこで待ってて、30分から45分後ぐらいに集合だからね、あなたの部屋に」


「了解しました」


時計を見ると、集合時間まであと30分ほどある。

その間に部屋を少し片付けて準備しておこう。

クリスマスの雰囲気なんて普段意識しないけれど……。



智川莉伊さんは、正確には約45分後に私の家にやって来た。

部屋に案内すると、彼女は少し照れたように笑いながら言った。


「クリスマスプレゼントって言っても、私たちの関係から考えると、お花が妥当かなと思ったんだよね。でもよく考えたら、枯れちゃう。だから種にしたの。ひまわりの種。パッケージしてもらうのにちょっとお金かかるって言われて、お店の袋がクリスマスバージョンだったから、それに入れてもらったんだ。種、100個くらいあるから……」


「ひまわりの種がいいです」私。


「OK」と彼女は頷いた。



私は机の上の階級バッジを手に取り、智川莉伊さんに差し出す。

「これ、アメリカ軍の階級章なんです。イミテーションだけど、映画とかで使えるやつです。 ちゃんとしたものだから。結構綺麗でしょ。汚れてないし、新品みたいだから、カバンにつけるといいかも?」


智川莉伊さんは一瞬、目を細めてじっと見つめた後、にっこりと笑った。

「なかなか、かっこいいなあ。ありがとう」


その笑顔は柔らかく、少し照れたようで、でも目は真っ直ぐにこちらを見ている。小柄で動きは軽やか、だけど目の奥には意志の強さがあるような子だ。私が階級バッジを渡す。彼女は、自然に手を伸ばして受け取り、カバンに、そっと取り付ける。その手際のよさに、ちょっと感心してしまった。


「スクールカバンにつけたら目立つね」


智川莉伊さんは微笑んだまま、私を見た。どこか楽しそう。


私は彼女がひまわりの種の入った袋を差し出すのを受け取る。


彼女の指先から伝わる小さな温もりや、ほんの少し赤くなった頬、軽くはにかむ。


智川莉伊さんのひまわりの種は少し意外だったけれど、彼女の思いやりが伝わるものだった。ふと、もし私物をくれると言ったら、どんなものをもらえたのだろうか、とぼんやり考えた。


僕はひまわりの種を受け取りながら、にっこりと答えた。

「ありがとうございます」


私は、『クリスマスにお互いを励ますようなプレゼント交換ができた』と、ぼそっと感想を述べると。


智川莉伊さんは、言った。

「それ、競馬の解説者みたいな感想だね」


私は首をかしげる。

「競馬なんか見るの?」


「見るわけないじゃん」と彼女。


「そうだよね」と私は答えた。


「さてと、プレゼント交換終わったし、私はこれから彼女とデートかな。クリスマスデート」智川莉伊。


私は素直に質問した。

「彼女さん、いらっしゃったんですか?」


「いるわけないでしょ」と彼女。


「なるほどです」と私。


「クリスマスだからケーキでも買いに行こうよ」と智川莉伊。


「今月のお小遣い、スマホの料金払ったらもうなくなるんですけれども……」と私。


「仕方がない、私がクリスマスケーキを買う」と彼女。

「その代わり、わかってるよね?」


私は、なんとなく趣旨を理解した。

「わかりました」


智川莉伊さんは、笑顔で言った。

「それじゃあ、メリークリスマスだね、私たち」


「そうなりますか?」と私。


「うん」と彼女。


彼女の目は、まるでトナカイの目のように、キラキラと光っているように見えた。



****



雪が静かに舞い始める中、私たちは通りを歩いていた。街灯の光に反射して、雪が細かくキラキラと輝く。莉伊は赤いマフラーを首に巻き、手袋越しに私の腕を軽く握っている。


私たちはクリスマスケーキを買いに街を歩いていた。雪の冷たさが頬をかすめる。智川莉伊さんは片手にスマホを持ち、画面をのぞき込みながら歩いている。


「ねえ、見てこれ」と莉伊さんが言った。

画面にはアメリカ軍の階級章の図解が映っている。

「この三角形が上向きなのは上等兵、角の数が増えると階級が上がるんだって。あと、陸軍と海兵隊ではちょっと形が違うってネットに書いある。映画やゲームでは混乱させないために統一して使われるんだって。こういう小さなマーク一つで、組織のヒエラルキーが全部わかるのって面白いね」


莉伊さんはにっこり笑い、雪の舞う街はしなやかな聖なる白さを見せていた。


私たちは笑いながら頷き、二人で並んで雪道を進んだ。

雪が肩に積もるたび、『来年も、私たちにクリスマスが来るよね』と心の中で思った。





(了)

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